柴崎友香『春の庭』

 芥川賞受賞作の「春の庭」他、「糸」、「見えない」、「出かける準備」を収録しています。分量的には「春の庭」が中編、他は短編という形になります。

 読んでからちょっと時間が経ってしまったこともあるので、ここでは表題作の「春の庭」だけをとり上げます。

 

 主人公の太郎は世田谷の取り壊しが決まったアパートに住んでいます。取り壊しが決まっているので契約期間が終わった住人から出ていくようなアパートなのですが、太郎はギリギリまでそこに住もうと考えています。

 そんなときに、住人の一人の西という女性が、アパートの隣の「水色の家」に並々ならぬ関心を示していることを知ります。

 ひょんなことから太郎は西と酒を飲んだりするようになり、西が「水色の家」に関心を持つ理由や西の生活ぶりなどを知ることになります。

 

 ただし、太郎と西の間に恋愛的な要素はなく、二人の関心はあくまでも「水色の家」です。このあたりの「住宅」というものを丁寧に描こうとする姿勢は著者ならではですね。

 そして、柴崎友香といえば後半の「あっ」となる展開が1つの売りだと思いますが、本作の特徴は最後に太郎の姉というまったくの外部の視点が挿入されることですね。

 基本的にアパートとその裏の狭い空間を舞台にした閉じた小説なのですが、ここで開かれることになります。

 『寝ても覚めても』や『わたしのいなかった街で』のほうが、より「あっ」となる小説ですが、この「春の庭」も著者の特徴が感じられる作品です。