神林長平『絞首台の黙示録』

 前々から神林長平の作品を読んでおきたいなと思っていたのですが、たまたま手にとった本書の解説が東浩紀で、面白そうだったので読んでみました。

 そしたら、面白い!

 とにかくすごく変な小説で、奇想と言ってもいいかも知れません。国書刊行会がマイナーで変わった小説を集めた<ドーキー・アーカイヴ>というのをやっていますが、それよりもさらに奇妙な小説ですね。

 

 まず、この小説はある人物に絞首刑が執行されるシーンから始まります。死刑が確定したあと、キリスト教の牧師の教誨師を呼び、相手を挑発するような議論を仕掛けた男に絞首刑が執行されます。

 基本的には一人称で描かれていますが、視点のとり方がやや独特で少し違和感を感じさせるところがあります。

 

 次に伊郷工(いさとたくみ)という作家の男を中心とした物語が始まります。工は松本に住んでいますが、一人暮らしの父・伊郷由史(よしふみ)が新潟におり、その父が契約している葬儀社の者から、父の姿が見えないが行方を知らないか? という電話がかかってくるのです。

 まさか、と思いつつ工は車で新潟に向かうのですが、実は彼にはかつて文(たくみ)という同じ音の名前を持つ双子の兄がいて生後3ヶ月で亡くなっています。この名付けを行ったのは父の由史であり、その点で父も変わった人間なのです。

 

 到着した実家には父の姿はありません。孤独死という最悪な状況は避けられたわけですが、父の行く先は謎のまま、夜の11時すぎになります。そこで、玄関を開ける音がします。当然、父が帰ってきたのか思うと、そこに現れたのは自分とそっくりな顔を持つ男であり、「お前は誰だ」と問いかけてくるのです。

 この男は死んだはずの文(たくみ)なのか、それともドッペルゲンガーなのか。少しこの手の小説を読み慣れた人ならば多重人格というネタも思い浮かぶと思います。

 

 ところが、この男はしばらくすると、自分は死刑を執行された死刑囚で、自分の中には2つの記憶があるということを話し始めるのです。

 ここからこの小説の奇妙さが全開となります。この二人の「たくみ」という謎だけでなく、入れ替わる視点、謎の研究施設、改変された司法制度など、さまざまな違和感を読者に感じさせながら物語は進んでいきます。

 そして、この物語の登場人物は極めて少なく、ほとんど会話劇のような形で進行する部分もあります。

 

 この小説の奇妙さを解説で東浩紀はゲームにおけるキャラクターとプレイヤーの関係などを用いて説明していますが、とにかく神林長平はこの小説に誰もが思いつかないようん奇妙な設定を仕掛けているので、まずはそれを楽しんでもらえればいいのではないかと思います。

 ミステリーとしても読めますが、そこにきれいな解決編はありません。ただ、変わった小説を求めている人には間違いなくお薦めできる本です。