劉慈欣『円 劉慈欣短篇集』

 『三体』でスケールの大きなアイディアとストーリーテリングの上手さを存分に示した劉慈欣の短編集。

 収録作は以下の通りです。

鯨歌
地火(じか)
郷村教師
繊維
メッセンジャー
カオスの蝶
詩雲
栄光と夢
円円(ユエンユエン)のシャボン玉
二〇一八年四月一日
月の光
人生

 「円」と「月の光」はケン・リュウ編集のアンソロジー『折りたたみ北京』と『月の光』にそれぞれ収録されていましたが、それ以外でも「まさに劉慈欣!」という作品が楽しめると思います。

 

 まず劉慈欣の特徴としてあげられるにがそのアイディアのスケールの大きさ。ほとんどホラ話ではあるのですが、それを力技で読ませます。

 例えば、「詩雲」では人類を圧倒的に上回る文明を持った「神」と呼ばれる生命体(?)が登場し、それが漢詩という芸術に興味を示します。漢詩を極めようとしたその生命体はすべての漢詩をつくろうとしますが…というお話。

 基本的なアイディアはすでにボルヘスが「バベルの図書館」出だしていますが、それをいかにして物理的に実現するのかというところに話が進んで、わけのわからないスケールに至るのが劉慈欣ならでは。

 

 他にも超巨大なシャボン玉が砂漠に飲み込まれそうな街を救う「円円(ユエンユエン)のシャボン玉」もそうですし、秦の始皇帝がつくった人力コンピューターを描いた「円」ももちろん途方も無いホラ話になっています。

 

 「郷村教師」も中国の貧しい農村の教師と宇宙レベルの危機が並行して進むスケールの大きな話ですが、こちらの話で印象に残るのはむしろ農村の貧しさと救いのなさの描写。

 劉慈欣は1963年生まれで、例えば、1984年生まれで「折りたたみ北京」や『1984年に生まれて」の著者の郝景芳や、1976年生まれのケン・リュウとは違い、文革前後の中国が本当に貧しい時代を知っているんですよね。

 「地火」でも、印象的なのはかつての炭鉱の厳しい生活の描写で、だからこそ危険があっても技術に飛びつくという主人公の生き方に説得力が出ています。

 このあたりの世代の差は郝景芳『1984年に生まれて』と読み比べてみると面白いと思います。

 

 また、劉慈欣はユーゴ紛争を舞台に、アメリカの空爆を妨害するためにいわゆるバタフライ・エフェクトを起こして天気を変えようとする「カオスの蝶」、中東のどこかの国(シーア共和国)を舞台に武力介入しようとするアメリカとシーア共和国が北京五輪で対決するという「栄光と夢」などは、裏にアメリカへの反発が感じられます。特に「カオスの蝶」はアメリカ軍によるセルビアの中国大使館の誤爆事件があっての作品なんでしょうね。

 

 とりあえずどの作品も面白いですし、『三体』よりもこの短編集のほうが劉慈欣の作家性がわかりやすい形で示されている感じがしますね。

 

 

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