渡邉有希乃 『競争入札は合理的か』

 公共事業では、それを施工する業者を入札で決めることが一般的です。多くの業者が参加して、その中で最安を提示した業者がその工事を落札するわけです。

 ところが、日本の公共事業では指名競争入札という形で、発注側が入札できる業者をあらかじめ指定したり、地方自治体では最低制限価格制度という形で一定以下の価格を示した業者を失格にするしくみもあります。

 

 なぜ、このような制度があるのでしょうか?

 すぐに思いつくのは「利権」の存在です。一般競争入札よりもメンバーが限られている指名競争入札の方が談合などはしやすいでしょうし、最低制限価格制度もそれを教えて業者から賄賂を得るといったことが考えられます。

 実際、90年代にはいわゆる「ゼネコンの汚職」が明るみに出て、入札制度の改革が行われたわけですが、それでも指名競争入札や最低制限価格制度はいまだに残っています。

 

 本書は、こうした考えに対して、指名競争入札や最低制限価格制度にはある種の「合理性」があるのだということを、ハーバート・サイモンの「限定的合理性」の考えから明らかにしようとした本になります。

 公共事業の工事は「低価格」と「高品質」を同時に満たさなければなりませんが、そのための情報処理のコストを引き下げるための工夫が、指名競争入札や最低制限価格制度だというのです。

 

 実は2019年に成蹊大学で行われた日本政治学会の分科会で著者の報告を聞いたことがあり、膨大なデータセットをつくって分析していた姿が印象的だったのですが、本書でも数多くのデータを用いて、発注側の意図というブラックボックスを実証的に明らかにしようとしています。

 

 目次は以下の通り。

序章 日本の公共工事調達と「競争」

第1章 日本における公共調達制度改革とその背景

第2章 先行研究の検討──これまでの研究は何をどう論じてきたのか

第3章 公共工事調達を分析する枠組み
第4章 落札価格に対する上下限基準の設定──競争をめぐる「ダブルスタンダード」はどのように説明されるのか

第5章 参入要件設定による応札数の抑制──顕在的競争性の低さは何を意味しているのか

第6章 地方自治体における最低制限価格制の利用──ローアーリミット制はなぜ二種類あるのか

終章 競争制限の「合理性」とは何なのか

 

 日本では1889年の会計法の整備に伴って一般競争入札が導入されましたが、適切な施工能力を持たないのに安値で落札するケースが相次ぎ、1900年に勅令で例外として指名競争入札が認められました。

 1921年会計法の改正で指名競争入札が明記され、戦後になってもそれが引き継がれることになります。

 

 しかし、このしくみは1993年に発覚したゼネコン汚職事件で問題視されます。公共事業をめぐって政治家と大手ゼネコンの間で多額の贈収賄があることが明らかになり、指名競争入札こそが談合の温床になっていると批判されました。

 指名競争入札と談合と予定価格制の3点セットは、業者に一定の価格を保障しつつ、予定価格を超えるような高値の落札は許さないという点で発注側にもメリットがあり、維持され続けていたのです。

 

 ゼネコン汚職の発覚によってこの3点セットは問題とされ、94年には原則として一般競争入札が行われることとなりますが、そこで問題となったのは工事の品質をどのように確保するかです。

 公共事業の落札率(落札価格/予定価格(%))は下がっていきましたが(14p図1.2参照)、それとともに品質への不安が生じることになります。

 こうしたことを受けて、価格以外の要素も加味して事業者選定を行う「総合評価落札方式」が導入されます。会計法では「例外中の例外」(15p)と見なされていた方法が国土交通省の事業における標準的な方法となっていったのです。

 

 こうした日本の競争制限的な姿勢に対して、基本的には政治・行政・業者の「鉄のトライアングル」や発注側(行政)の都合といったことで説明されてきました。土木建築部門の利益が優先される中で、工事に高い金が払われ、市民全体の利益が毀損されてきたというわけです。

 一方、品質や事務コストの点などから、こうした競争の制限を説明しようとする試みもありました。

 

 本書ではこうした説明に対して、発注側の合理性の限界といった角度から迫っていきます。

 ロナルド・コースは「なぜすべてが市場で取引されるのではなく企業が存在するのか?」という問いに対して、「取引費用があるからだ」という答えを提示しましたが(ロナルド・H・コース『企業・市場・法』)、オリヴァー・ウィリアムソンはこれを発展させて取引の当事者の認知能力の限界や取引当事者の機会主義のインセンティブなどから企業の必要性を説明しました(O・E・ウィリアムソン『市場と企業組織』)。

 

 このウィリアムソンの認知能力の限界という考えは、ハーバート・サイモンの「限定合理性」の考えからきています。人間は合理的ではあるのですが、すべての要素を考慮に入れて意思決定を行うことはできず、どこかでその認知能力を節約する必要が出てくるのです。

 本書では、サイモンとウィリアムソン、そしてカーネマンやトベルスキーの合理性の捉え方の違いも指摘して、そこも面白いのですが、とりあえずここでは著者がサイモンの考えを採用していることだけを指摘しておきます。

 

 本書は行政組織の負担する取引費用に注目して議論を進めていきます。 

 この取引費用の中で大きなものを占めていると考えられるのが意思決定に必要な情報コストです。

 公共事業は、「品質」と「価格」の両方を満たした上で、「タイムリー」に行われる必要があります。例えば、業者の選定に何年もかかるようでは公共事業によって得られる便益は大きく減少してしまいます。

 

 一般競争入札では、業者は参加を表明した業者に絞られ、価格において競争が行われるために、業者側が発注側を騙して利益を得るといったことが難しくなります。

 しかし、一般競争入札において「品質」の保証を求めることは困難です。業者が適正な施工能力を持っているかを調べたり、施工の過程をチェックするのにはそれなりのコストがかかるのです。

 このような状況の中で、総合評価落札方式は「品質」を考慮に入れるための方策と言えます。ただし、総合評価落札方式によって「品質」と「価格」のトレードオフの中で最適解を見つけられるというわけではないでしょう。ここでも最適解を見出すための情報コストが膨大だからです。

 

 こうした理論立てをし、それを第4章以降で実証的に分析していきます。

 第4章では、まず落札価格の上限となる「予定価格」と下限となる「ローアーリミテッド」の問題がとり上げられています。

 日本の入札において上限となる予定価格は非公開であり、これを超えた入札は無効になります。一方、下限となる価格は、地方自治体では「最低制限価格」が設定されていて、これを下回る落札が無効になりますが、国の事業では「低入札価格調査制」が導入されており、落札価格が基準以下の場合は発注者が落札予定者がが十分な能力を持っているかを調査することになっています。本書では、最低制限価格と低入札価格調査制をひっくるめて「ローアーリミテッド」と呼んでいます。

 

 この2つのうち、予定価格の存在理由としては予算管理上の理由が思い浮かぶでしょう。10億円の予算を組んでいた工事を15億円で落札されたら、計画は大きく狂ってしまいます。

 一方、楠茂樹は落札価格以外に別の基準価格を設定すること自体を「競争原理を正面に掲げておきながら、競争を信じない『官の無謬制』に支配されたダブルスタンダードの発想」(69−70p)であるとしています。

 

 これに対して、本書はまず、予定価格とローアーリミテッドの間で入札が行われれば、そこでそれ以上の調査が行われないということに注目します。

 サイモンは最適な意思決定ではなくても、一定の水準が保たれればそこで決定がなされるという「満足化」という戦略を打ち出しましたが、この上限・下限の価格もその戦略の一環だといいます。

 

 つまり、「品質」と「価格」の両面で最適と考えられるバランスは想定できるものの、発注者がそれを探り当てるのは困難であり、だから、予定価格とローアーリミテッドの間の落札であれば、一定の「満足」できる状態だとしてそれを受け入れるというのです、

 具体的に言えば、予定価格より低ければ「価格」の最低基準をクリアーしたことになりますし、ローアーリミテッドより高ければ「品質」の最低基準をクリアーしたと想定するわけです。

 

 この意思決定を実証したいわけですが、日本の公共工事では基本的に予定価格とローアーリミテッドが指定されており、基準価格が設定されていない場合との比較はできません。

 そこで本書では、国の機関及び地方自治体の担当部局課に対するアンケート調査を行なっています(国の機関からの回収率が6%と非常に低いのですが、これは地方整備局から「管内の全ての事務所を代表して回答する」という形で返答があったとのこと(76p))。

 このアンケートでは現在の入札に対する評価を聞くとともに、仮想的な状況を示して、それが実現した場合にどのような影響があるかを尋ねています。

 

 具体的には「公正」「良質」「低廉な価格」「タイムリー」という4つの評価軸を置き、これにそれぞれの制度がどのように貢献しているのかを調べています。

 例えば、総合評価落札方式と最低制限価格制は「公正」と「良質」に貢献していると考えられており、これらの2つの方式と比較すると、予定価格制と低入札価格調査制は「低廉」に貢献しています(80p図4.2参照)。

 これにさらに仮想的なケースを聞いているのですが、例えば「予定価格制が存在しない場合(CaseA)」では「公正」と「低廉」が悪化し、「タイムリー」が向上し、「最低制限価格制が存在しない場合(CaseB)」では「良質」が悪化し、「低廉」が向上します(81p図4.3参照)。

 総合的に見ると、予定価格制は「低価格」、ローアーリミテッドは「高品質」を追求するための基準として認識されています。

 

 本書では予定価格制やローアーリミテッドが発注側の情報コストを下げることを証明したいわけですが、ここでは「タイムリー」という評価軸に注目しています。

 これによると予定価格制と最低制限価格制は「タイムリー」に貢献していますが、低入札価格調査制はマイナスの影響を与えています(85p図4.6参照)。低入札価格調査制は基準を下回った場合に追加の調査が必要になるからです。

 

 低入札価格調査制で実施される施工能力調査は品質面の適切性を発注側が自ら確認する制度といえます。

 そこで本書では「ローアーリミテッド+施工能力調査(CaseD)」「全案件で施工能力調査(CaseE)」「予定価格+支出適正性調査(CaseF)」「全案件で支出適正性調査(CaseG)」という架空の設定についても聞いています(「支出適正性調査」とは入札価格が予定価格を上回っても支出の適切性が説明できれば落札できるしくみ)。

 

 CaseD〜Gのいずれにおいても、「タイムリー」は悪化するとみられており、CaseF,Gでは「低廉」も悪化します。そしてCaseDよりもE、CaseFよりもGでより悪化が確認されます(89p図4.8参照)。

 実際の業務量に関しても、施工能力調査にしろ支出適正性調査にしろ、その業務量は増加するとの回答が多く(92p図4.9参照)、予定価格制や最低制限価格制が業務量の増加を抑え、タイムリーな公共事業を可能していることが確認できます。

 ここから著者は発注側が、まず一定の価格で探索の範囲を絞り込む「満足化」戦略をとっているもんとみなします(ここの実証の部分は筋道としてはわかるのですが、道具立てとしては分かりにくいと思う)。

 

 第5章では応札数の抑制について分析されています。

 国土交通省が発注する事業に関しては改革が進み、2005年ごろには一般競争入札への移行と、総合評価落札方式の導入が完了しています。しかし、05年以降、入札一件あたりの応札数(入札参加者数)は減少傾向にあります。

 この背景には発注側がそれなりに厳しい入札参入要件を課していることがあります。応札数が増えるほど競争が激しくなって価格の低下が見込まれるわけですが、「なぜ、厳しい入札参入要件を課して応札数を絞っているのか?」が本章の問いになります。

 

 本書の仮説は、限定合理性のもとで「問題の逐次的処理」が行われているというものです。公共事業では「品質」と「価格」の両方を追求することが必要ですが、まずは参入要件を厳しめにすることで「品質」を確保し、その後で「価格」面での競争を行わせるという二段階の選抜を行ってるというのです。

 

 実際にこれを確かめるために、本章では、①応札数の抑制が参入要件の結果として生じていること、②応札数が抑制されているときは再度入札、増大しているときは低入札価格調査が発生する確率が高くなること、③再度入札が事業者選定にかかる取引費用を増加させる効果が低入札価格調査よりも小さいこと、の3つを示そうとします。

 

 国土交通省地方整備局発注工事の入札データ(港湾・空港を除く)を分析すると、①と②の仮説は確認できます(111p表5.2、112p表5.3参照)。

 ③については、応札数の増加が再度入札の発生を回避して所要日数を節約する効果よりも、低入札価格調査を誘発して所要日数を増加させる効果が大きいことを示すことで、この仮説を確認しています(113p表5.4、114p表5.5参照)。

 

 第6章では地方自治体が最低制限価格制を採用しているのはなぜか? という問題をとり上げています。

 本書のいうローアーリミテッドには、入札価格が基準価格を下回った場合にその事業者の施工能力を調査する低入札価格調査制と、基準価格を下回った事業者が除外される最低制限価格制の2つがあります。そして、国の事業は前者のみが採用されていますが、地方自治体の事業では後者も採用されています。

 経済性の観点から言えば、低入札価格調査制の方が優れているはずですが、地方自治体においては最低制限価格制が採用されていることが多いのです。

 

 こうした状況が生まれたのには歴史的な経緯もあるのですが、本書はここでも情報コストの問題に注目します。

 低入札価格調査制の場合、想定以上の安い価格で一定の品質を保った工事を行える事業者を見つけ出すことができるかもしれませんが、同時に施工能力を調べるコストがかかります。

 一方、最低価格制限制では想定以上の安い価格をあきらめる代わりに、施工能力を調べるコストを負担しなくて済みます。

 

 ここから、本書は①「金額規模の大きな案件ほど低入札価格調査制になり、小さい案件には最低制限価格制が適用される」、②「発注者のリソースの規模が小さいほど最低価格制限制が採用される」という2つの仮説を立て、それを検証しています。

 

 地方自治体には、A・低入札価格調査制導入+最低制限価格制導入せず(岩手県宮城県広島県)、B・低入札価格調査制導入+最低制限価格制導入(大部分の自治体、これには数値的な基準があるケースとないケースがある)、C・低入札価格調査制導入せず+最低価格制限制導入(熊本市いわき市横須賀市長崎市など)の3つのパターンがあります。

 

 本書では、まずBの自治体に着目して仮説①を検証し、それを確かめています。

 さらに仮説②についても、各発注者の一般行政職員数、土木部門職員数、土木・建築技師数(国家資格保有者)、工事契約担当課の職員数に着目し、いずれも人的リソースが乏しいほど、高い基準価格の工事でも最低価格制限制が導入されてることを確かめています。

 

 加えて、最低価格制限制が土木部門の個別的な利益追求でないことを示すために、首長の直前の選挙の得票率と主張与党議席占有率との関係も調べています。首長のプレゼンスが弱ければ、それだけ個別的な利益を背負った地方議員の影響力が大きくなり、部分的な利益が追求されるだろうという想定です。

 この分析結果は、負の関係が見られるが有意ではないというもので、最低制限価格制の存在理由を土木部門の個別的な利益の追求で説明しつくすことはできないとしています。

 

 このように本書は日本の競争制限的な入札制度に一定の合理性があることをサイモンの限定合理性の考えを使って示しているわけですが、著者が終章で「しかしそれでも、「日本の競争制限的な調達制度運用のあり方が、公共工事をめぐる癒着と腐敗の温床になってきた」という社会的認識が覆されることはおそらくない」(152p)と述べるように、現在の制度が「正しい」といったことを示したわけではありません。

 あくまでも発注側の手続合理性にもとづいたしくみが、他のアクターの支持も受けて制度として定着していることを示したということになります。一方、こうして成立した制度のもとでなんらかのレントが発生しやすくなる、発生している、ということは否定できないということでもあります。

 

 この結論にやや物足りなさを感じる人もいるかもしれませんが、この限定合理性や情報コストを使った分析は、慢性的な人員不足に陥っている日本の行政を分析していく上で非常に有用なのではないかと思います。今後の研究の展開にも期待したいところです。

 あと学問的な業績にはなりにくいのかもしれませんが、1冊の本として見た場合、国土交通省自治体で実際に業務経験のある人のインタビューなどがあるとよりわかりやすかったと思いますし、エビデンスとは別の次元での説得力が出たと思います。