マイケル・オンダーチェ『戦下の淡き光』

 1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した。

 

 これがこの小説の冒頭の一文です。この一文からもわかるようにオンダーチェの新作は非常にミステリーの要素が強いです。読み始めたときは、まずカズオ・イシグロの『わたしたちが孤児だったころ』を思い出しました。

 語り手である主人公が過去を回想する形で物語が展開するのもカズオ・イシグロっぽくて、雰囲気としては似たものを感じます。

 

 ただし、物語の展開の仕方は随分違いますね。冒頭に示したように主人公のナサニエルと姉のレイチェルの前から両親が姿を消すことから物語は始まります。

 両親が子どもたちの世話を頼んだのは、主人公たちが「蛾」と呼ぶ謎の男で、そこに「ダーダー」と呼ばれる元ボクサーの男が加わります。

 まず主人公たちの前に立ちはだかるのが「「蛾」とは一体どんな男なのか?」という謎であり、次に「母は本当はどこに行ったのか?」という謎です。アジアに行くことになった父のもとに行ったはずだった母は、どうも父のもとには行っていないらしいのです。

 

 この謎だけでも物語を引っ張るのに十分ですが、さらに魅力となるのが1945年という時代設定です。

 戦争が終わった直後、まだ戦争における非日常が残っていましたし、社会には戦争によってできたさまざまな穴が空いた状態でした。そして、人々はドイツの備えるために非日常の任務についていた過去を持っていました。

 主人公と姉も、学生でありながら、蛾やダーダーに導かれるままに、冒険と言ってもいいような活動に参加していきます。このあたりの描写は非常に面白いですね。

 

 また、この「戦争と秘密」といったテーマは、著者の作品の中でもっとも有名な『イギリス人の患者』(『イングリッシュ・ペイシェント』の題名で映画化)にも通じるもので、オンダーチェを読んできた人にはおなじみだと思います。

 

 そして、主人公の少年時代を描いた第1部に続いて、その謎解きとも言える第2部があります。この構成はちょっとシャーロック・ホームズの長編っぽくもあるのですが、謎解きが目的ではないので、そこまで鮮やかな謎解きはありませんが、主人公の少年時代に周囲にいた人物が一体どんな人物だったのかということが明らかになります。

 そして、ラストのその一人との再会のシーンは見事です。自分の知らなかった自分の人生が明かされる瞬間でもあります。

 もともとオンダーチェは大好きな作家なのですが、この小説もいいですね。