ハーラン・エリスン『愛なんてセックスの書き間違い』

 『世界の中心で愛を叫んだけもの』、『死の鳥』などの作品で知られるハーラン・エリスンの非SF作品を集めた短編集。

 収録作品は以下の通り。

第四戒なし
孤独痛
ガキの遊びじゃない
ラジオDJジャッキー
ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない
クールに行こう
ジルチの女
人殺しになった少年
盲鳥よ、盲鳥、近寄ってくるな!
パンキーとイェール大出の男たち
教訓を呪い、知識を称える

 

 国書刊行会の<未来の文学>シリーズの1冊となりますが、このシリーズっぽい作品は、ちょっとサイコホラーっぽさのある冒頭の「第四戒なし」くらいでしょうか。

 他は基本的に想像力が発揮されたというよりは現実を描いた作品であり、SFを期待する人は肩透かしを食うかもしれません。

 

 ただし、エリスンの作品を期待した人ならば、その期待にはいかんなく答えている作品集となっています。エリスンといえば、なんと言ってもその華麗でかっこいい文体ですが、それはこの作品集でも十二分に発揮されています。

 

 例えば、「クールに行こう」の冒頭は次のように始まります。

 むかしむかし、デリー・メイラーはクールだった。だがそれも過ぎ去ったこと、今じゃあいつが歩くところには、ひょろっとした黒い影ができているだけだった。あいつにとっては、夜ですら静まりかえっていた。頭の中ではブー・ドゥーという音も鳴り響いていなかった。すっかり野暮ったくなって、襟を立てていたんだ。

 男のクールさはどうやったら吹っ飛ぶか?

 それに必要なのは、細かいことがたくさん揃ったコンポ。たとえば、瞳がとびっきり緑色で剃刀のように細く、ちっちゃなガキが「おねえちゃん、中国人?」とたずねそうな女のようなもんかな。(177p)

  この饒舌さがエリスンであり、こういったかっこいい饒舌というのはここ最近の文学作品ではなかなか見られないものですよね。

 ちなみに、この「クールに行こう」と「ラジオDJジャッキー」はジャズをテーマとした小説で、饒舌な語りを続けながらもオチも決まっています。

 

 そんな中で一番読ませるのが「ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない」。解説で若島正アメリカの三大堕胎小説としてドライザー『アメリカの悲劇』、バース『旅路の果て』、ブローティガン『愛のゆくえ』をあげ、本作はそれに匹敵する出来だと述べていますが、その評価も納得です。

 ここで描かれるのは、中絶がまだ合法化される前のアメリカにおいて、世間知らずの女の堕胎の世話をすることになった男のはないですが、

 この国では、すぐに思いつくどんな犯罪よりも凶悪で、しかも処罰されないのが一つある。それは他人の話を真に受けるという犯罪だ。(109p)

 とのこの言葉に見られるような上から目線の苛立ちが、堕胎手術を通して変化していくさまを見事に語っています。

 

 他にも「堕落」としかいいようなのない様をとことんまで描き出しつつ、でも結局自分(作者)も堕落しているのでは? と感じさせるような構成になっている「パンキーとイェール大出の男たち」も上手いですね。

 文体を自在に操るエリスンの芸を楽しむ作品集であると同時に、作家としてのエリスンの孤独やモチベーションのようなものも感じられる作品集ですね。