ピョン・ヘヨン『モンスーン』

 白水社の<エクス・リブリス>シリーズの1冊ですが、<エクス・リブリス>でも前回配本がハン・ガン『回復する人間』で今作も韓国の女性作家の短篇集。韓国文学は本当に勢いがありますね。

 ハン・ガンと同じく、この『モンスーン』の作者のピョン・ヘヨンも1970年代の生まれ女性ですが、読んだ印象はずいぶん違います。この短篇集から受ける印象はずばりカフカですね。

 

 収録作品は以下の通り。

 

モンスーン
観光バスに乗られますか?
ウサギの墓
散策
同一の昼食
クリーム色のソファの部屋
カンヅメ工場
夜の求愛
少年易老

  

 この中で、最後に置かれた「少年易老」だけは少し違う部分もあるのですが、他の作品が描くのはカフカ的な世界です。

 「観光バスに乗られますか?」はSとKという二人の会社員が上司から頼まれた重い荷物を運ぶ物語です。中身のわからない重い荷物を上司の指示にしたがって運んでいくのですが、二人はどんどんと見知らぬ田舎へと迷い込んでいきます。

 「ウサギの墓」はある都市の情報を集めるという仕事をするためにまた別のある都市に派遣されてきた男の話。その都市にはかつてペットとしてブームになったウサギが捨てられ野生化しています。主人公の男はそのウサギを拾い、仕事を続けていくのですが、その仕事は謎なままです。

 「同一の昼食」は大学でコピーを取る仕事をしている男の話。彼は毎日同じ電車に乗って職場に行き、同じ食堂の同じ場所で日替わりランチを食べ続けているのですが、ある日、行きの電車で事件が起こります。

 このあたりの作品は、設定からもわかるようにいかにもカフカ的です。

 

 「散策」と「カンヅメ工場」はちょっとホラー風味もあります。特に「散策」は全編に渡ってどこかしら不気味な雰囲気が漂っていて黒沢清の映画を思い出させます。

 「カンヅメ工場」では、終業後に工場長が行っていたカンヅメづくりが一つの謎となっていて、こちらは特に不気味さを感じさせるような文体ではないのですが、やはりホラーの要素があります。

 その他、「モンスーン」にも「夜の求愛」にも「クリーム色のソファの部屋」もどこかしらブラックな雰囲気があり、特に「夜の求愛」では不条理さを感じさせるような要素が盛り込まれています。

 

 一方、「少年易老」では、主人公を不条理な世界に突き放すのではなく、もう少し寄り添った形になっています。少年同士の友情とも言い難いような交流を描いた作品ですが、不条理な世界であっても主人公を生きさせようとする著者の意思がうかがえます。

 「あとがき」によるとこの作品はセウォル号の事故を受けて書き直されたとのことですが、それもあるのか少しだけ優しさの感じさせる作品となっています。

 

 カフカ的と書きましたが、固有名詞などを避けてかなり抽象化していながら、それでも韓国社会の特徴というのが色濃く出ているのが、このピョン・ヘヨンの面白さでしょう。

 さすがに『回復する人間』のような凄味はないですが、韓国社会の病理(これは日本やその他の先進国に共通するものでありつつ、やはり韓国独自の現れ方がある)を浮き上がらせるような内容になっており、面白いと思います。