『イニシェリン島の精霊』

 物語はアイルランドの孤島のイニシェリン島に住むコリン・ファレル演じるパードリックがいつものように友人のコルムを誘ってパブに行こうとしたところ、コルムから無視されるシーンから始まります。

 何かコルムを怒らせるようなことをしたのか? 悩むパードリックでしたが、やがて、コルムから「お前の話は退屈で、自分は残りの人生を考えて音楽と思索に生きていきたい。だからもう話しかけてくれるな」と言われてしまうのです。

 

 ここから話をどう展開させていくかはいろいろと考えられると思うのですが、『スリー・ビルボード』のマーティン・マクドナーの手にかかると、話はよりブラックで不吉な方向に転がっていきます。

 

 そんなに前情報がないほうが楽しめると思うので詳しくは書きませんが、パードリックにこれ以上付きまとわれないようにコルムが繰り出してきた拒絶の手段が、かなり大げさでグロテスクなものなのです。

 コルムが出した手はかなり強い抑止なのですが、例えば、安全保障の世界において強い抑止が破られたときの対抗策が難しいように、強い抑止であるがゆえに、それが破られたらどうなるのか? というのが問題になるのです(ロシアがウクライナで核を使用したときにアメリカがどうすべきかというのは難しい)。

 

 本作は20世紀前半、第一次世界大戦後が舞台になっていますが、当時、アイルランドでは内戦が行われていました。

 島では内戦は行われていませんでしたが、砲撃の音などは島にも聞こえており、そういった暴力の影が島にも伸びる中で、友情の終わりが暴力的なものへとエスカレートしていくのです。

 ただし、2人は過去の友情なり、優しさなりを完全に吹っ切れない部分もあります。それがもこの映画の良い点であり、同時に悲劇性を高めているとも言えます。

 

 昔はけっこう二枚目な役をやっていたコリン・ファレルが情けないおじさんを好演していて、あの八の字眉毛が情けなさと友情を拒絶されて途方に暮れた感をよく出してますね。