川島真・森聡編『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』

 新しく始まった東京大学出版会の「UP plus」シリーズの1冊目の本。タイトル通りに、コロナ禍の中の、あるいはコロナが収まったとしてその後の米中関係を中心とした世界秩序を占う本になります。

 形式としては、まず、縦書き3段組の対談が2本載っており、その後に2段組で論文が15本収録されています。読んだ印象としては単行本というよりはムック、あるいは特集を中心とした季刊くらいの雑誌に近いイメージです。

 以下の目次を見ればわかるように、米中関係を政治と経済の両面で捉えつつ、さらにその新たな対立の場となるサイバー空間や宇宙、そして、対立の中でどうこうどうかが問われる欧州、オーストラリア、韓国などの周辺地域を、それぞれの専門家が論じています。まさに「多面的」であり、読み応えのある1冊です。

 

 目次は以下の通り。

米中対立とアフターコロナ時代の「まだら状」の世界秩序(対談:川島 真×森 聡)

I 米中対立をどう捉えるか――両国の意図と地政学  
 米中関係と地政学(対談:高原明生×森 聡/司会:川島 真)
 アメリカの対中アプローチはどこに向かうのか――その過去・現在・未来(森 聡)
 対立への岐路に立つ中国の対米政策(増田雅之)

II 米中対立の諸相
 断片化する国際秩序と国際協調体制の構築に向けて(秋山信将)
 米中通商交渉とその課題――「デカップリング」は現実的か(梶谷 懐)
 技術革新とディカップリング――中国からの視点(津上俊哉)
 米中ハイテク覇権競争と台湾半導体産業――「二つの磁場」のもとで(川上桃子
 米中サイバー戦争の様相とその行方(大澤 淳)
 アフター・コロナ時代の宇宙開発(鈴木一人)

III 世界から見る米中関係
 EU・イギリスから見る米中関係(遠藤 乾)
 ドイツから見る米中関係――変容する国際環境にEUと臨むドイツ(森井裕一)
 イタリアにおける救済者の国際政治――米欧から中国への移行?(伊藤 武)
 ポーランド政治の表層に見える二分化と入れ替わる歴史解釈(宮崎 悠)
 豪州から見た米中関係――「幸福な時代」の終焉(佐竹知彦)
 韓国から見た米中関係――対米外交と対中外交との両立模索(木宮正史)

「まだら状」の流動的秩序空間へ――米中相克下の世界秩序(川島 真)

 

 これほどの情報量を全部見ていくのは無理なので、個人的に興味を持ったところを拾っていきますが、まず、米中対立はもはやトランプという個性に駆動されたものではなくなっているということが押さえておくべき点でしょう。

 米中の間で関税の掛け合いがなされていたころはトランプという特異なキャラが煽っている対立という印象もありましたが、「中国製造2025」や2018年の習近平の任期を延長可能にする決定は、アメリカの中枢に中国は異質で封じ込めるべきものだという判断をもたらしました(ただし、中国側から見るとアメリカが突然変化したということになる)。森聡は「中国が変わるという期待をワシントンが棄てた」(14p)と述べていますが、そういうことなのでしょう。

 

 もちろん、中国にとっては対米関係の安定は重要で、「国内のリスクに直結しているのはやはり対米関係」(高原明生,33p)なのですが、逆にアメリカでは「安定した米中関係の中にこそ中国リスクがある」(森聡,34p)という見方が出てきており(安定した米中関係を中国が悪用して台頭してきた))、まさにこじれた状況なのです。

 こうした中で、厄介な状況に追い込まれるのは米中の狭間の国々です。「かつてシンガポールリー・クアン・ユー首相が言ったように、米中という二頭の象がけんかをしてもメーク・ラブしても芝生は傷つく」(高原,41p)わけで、例えば、日本にとっては「日米同盟、日中協商」(高原,41p)がベストですが、そうそう上手くいくものでもないでしょう。一方、途上国からすると、「民主主義」や「人権」をうるさく言わずに援助してくれる国として中国が現れたと捉えている国もあります。

 

 中国の外交姿勢の変化を分析したのが増田雅之「対立への岐路に立つ中国の対米政策」ですが、ここでは習近平政権になってからの大国意識の高まりを指摘するとともに、2014年の「アジアのことは、つまるところアジアの人々がやればよい」(79p)という習近平の発言を紹介しています。「アジア」の範囲はともかくとして、中国は周辺地域に関して「アメリカ抜き」でやりたいという意思を持っているのでしょう。

 そうした中で、今までは経済が米中関係の安定のベースにあったはずですが、現在では経済こそが問題の火種となりつつあります。

 

 その経済について論じているのが、梶谷懐と津上俊哉の論文ですが、両論文でもいわゆる「デカップリング」の問題がとり上げられています(津上論文は「ディカップリング」表記)。

 アメリカの一部では中国をグローバル・バリュー・チェーンアメリカ中心の経済体制から切り離すデカップリングが論じられていますが、アメリカ企業も中国に対しては「VIEスキーム」を使って多くの投資を行っており、これを中国政府が禁止すれば米国企業の今までの対中投資は無になりかねません。デカップリングはかなり大きな痛みを伴わざるを得ないのです(梶谷論文)。

 

 津上論文ではアメリカのデカップリング政策が中国や日本に与える影響が検討されていますが、例えば、ファーウェイへの厳しい措置がかえって中国をかたくなにさせるというのはその通りでしょう。「「強大な外敵に攻撃されても屈服せずに抵抗を続ける」ことが「中国人のあるべき姿」としてテンプレート化されている」(119p)のです。

 ファーウェイの排除は日本などの半導体産業や5Gの普及にも悪影響を与えるかもしれませんし、また、現在の中国のイノベーションの様子などを見ると、締め上げればイノベーションが止まるというわけでもないでしょう。ただし、著者は中国における有料私営企業や外資企業に対する党の干渉の強化にも懸念を示しています。

 

 つづく川上桃子「米中ハイテク覇権競争と台湾半導体産業」では、TSMC(台湾積体電路)を中心に米中対立の間にある台湾の半導体産業が分析されています。

 台湾の半導体産業は米国への留学者を中心に発展してきましたが、近年では市場として、あるいは後工程を中心とした生産拠点として、さらには台湾のハイテク人材の転職・就職先としても中国の存在感が増しています。そして、この人材の移転とともに機密が中国へ流出するようなことも起こりました。

 それでも、TSMCアメリカの強い影響下(ここではアメリカが「管制高地」を握っていると表現されている)にあります。TSMCの顧客の6割は米国企業で、製造ラインは米系装置メーカーがなければ成り立たないものなのです。

 

 大沢淳「米中サイバー戦争の様相とその行方」と鈴木一人「アフター・コロナ時代の宇宙開発」は、「これからの戦場はサイバースペースだ!宇宙だ!」と言われる中で、じゃあ、どんな戦い、どんなリスクがあり得るのかということを教えてくれる内容になっています。

 

  遠藤乾「EU・イギリスから見る米中関係」、森井裕一「ドイツから見る米中関係――変容する国際環境にEUと臨むドイツ」、伊藤武「イタリアにおける救済者の国際政治――米欧から中国への移行?」、宮崎悠「ポーランド政治の表層に見える二分化と入れ替わる歴史解釈」は、いずれもヨーロッパから米中関係を眺めた論文になりますが、これらを読むとドイツを除けば、対中関係が対EU関係の強い影響を受けていることがうかがえます。

 

 まず、遠藤論文に欧州全体の対中・対米観が紹介されています。ピュー・リサーチセンターの世論調査によると米中への好感度はドイツ人で39:34とかなり接近していますが、フランスでは33:48、イタリアでは37:62とアメリカがリードしています(168p図表3参照)。ただし、トランプと習近平の比較だとドイツ、フランス、さらにはイギリスでも習近平の方が信頼できるという数字が出ています(169p図表4参照)。

 米欧関係はオバマ大統領の時代からそれほど親密なものではありませんでしたが(欧州はオバマの重点地域ではなかった)、トランプによって、それは「事実上の撤退からさらに進んで、規範的な撤退までに及」(170p)びました。

 こうした中で、欧中関係は進展しましたが、コロナ危機によって中国との世界観の差が露わになり、関係の進展がこのまま進むような状況ではなくなっています。

 

 森井論文でとり上げられている、ドイツにとって中国は最大の貿易相手であり、メルケル首相のもとでも中国との関係の緊密化が進みました。しかし、2016年のドイツの産業ロボットメーカーKUKAの中国による買収などをきっかけに中国を警戒する風潮も強まり、2019年に欧州委員会と外務安全保障上級代表が共同で出した対中政策文書では、中国を「体制上のライバル」と位置づけていますが、ドイツでもそのような見方が強まっています。

 今後のドイツに関しては、コロナ禍で支持を取り戻したCDUがどういった路線の取るかとともに、その連立パートナーとなる可能性が高い緑の党が影響を与えると考えられます。現在のハーベック緑の党共同党首の発言をみると、さらに厳しい対中政策をとる可能性が高く、特にウイグル問題や香港問題でより強い態度を取る可能性があります。

 

 伊藤論文がとり上げるイタリアでは、まず深刻化するコロナ危機の中で無策なEUに対する批判が強まりました。こうした中で中国がマスクなどを提供したことにより、中国への期待が高まりました。欧州外交評議会の調査でもイタリアの中国への期待が表れています(197p図1,2参照)。

 ただし、20年の7月になるとテレコム・イタリアがファーウェイの排除を示唆するなど、中国に対する警戒感を示す動きも出てきます。本論文では「アリーナとしてのイタリア」(199p)という言葉が使われていますが、中国(あるいはロシア)が「ヨーロッパの弱い環」(202p)としてのイタリアに対して、直接世論に働きかけるような形で揺さぶりをかけてくることが考えられます。

 

 ポーランドについて解説した宮﨑論文は、基本的に2020年に行われたポーランドの大統領選を解説したもので、対中関係についての分析は基本的にはありません。ただし、当選したPiS(「法と正義」)のドゥダ大統領は反EU的な立場からトランプ大統領と親密な関係を築いていた人物で、トランプ退陣後にどのような外交を構想するかは1つの注目となるでしょう。

 

 佐竹知彦「豪州から見た米中関係――「幸福な時代」の終焉」と木宮正史「韓国から見た米中関係――対米外交と対中外交との両立模索」ではオーストラリアと韓国がとり上げられていますが、両国とも日本と同じく理想は「対米同盟、対中協商」ということになるでしょう。

 しかし、オーストラリアではその理想は崩壊しつつあります。以前のオーストラリアは米中対立に「巻き込まれる」ことを懸念していましたが、中国企業によるインフラの買収や中国からのサイバー攻撃によって対中関係は悪化し、コロナ危機後の中国のオーストラリアに対する反発と報復的な措置によって両国の関係はきわめて険悪なものとなりつつあります。こうした中で2020年7月に豪州国防省が発表した『戦略防衛アップデート』では国防費の増額や国内防衛産業の育成など、アメリカ頼りにならない安全保障政策が志向されています。

 

 こうした状況は韓国も同じですが、地理的に近い分、より強い中国からの圧力を受けることになります。韓国としてはなんとしても米中両国との関係を維持したいところですが、米中関係は韓国の力だけでどうにかなるものではありませんし、北朝鮮との関係改善も米中関係が険悪なままでは難しいかもしれません(ただし、木宮論文で指摘されているようにアメリカが「北朝鮮の中国離れ」を狙って非核化交渉などを進める可能性はある)。

 著者は最後に米中関係はどうにもならないからこそ、韓国が日本との関係を再考する余地が出てくるのではないかと考えていますが、ここはどうなるでしょう?

 

 このように本書はまさに米中対立を総合的、多角的に考察した本と言えるでしょう。最初にも言ったように雑誌的な構成になっているので、自分の興味のある部分から読めばいいと思いますし、興味のある部分だけを読んでも勉強になると思います。

 バイデン政権が誕生し、まだまだ流動的な感じもする米中関係ですが、今後を見通すための地図となる本と言えるでしょう。