田中(坂部)有佳子『なぜ民主化が暴力を生むのか』

 紛争が終結して、新しい国づくりを始めてそのために選挙も行ったのに、再び政事的暴力が噴出してしまう。これはよくあるパターンだと思います。近年だと南スーダンがそうでした。PKOで派遣されていた自衛隊が武力衝突に巻き込まれそうになっていたのは記憶に新しいと思います。

 本書は、タイトルのように「なぜ民主化が暴力を生むのか」という問に答えようとした本です。中心的な事例としては東ティモールを、分析手法としては計量分析とゲーム理論を主に用いながら、民主化が暴力を生み出すメカニズムを明らかにしようとしています。

 個人的には分析の仕方にいまいちピンとこない部分もあったのですが、テーマ的には非常に興味深いものですし、いくつかの興味深い知見もあります。

 

 目次は以下の通り。

第1章 民主化は暴力を生む?
第2章 先行研究と本書の分析枠組み
第3章 紛争後社会における小規模な政治暴力の発生―政治体制と政治制度が及ぼす影響
第4章 紛争後社会における政治勢力の組織的転換
第5章 紛争後社会における指導者による暴力
第6章 民主化、国家建設、そして暴力

 

 民主主義が暴力を抑制するという主張があります。定期的な選挙がある国では、負けたグループにも再チャレンジの機会があり、暴力による権力の奪取というリスクのある行為に走らなくても、選挙によって権力を奪取するチャンス、または話し合いなどで自分たちの要求の一部を受け入れさせる可能性があるからです。

 一方で、選挙の直後に暴力が噴出するのも発展途上国ではしばしば見られる光景です。例えば、ケニアでは大統領選挙をきっかけとして2007〜08年にかけて1000人以上の犠牲者が出る暴動となりました。

 

  本書の第3章では、民主主義が暴力を抑制する効果が現れるには、一定の時間を経る必要があるとの分析を行っています。国家建設が始まったばかりの頃は国家の治安維持能力も低く、反体制派が暴力に訴えるコストは低いです。一方、国家の治安維持能力が高まればコストは高くなり、暴力の発生は抑制されるというわけです。

 本書では1946〜2009年の間に起こった犠牲者が25人以上というかなり小規模の暴力についても網羅的にとり上げて分析しているのですが、それによると内戦終結後約4年〜6年半ほどの期間以前に関して民主主義による暴力抑制の効果は見られず、その期間以降は暴力再発のリスクを低める効果があるとのことです。

 また、各勢力が権力を分掌し、多様な意見を包摂しやすい議院内閣制のほうが政治暴力の再発リスクを低めるとのことです。

 

 では、なぜ民主化は国家建設が始まった当初は暴力を抑制する機能を持たないのか。それを内戦時の武装勢力の戦略から探ったのが第4章になります。

 非主流派の武装勢力にとって、選択肢は3つあるといいます。1つは政党化して選挙を戦うことです。もう1つは治安部門に編入されることです。そして最後が暴力を維持することです。

 政党化の成功例としてはモザンビーク抵抗勢力だったRENAMOなどがあげられますが、政党化に成功するには人的資源や組織能力、そして何よりも支持者の獲得が必要になります。

 一方、治安部門への編入は、武装グループからするとメンバーの再就職を保障することにもなる点が魅力的です。ただし、政府からすると能力的には申し分なくても、既存の軍や警察と武装勢力は敵対関係にあった者同士であり、そう簡単には受け入れられないかもしれません。

 上記2つの選択肢がうまく行かなければ、武装を継続して政府と交渉、合意、そして破棄を繰り返すようなことになるかもしれません。

 

 本章では非主流派の選択をゲーム理論で考察しています。主流派と非主流派という2つのプレイヤーを考え、交渉をするか否か、政党化するか武装を維持するか、といった選択の積み重ねを考えていくのです。

 ただ、この分析には疑問も残りました。ここでは完全情報ゲームを規定して、それを後ろ向き帰納法で解いているわけですが、国家建設時における武装勢力の判断というような不確定要素に満ち、さらには多数のアクターが関わるものに関しては、そんな簡単な完全情報ゲームを想定できないようにも思うのです。

 

 この章の後半では東ティモールの事例を分析しています。東ティモールが独立した当初、武装集団としては独立を推し進めた主流派のフレティリン(東ティモール独立革命戦線)と非主流派で2001年の選挙にも参加せず武装を維持し続けたCPD-RDTLがいました。CPD-RDTLは自身の国軍への編入を求めましたが、主流派はこれを拒否し、CPD-RDTLは武装を続けました。

 一方、元フレティリンの兵士たちからの不満に対して主流派は、当初は消極的だった国軍の創設によってその一部を国軍に編入しています。

 また、非主流派の一部が結成したPD(民主党)は、東ティモールの現地語であるテトゥン語の公用語化という政策を掲げ、ポルトガル語とともにテトゥン語の公用語化に成功しています。PDの持つ人的ネットワークによって、主流派に対して信憑性のある脅しを示すことができたことがその背景だと考えられます。

 

 第5章は指導者による暴力を取り扱っています。

 民主化が行われた国において、選挙で選ばれたはずのリーダーが強権化してしまう事例はよく見られます。例えば、カンボジアでは近年フン・セン首相の強権化が目立っています。

 東ティモールでも、2006年にアルカティリ首相が待遇に不満を持つ兵士の反政府的行動に対して強権的に弾圧しようとしましたが、逆に国民の支持を失って辞任を余儀なくされるということが起こっています。

 なぜ、選挙で選ばれたはずのリーダーが強健化し、ときには無茶な暴力の行使を命じてしまうのか? この章ではそのメカニズムを分析しています。

 

 この2006年の騒擾に関しては、東ティモールのガバナンスの構造に原因があったとする考えや、アルカティリ首相とグスマン大統領の権力争いに原因を求める考えなどがありますが、著者はこの騒擾をアルカティリによる起死回生のギャンブルだったと見ています。

 国家建設時の指導者にとって、有権者に対するアピールになると考えられるのが治安の維持と向上です。特に東ティモールのような大きな経済発展が期待できない国では、治安の改善は大きなアピールポイントになるでしょう。

 しかし、法の支配が確立していない状態では、どの程度の超法規的措置が認められるかが問題になります。もし、指導者も有権者も合法的に振る舞うならば法の支配が確立します(1)、指導者も有権者超法規的措置を認めるならば指導者の暴力は許容されます(2)、指導者が合法的な基準で行動し、有権者超法規的措置を許容するなら指導者のやり方は有権者から手ぬるいと感じられます(3)、指導者が超法規的措置をとり、有権者が合法的な基準の維持を求めるならば、指導者のやり方は過度なものと映り、有権者の不満が高まります(4)。

 著者は東ティモールの2006年の騒擾は(4)のケースだと見ています。

 

 東ティモールのアルカティリ首相は、フレティリンの創設メンバーでありながら、イエメン出身でムスリムという多くの東ティモール人にとっては馴染みのない人物でした。2003年の世論調査では、アルカティリ首相への支持は49%だったのに対して、グスマン大統領への支持は94%と、首相の不人気さが目立っていました。

 

 2006年に兵士の一部が待遇への不満から兵舎を出ると、国軍司令官は兵士の解雇を発表し、アルカティリ首相もこれを支持します。これに対してグスマン大統領が兵士の解雇を批判すると、首都ディリで若者を中心としたグループの抗争が起きるなど、やや不穏な情勢になっていきます。

 アルカティリ首相は、軍の最高司令官であるグスマン大統領を外す形で国軍の武力行使を容認します。首相と大統領の権力抗争にも見えますが、著者はアルカティリ首相が超法規的措置であることを意識しつつ、ここで政策的なアピールを狙ったと見ています。

 ところが、自体は沈静化せず、むしろアルカティリ首相の判断が批判されるようになります。さらに市民グループに警察の武器が渡ったことが明らかになると、アルカティリへの批判はさらに強まり、辞任を余儀なくされることになるのです。アルカティリは「起死回生のギャンブル」に失敗したのです。

 また、この失敗の背景には、国際部隊が入ってきたことで、東ティモール情勢が国際社会の注目を浴び、海外メディアがモニタリングの質をあげたということもあるようです。

 

 この第5章の指導者側の暴力への注目は興味深いと思います。権威主義的な政治スタイルが流行する中で、今後は国造りの中でも反政府組織の暴力だけでなく、指導者が側からの暴力も注目し、分析していくべきでしょう。

 ちょっと第4章の議論はピンとこなかったのですが、第3章と第5章についてはなかなか面白い知見を含んでいると思います。