カズオ・イシグロ『クララとお日さま』

 カズオ・イシグロノーベル文学賞受賞後の作品。読み始めたときは、「どうなんだろう?」という感じもあったのですが、ストーリーが進むにつれてどんどんと面白くなりますね。

 ただ、この本を紹介しようとすると少し難しい点もあって、それはこの作品が『わたしを離さないで』や『わたしたちが孤児だったころ』と同じくミステリーの要素を濃厚に持った作品で、できるだけ先の展開を知らないで読んだほうが面白いからです。

 というわけで、「あとは読んでください」でもいいのかもしれませんが、いくつか本書の特徴を書いておきたいと思います。

 

 本書のテーマはAIであり、AF(人工親友)と呼ばれる、子どもの話し相手となるロボットAIのクララが主人公となります。舞台は現代とあまり変わらない世界であるようにも見えますが、いくつかの技術や状況から近未来であることがうかがえます。

 ですから、本作はSFといってもいいのですが、一般的なSFとの違いは、この小説では技術や世界の説明をほぼ行わないことです。

 「AF」以外にも「クーティングズ・マシン」、「向上措置」といったものが出てきますが、その説明はほぼありません。クララを選んだジョジーの父親の様子などから、世界でいろいろな問題が起きていそうなのですが、それも説明されません。

 

 そして、何と言ってもクララがAIでありながらネットワーク化されていない点が、ここ最近のAIを扱った作品との最大の違いと言えると思います。

 クララは観察眼に優れた献身的なAIですが、ネットワーク化されていないため、常に自分の見たことを聞いたことから他人の行動や感情を理解し、自分がどのように振る舞うべきかを決めています。

 もしクララがネットワーク化されていれば、問題が起こるたびにネットにアクセスして知識を取得して、データベースを参照しながら判断をしてくことができるわけですが、独立型のAIであるクララは常に自分の観察をもとにして判断を下していくしかなく、通常のAIが持つような完璧な合理性を備えているとは言えません。

 

 しかし、このネットにアクセスできずに手持ちの材料で考えるしかないという設定がクララに人間味を与えています。

 物語の中盤以降、クララはある考えに固執することになるのですが、それはネットワーク化されていては決して起きない現象であり、同時に非常に人間臭い行動でもあるのです。

 

 読んだ印象としては『わたしを離さないで』に近いと思ったので、『わたしを離さないで』が面白かった人にはお薦めできます。