スティーヴン・クレイン『勇気の赤い勲章』

 1895年に発表された南北戦争を舞台にした戦争小説。ヘミングウェイも激賞している小説で、解説で訳者の藤井光が「二十世紀の大半を通じて、さらには今世紀に至るまでのアメリカ文学における戦争小説のひとつの「型」は、クレインのこの小説によって完成したのだとも言える」(256p)と述べるように、アメリカの戦争小説の原点というべき作品かもしれません。

 

 19世紀の小説らしく、描写や比喩を用いた戦場の表現に力が入れられており、現代の小説のようなスピード感はないです。

 では古臭いかというとそうではないところもあって、まずは戦場を匿名化して描いている点は徹底していて、そこには未だに古びない批判的な視線があります。

 主人公にはヘンリー・フレミングという名前がありますが、小説の中ではほとんど「若者」という言葉で指し示され、他の兵士も「のっぽの兵士」、「戦友」といった具合に固有名詞を持たない形で描かれることがほとんどです。

 また、解説によればチャンセラーズヴィルの戦いというジョセフ・フッカー将軍率いる北軍とロバート・リー将軍率いる南軍が激突した戦いが舞台になっているということですが(南軍の勝利に終わる、主人公は北軍の兵士)、舞台となっている戦闘の歴史的な意義や戦いの全体像が語られることはありません。主人公はわけのわからないまま戦闘に巻き込まれ、わけのわからないままに戦います。

 

 主人公は戦場の現実を知らなままに、「男」になるために意気揚々と戦場に赴き、退屈な大気の日々を過ごした後に、突然戦場に投げ込まれます。一瞬にして今までの勇気は消し飛ぶわけですが、逃げればどうしようもない恥辱感が湧き上がり、敵を打ち破れがすべてを消し去る高揚感がやってきます。この戦場の心理をこの小説は非常に丁寧に描いています。

 

 最初にも述べたように、スピード感などは「古い小説」なのですが、戦場の描き方はけっして古びておらず、むしろ極めて現代的な小説と言えるかもしれません。