社会的にも政治的にも日本で最も大きな影響力を有していると思われる宗教団体の創価学会について、カナダに生まれ、現在はアメリカのノースカロライナ州立大学の哲学・宗教学部教授を務める人物が論じた本。
副題は「現代日本の模倣国家」で、創価学会をミニ国家になぞらえた見取り図のもとで議論が行われているのですが、本書の何よりの面白さは著者によるフィールドワークの部分ですね。
創価学会の家庭に入り込み、任用試験とそれに向けての勉強、創価学会における女性の役割、信者と池田大作の関係などを明らかにしていく部分は、日本人の書いた創価学会本でもなかなか描かれていないものではないかと思います。
ここでも、そのフィールドワークの部分を中心に紹介したいと思います。
ちなみに校閲もかなり厳密になされており、著者のいくつかの誤解なども注で指摘されています。
目次は以下の通り。
はじめに
第一章 模倣国家としての創価学会
第二章 知的協会から宗教へ――創価学会の歴史
第三章 創価学会のドラマチックな物語【ナラティブ】
第四章 正典への参加――新宗教における聖典の形成
第五章 若者の育成――標準化教育を通じた師弟関係
第六章 良妻賢母と改宗の歩兵たち
おわりに
監修者あとがき
前半は創価学会の模倣国家的な側面と創価学会の歴史が語られています。
模倣国家的な側面については、そういう面はあってもそれは多くの組織に共通することではないか? という思いもあるので、このあたりは読んで判断してみてください。
歴史の部分について興味深いのは、その教育学的な起源を指摘している点です。
創価学会の初代会長は牧口常三郎ですが、彼はもとは北海道で尋常小学校の教員であり、さらなる知的な取り組みを求め上京し、キリスト教知識人の新渡戸稲造とも交流を持っています。
その後、牧口は東京で再び教員となりますが、既存の学校制度を合理主義やプラグマティズムで改革しようとする彼の姿勢は同僚教師や文部省と衝突し、教職を辞すことになります。
教職を辞めた牧口は1930年に『創価教育学体系』の第1巻を刊行します。出版者は創価教育学会となっており。これが創価学会の始まりとも言えます。創価学会の出発点は学術書の刊行なのです。
実は牧口は日蓮正宗への改宗について、これといったきっかけを述べていません。1916年に田中智學の講演を聞いたことがきっかけとも考えれますが、牧口は田中の超国粋主義的な日蓮主義組織、国柱会には参加しませんでした。
1931年の満州事変以降、戦時色を強める日本の中で、創価教育学会も教育改革だけではなく幅広い目標を目指すようになり、宗教的要素も強めていきます。
1936年から牧口は日蓮正宗の総本山大石寺で毎年夏期講習会を開くようになり、年々、その参加者は増加しました。
しかし、政府の宗教統制に反発した牧口は1943年7月に逮捕され、創価教育学会も解散させられました。牧口は1944年11月に獄中死しています。
二代目会長の戸田城聖も教員出身であり、中学受験用の学習参考書『[推理式]指導算術』などを出版し、併せて100万部売り上げたといいます。さらにここで得たお金を他の事業に注ぎ込み、醤油工場や証券会社も経営しました。
戸田は『創価教育学体系』の出版費用を捻出するなど牧口に尽くしました。戸田も43年に検挙されますが、獄中で法華経と日蓮の本を読む、題目を1日1万回唱えるという目標を立て、すべての生命がつながっているという悟りを得たといいます。
1945年7月に釈放された戸田は、戦後すぐに通信教育の事業を興します。
1946年3月、創価教育学会は創価学会となります。戸田のもとで創価学会は折伏を進めるなど宗教団体として教団の拡大に動きますが、その組織に「学会」という文字は残しました。
この戸田が妙悟空というペンネームで『聖教新聞』に連載した小説が『人間革命』です。この『人間革命』は池田大作(ペンネームは法悟空)によって書き継がれ、続編の『新・人間革命』とともに創価学会の「聖典」ともいうべき存在になります。
創価学会を貫くものは日蓮仏教と近代人道主義、ロマン主義といったものなのですが、これが『人間革命』という小説の中で融合しているのです。
戸田版の『人間革命』の中で実名で登場するのは牧口のみであり、池田版の『人間革命』で実名で登場するのは牧口と戸田のみです。他は仮名であったり、何人かの人物を混ぜ合わせたような形になっているのですが、読んでいる信者は、誰だかピンときますし、池田の足跡と小説の出来事を重ね合わせながら読みます。
記述において、戸田の死後の主導権争いといった池田にとって都合の悪いことは省かれているわけですが、その代わりに一貫したストーリーが提供されています。
特に池田が戸田の後継者としての地位を固めたとされる大阪事件については劇的な形で扱っています。
池田は、1957年の参議院補欠選挙で投票日前後に何百もの有権者宅を訪問し、タバコ、現金をばらまいたという罪で他の幹部ととも逮捕されます。最終的に池田は無罪になり、この事件は弾圧に打ち勝った輝かしい事例として扱われることになるのです。
『人間革命』でも、池田をモデルとした山本伸一という人物を通して、この事件は戦時中に逮捕された牧口や戸田と同じような、あるいは日蓮が受けた弾圧と結びつけます。これによって山本(池田)は創価学会の正統な後継者としての地位を得ることになるのです。そして、戸田と池田はともに「巌窟王」・モンテ・クリスト伯のイメージとも結びつけられています。
年配の学会員に会うと、『人間革命』や『新・人間革命』を持ち出してきて、自分が匿名で登場する部分を指摘してくることがあるといいますが、こうした「聖典」に参加しているという高揚感も創価学会という新しい宗教の魅力となっていると考えられます。
近年では、池田大作が若い学会員と交流した様子や、池田が海外でさまざまな栄誉を受けた場面を集めたDVDが売られているといいます。
創価学会は「教育」を出発点としていましたが、巨大な宗教団体となった今もその性格を残しています。
父親に捨てられて母親とともに創価学会に改宗した女性は、その後の創価学会での成長を「ちがう学校」(186p)と表現していますし、今でも若い信者の育成に教育的なシステムを置いています。
もちろん、創価大学を頂点とする学校もあるのですが、本書の第5章でとり上げられている任用試験です。著者は自らこの試験を受け、その様子を報告しています。
著者が受けたのは2007年11月で、このときは13万5000人以上が任用試験を受けたといいます。この試験に合格すると助師の資格が得られます。さらに男子部/女子部は任用試験に続いてさらに難しい試験があり、三級、二級、一級と階級が3年ごとに与えられ、壮年部と婦人部では、初級試験、中級試験、上級試験があり、受かるとそれぞれ助教授補、助教授、教授になれます。創価「学会」の名の通り、ここでも学術界の名称がとられています。
試験の内容は暗記するように指定された日蓮の『御書』のくだりから抜けている単語を書く、十界を正しい順番で書く、仏教用語を感じで書くといったもので、学校のペーパーテストとよく似ています。
著者は、この任用試験のための学習グループにも参加し、学会員の家でともに勉強しながら試験に臨んだといいます。
この試験システムは若い信者、特に2世に対して生涯にわたって創価学会への献身を植え付ける役割を果たしていると考えられます。そして、学校の成績の責任が日本では親、特に母親に帰責されがちなのと同様に、子どもの創価学会での試験の成績が振るわなければ信者である母親が責められることになります。
ただし、合否だけが重要ではないといいます。著者は試験に望むにあたって調査の中で知り合った各地の創価学会員から激励の電話を受けたといいます。その中には著者の大勝利のために唱題しているのだと言ってきた人物もいて、試験の合格よりも献身が重視されていることがうかがえるといいます。
また、この試験システムは、かつて上のレベルの学校に行けなかった学会員に対して、学びを提供したという側面もあります。
1967年の読売新聞の調査によると、学会員の回答者の55%は最終学歴が中学で、その教育水準は平均と比べても低めでした。そんな彼らに戸田城聖は、学ぶことによって学会の中での地位が上がるような仕組みをつくったのです。
この学びのシステムは21世紀になっても機能していますが、その内容は易しくなっているといいます。
以前は、日蓮の『御書』を読み込んだりする必要がありましたが、今は『大白蓮華』という創価学会の機関誌の試験対策特集を読めばよい形になっているといいますし、試験も2014年からマーク方式になっています。
以前は、幹部の選抜のための制度だったものが、現在は2世、3世を創価学会の活動に参加させるための手始めという性格を強めているのです。
第6章は「良妻賢母と改宗の歩兵たち」とのタイトルで婦人部について扱っています。
学会の上層部には女性は少ないのですが、学会の日々の活動を支えているのは女性たちです。創価学会はかなり性別分業的な組織となっており、各地の婦人会館は男性は立入禁止となっています。
かつての日本政府が国民を育てるために女性に「良妻賢母」を求めましたが、創価学会にもそうした傾向があります。一方、創価学会の女性は決して従属的なだけの存在ではなく、創価学会の活動を主体的に支えているとも言えます。
また、学会員の女性たちは家を家族の空間としてだけでなく学会活動の場としても提供し、時間的にも家庭生活と学会活動の両立を図る必要があります。中にはこれが原因で破綻してしまう家庭もあるのです。
著者は実際に創価学会家庭に入ってフィールドワークをしていますが、そこで熱心に学会活動をしてきた母親に対して30代の息子が「世界平和だって? 世界平和のために戦いに出かける前に、なんで自分の家の平和を守らなかったんだよ?」と問い詰める声を聞いてしまったりもしています。
その息子によれば、彼の両親は夜の6時〜9時はいつもおらず、弁当なども自分で作っていたとのことです。その時間、両親は学会活動をするか、娘を創価大学にいれるために働いていました。
この家庭では一時期夫婦仲も悪くなったそうですが、こんなときに母親は何をしたかというと南無妙法蓮華経を100万回唱えるということです。問題は学会活動ではなく、むしろ活動の不足にあると捉えられたのです。
彼女は睡眠を3時間程度にまで減らして200万回、300万回と唱題を増やしていき、そのうち夫も一緒に唱題を行うようになりました。そして夫婦で1000万回という記録を達成し、その過程で夫婦仲も修復されたとのことです。
戸田城聖は、女性信者の力を認め、学会発展の鍵は女性にあると考えながらも、一方で「竜女は竜女で、これは直らないだ。女からヤキモチとか、貪欲とか、グチを取ろうたって、取れない、あるのが当たり前なのだ」といった女性蔑視的な発言もしています。
ただし、だからこそ欠点を持つ女性はより真剣にご本尊にすがらなければならないという考えも生み出します。
池田大作が会長になると、創価学会は日蓮仏教に焦点をあてた運動から、文化を通じたもっと包括的な社会への取り組みへと転換し、全国に女性コーラスグループがつくられました。文化活動によって女性を組織しようとしたわけです。
1970年代に婦人部の重要性が高まると、池田の妻である池田香峯子の存在感も増してきます。一方、学会の上層部からは女性は排除され続けました。
本書では夫婦どちらも創価大学を卒業した第2世代の学会員である渡辺夫妻の様子も紹介しています。
夫婦共働きの家庭で婦人である渡辺さんは忙しくしていますが、一般家庭よりもさらに忙しいのは夜7時半の集会に学会員が自宅にやってくるからです。家事はその前までに済ませておかなければなりません。
集まってきた学会員たちは支部長を中心として、聖教新聞の購読数のグラフなどを確認し、改宗しそうな人の情報を交換します。さらに任用試験の受験予定者などを報告し、みんなに成功のために唱題するように依頼します。
つづいて婦人部長が地域フェスタや選挙の話、聖教新聞の購読状況などの話をします。そして情報共有がなされ、フェスタの内容をどうするか? 購読数を増やすにはどうするか? といったことが話し合われるのです。
仕事と家事に加えて、こうした学会活動がプラスされているわけですが、これを可能にしているのは渡辺さんの驚異的な頑張りやスケジュール管理です。
もちろん、こうした熱心な親が子どもを傷つけることもあるわけで、本書がとり上げている美穂さんもそうした例です。ただし、難しいのはそうした美穂さんもルーチン化した学会活動はくだらないと思いつつも、『人間革命』に描かれた戸田や池田の初期の情熱には感動しており、学会から完全に離れたわけではありません。
創価学会の教えはほぼ絶縁した粗暴な父親との絆でもあり、あっさりと捨て去ることはできないのです。
創価学会は既婚女性に立派な2世信者を育てる良妻賢母を求めていますが、学会の活動は家庭的な役割から母親を引き離します。
また、創価学会の組織はジェンダー化されており、この組織が社会の変化に対してどのように対応できるのかは未知数です。
とりあえず、現在の創価学会は母親にかなり負荷をかけながら、その活動を継続させている状況です。
最初にも書いたように前半の創価学会を擬似国家に見立てる理論的な部分についてはそれほどピンとこない部分もあるのですが、後半のフィールドワークから見えてくる、学校的なシステムとしての学会、学会におけるジェンダーの部分は面白いです。
また、著者が外国人であり、しかも日本語が相当にできるということがこの貴重なフィールドワークを可能にしているのでしょう。
創価学会がどんな組織であり、どんな人たちがどんなスタンスで参加しているのかということをうかがい知ることができる貴重な本です。