陸秋槎『ガーンズバック変換』

 日本の新本格ミステリに大きな影響を受けて小説を書き始めた中国人作家による短編集。ジャンルとしては本作はミステリではなくてSFになります。

 日本の小説から大きな影響を受けているだけではなく、表題作の「ガーンズバック変換」は日本を舞台に、しかも香川県のネット・ゲーム依存症対策条例をネタにした作品で、作中に「電脳コイル」も登場するなど、前情報なしで読めば日本の作家が書いた作品かと思うような作品です。

 

 「ガーンズバック変換」は、ネットやゲームの悪影響を防ぐために香川県では青少年は特殊なメガネを装着することが義務付けられており、それをつけていると液晶の画面が見えないという仕組みになっています。

 主人公の美優は、親が条例に反対し大阪に引っ越した梨々香に会うために大阪に出てきます。そこで、特殊なメガネを外してデジタルな世界に触れます。

 この体験と、美優と梨々香の間の百合的な関係がこの小説のテーマということになります。

 中国人の作家が、香川県のネット・ゲーム依存症対策条例について書くってのが、いろんな意味で面白いと思います。

 

 巻末に置かれた「色のない緑」のタイトルは、チョムスキーが文法レベルでは成立しているが、語義のレベルでは成立していない文章として例に出した「色のない緑の考えが猛烈に眠る」からきています。

 高校生の時に学術財団のプロジェクトで知り合った、ジュディとエマとモニカの3人の女性の話で、主人公のジュディがエマからモニカの自殺について知らされるところから始まります。

 「モニカはなぜ自殺したのか?」という謎と、過去の回想が交互に語られていく中で、言語学の問題と同時に百合的な要素がせり出してきます。

 

 「開かれた世界(オープンワールド)から有限宇宙へ」は、スマホのゲームを開発する会社に勤める主人公が、スマホの性能の限界から昼夜が一瞬にして入れ替わるゲーム世界のもっともらしい説明を考えるように言われるという話ですが、ここにも百合的な要素が入ってます。

 

 このあたりが本書の収録作で面白かったところですね。

 一方、吟遊詩人や古代の詩をテーマにした「物語の歌い手」や「三つの演奏会用練習曲」は、それぞれの後ろに参考文献が載っていることからもわかるように、作者が勉強したことを小説にしているのですが、まだ拾い上げられた要素と物語がうまくゆう符合していない感じで、そんなに面白いとは思えませんでした。

 これらの作品が前半にあるので、時間がない人は巻末の「色のない緑」から読み始めて、その1つ前の「ガーンズバック変換」といったふうに逆に読んでいくといいかもしれません。