松田茂樹『[続]少子化論』

 タイトルからもわかる通り、松田茂樹少子化論』(2013)の続編というべき本になります。

 『少子化論』はバランス良く少子化問題を論じたいい本でしたが、そのこともあって著者は政府の少子化問題の会議などにも参加しています。

 『少子化論』は、仕事と育児の両立支援だけでなく、母親が家庭にとどまって育児をしたいと考える「典型家族」のことも考えた少子化対策が必要だと訴えていましたが、本書でもその基本は変わりません。

 ただし、その後の出生率は2005年の1.26からは回復したものの、大きく伸びているわけではなく、2019年では1.36にすぎません。それもあって、より危機感を強めた内容になっています。

 

 目次は以下の通り。

序章 少子化の状況と少子化対策の必要性
第1章 未婚化はなぜすすむのか―雇用、出会い、価値観
第2章 夫婦の働き方と出生率の関係―夫婦の就労はどう変わり、それは出生率上昇につながったのか
第3章 父親の育児参加-ハードワーク社会
第4章 少子化の国内地域差―地域にあった対策を
第5章 少子化の国際比較
第6章 日本の少子化対策―その特徴と問題点
終章 総域的な少子化対策出生率回復と<自由な社会>

 

 序章でまず、かなり強い調子で少子化の危機が語られています。移民に受け入れに関してもダグラス・マレー『西洋の自死』などが引いて、その道を否定しています。

 また、所々で子どもを持たない人は子どもを育てている人にフリーライドしているのでっはないかということも指摘しているので、反発する人もいるでしょう。

 ただ、序章の後半で出てくる、出生率を2以上にするには、既婚率を引き上げすべての夫婦ができるだけ2人は子どもを持つようにするやり方と、結婚しない人や子どもを持たない夫婦がいることを見越した上で3人、4人と子どもを持つ夫婦を支援するやり方があるという指摘は重要でしょう。

 

 第1章では未婚の問題がとり上げられています。

 女性の就業率の上昇に伴って、未婚女性が結婚相手の経済力や学歴を重視する割合が減るかというとそうではなく、未婚女性が相手に考慮・重視する条件として「経済力」をあげる割合は1997年に90%だったのが2015年には93%、「職業」は78%から86%に、「学歴」は50%から55%にいずれも上昇しています。

 未婚男性をみても、相手に考慮・重視する条件として「経済力」が97年の31%から15年の42%へ、「職業」は36%から42%へ、さらに「家事・育児能力」は87%から96%に、「容姿」も74%から84%に上昇しています(38p)。

 結婚において相手の経済力への期待がさらに高まっていることがわかりますし、全体的に相手に高いスペックを望むようになっているのかもしれません。

 

 こうしたことからも未婚の原因として若者の収入の低迷があげられることが多いです。

 実際、恋人の有無を問わず、男性に関しては。年収300万円以上の正規雇用>年収300万未満の正規雇用>非正規雇用という順番で結婚しやすくなっています。女性が正規雇用であれば年収は関係ないのですが、非正規の女性は結婚しにくいです。ただし、恋人の有無を考慮に入れるとこの差は縮小しており、非正規の女性は「出会いがない」とも言えそうです(47p図1−1参照)。

 

 本書では、若者の持つ価値観と結婚の関係も分析しています。「仕事生活重視度」、「結婚生活重要度」、「性別役割分業意識」という3つの価値観を分析したところ、「結婚生活重要度」の高い人が「仕事生活重視度」の高い人に比べて結婚しやすいのは当然ですが、「性別役割分業意識」に関しては、これが高いほうが女性は結婚しやすくなりますが、男性ではそうではないという結果が出ています(56p図1−3参照)。

 

 第2章では夫婦の働き方と出生率の関係が分析されています。

 現在では共働きが一般的になり家族の形も大きく変わってきたと思われていますが、詳しく見てみるとそうでもない状況もあります。

 子どもの末子の年齢が0〜6歳の夫婦を見ると、妻が正規雇用の割合は2004年12.4%→2009年18.7%→2019年25.6%と順調に増えていますが、妻の収入割合は04年11.5%→09年14.1%→19年14.5%と足踏みしている感じですし、末子の年齢が7〜12歳だと正規雇用の割合は04年17.6%、09年22.7%→19年18.2%、妻の収入割合は04年14.1%→09年19.9%→19年18.3%と09〜19年にかけてむしろ下がっているのです(71p表2−1参照)。

 確かに女性の就業率は上がっていますが、非正規雇用も多く、育児期においては主に夫が家計を支えているという構造は大きく変化していないとも言えます。

 

 女性の就業率の高さが高い出生率に結びつくという説と、女性の就業率が高まると出生率が低くなるという両立困難仮説があります。

 日本のデータと見てみると、妻が正規雇用または非正規雇用であると妻が無職であるばいいに比べて第一子出生が有意に低く、妻が非正規雇用であると第2子出生が有意に低く、妻が年収300万円以上の正規雇用または非正規雇用であると第3子出生が有意に低くなっています(86p図2−2参照)。

 離職の機会費用が少ない非正規雇用でも第1子と第3子以降の出生率が低くなるために、両立困難仮説が支持されるわけではありませんが、就業率が出生率に結びつくというわけではなさそうです。

 

 また、興味深いのは「性別役割分業意識」の強い妻のほうが第1子をつくる確率は高いものの、第3子をつくる確率は低くなる点です(86p図2−3参照)。これは「子どもは2人」というのがある種のスタンダードとして考えられているからかもしれません。

 夫の家事・育児への協力が鍵だという話もありますが、夫の労働時間に関しては、労働時間が長いほど第1子が出生する確率は上がります(88p図2−4参照)。やはり、家事への協力よりも収入のほうが影響が大きいということでしょうか。

 さらに、子どもを持たない夫婦の中で、「子どもが絶対にほしい」と思う割合が男性女性とも減少傾向にあるのも少子化を考える上では1つの問題です(90p図2−5参照)。

 

 第3章では父親の育児参加がとり上げられていますが、日本では未婚男性の一日の平均労働時間は7.9時間、子どもがいない有配偶者男性は8.8時間、未就学児がいる有配偶者は10.0時間となっています(109p)。

 これは労働時間の短い非正規雇用男性よりも労働時間の長い正規雇用の男性の方が結婚しやすく、さらに先程も触れたように労働時間の長い男性の方が子どもを持ちやすいからです。また、日本企業では男性が子どもを持つ時期と仕事が忙しくなる時期が重なりやすいということもあります。

 

 それでも父親の育児参加は重要ではないかと考えられますが、父親の育児参加が出生率に与える影響というのは微妙なもので、父親が育児をするほど第2子、第3子の追加出生は増えるのですが、では、時間をどんどん増やせばいいかというとそうではなく、夫の育児頻度が最も高い夫婦の第3子出生頻度は夫がほぼ育児をしない場合と変わらないそうです(125p注6参照)。

 家事に関しても、夫の家事時間が10〜30%のときに第1子の生まれる確率が高く、それが10%未満、または40%以上だと低くなるという分析があります(118p)。

 このあたりは、やはり家事・育児よりも外で稼いでくる収入の影響が大きいということなのかもしれません。

 

  第4章では地域ごとの分析を行っています。

 この地域ごとの分析は前著の『少子化論』でも興味深いところだったのでしたが、基本的な傾向として、東京は出生率が極めて低く、地方では東北が低く、九州が高いというのは変わりません。

 出生率に影響している要因として、まずは地域の雇用状況があります、福井県三重県など完全失業率の低い県は出生率が高く、近畿や東北の府県では完全失業率の高さが出生率の低さに結びついています。また、男性30歳未満の非正規雇用率が高い都道府県は出生率が低いですが、これが当てはまるのが、京都、大阪、奈良、神奈川といった所です(132p図4−2参照)。

 

 女性の労働力率が高い都道府県ほど出生率が高いとのデータもありますが、これに対しては出生率が都市部で低く、地方で高いことを言い換えているにすぎないとの批判もあります。

 

 また、本章では各自治体が行っている少子化対策の効果に関しても分析されていますが、特にどの政策に効果があるのかということは明らかになってはいませんが、「結婚・妊娠・出産の支援」「家庭での子育て支援」「保育・幼児教育」に関して総合的に地kらを入れている自治体は、そうでない自治体よりも出生率が高いという結果になっています(148p図4−6参照)。

 企業誘致も出生率の上昇に効果がありますが(149p図4−7参照)、これは企業誘致の中心が製造業であり、製造業が良質な雇用を提供するからだと考えられます。

 

  第5章では国際比較がなされていますが、この国際比較に関してはどこと比較するかで印象は随分と変わってきます。

 欧米主要国と比較すると日本の出生率はフランスやアメリカやスウェーデンと比べて見劣りするものですが(161p図5−1参照)、東アジアの国(韓国、台湾、シンガポール)と比べるとマシな方です(162p図5−2参照)。

 

 この東アジアの少子化については、家族制度がジェンダー平等的ではなく、女性にとって仕事と家庭の両立が難しくなっているからだという説があります。ただし、東アジア内にかぎってみると、ジェンダー平等度が高いシンガポールや香港の出生率の低さが説明しにくくなります。

 どちらかというと、東アジアでは女性の社会進出が進んだものの、労働時間が長く、女性が家庭に責任を持つべきだという社会規範も強いために、両立が難しく、さらに学歴競争が厳しいために学び直しなども難しい「両立困難仮説」のほうが適当かもしれません。

 なお、日本の出生率の「高さ」については「中韓に比べて、日本女性の出産・学歴・就業のパターンが〈多様〉だからである」(163p)との指摘もあります。

 

 また、東アジアは「圧縮された近代」を経験したために、伝統的な家族規範や物質主義的な価値観が残っており、それが同棲や婚外子の少なさをもたらしています。

 それに若年雇用の厳しさや教育費の負担の重さなどが加わっています。特に日本や韓国ではこの教育費の重さが子どもの少なさにつながっています。

 一方、シンガポールでは政府が教育に多額の公的支出を行っているのですが、学歴競争が激しいこともあって、結婚生活などよりも自身のスペック競争に重きを置く「トーナメント競争マインドセット」(186p)を身に着けているため、未婚化・少子化が進んでいるとの指摘があります。

 

 この他、本章ではイギリス、フランス、スウェーデン、韓国、シンガポール少子化対策を紹介しています。シンガポールについては初めて知りましたが、結婚支援や住宅に優先して入居する権利を与えるなどの政策を行っているとのことです。

 

 第6章では日本の少子化対策の振り返りが行われていますが、著者は少子化対策を行ったにもかかわらず日本の出生率があまり回復しなかった原因として、日本の少子化対策は保育園の整備を中心とする両立支援を軸に行われてきたが、第1子出産前後で就業継続をした女性は2009年まではおよそ4人に1人であり、少子化対策と実際のターゲットにミスマッチがあったのではないかと述べています(229p)。

 

 また、著者は、従来にはない架空の政策が導入されたときの状況を回答者に提示するという「ヴィネット調査」も行っていますが、2019年に子どもを1〜2人持つ有配偶者を対象にWebで行った調査では、追加出生意欲を高める政策として、1位は児童手当の増額、ついで幼児教育の無償化や同一労働同一賃金があがっています(234p図6−1参照)。やはり経済的な支援を行う政策が強いようです。

 

 終章では、日本の取るべき少子化対策が打ち出されていますが、提案されているんは「個人・家庭の選択を重視した、〈総域的アプローチ〉」(252p)で、フランスの「自由選択」に近いものが打ち出されています。つまり、専業主婦家庭や妻が非正規雇用の家庭にも十分な支援を行っていくという方向です(フランスの「自由選択」については千田航『フランスにおける雇用と子育ての「自由選択」』が詳しい)

 そのために、若い夫婦への住宅支援、多子世帯への手厚い経済支援、大都市への人口集中の緩和などが打ち出されています。細かいところでは奨学金の一部を多子世帯向けにするなどの政策もあり、かなり細かく総合的な対策が紹介されています。

 

 最初の方にも書いたように、本書は「出生率の向上」という目標を何よりも優先して打ち出しているため、人によっては所々の記述に反発を覚えることもあるのではないかと思いますが、だからこそ見落とされがちな部分を指摘しているとも言えます。

 「男性の意識改革が必要だ」といった意見は確かにその通りなのかもしれませんが、本書を読むと、出生率を上げたければ、そういったお題目よりもまずは経済的な安定なのだろうなということも見えてきます。  

 少子化問題を考える上で読んでおくべき1冊と言えるでしょう。