2024年の本

 今年も去年に引き続き、本を読むペースはまあまあでしたが、ブログは書けなかった。

 とりあえず、ちょっと前に読了した斎藤環『イルカと否定神学』の感想が書けてないですし、その他中古で買った本は紹介しきれませんでした(先日読み終わったばかりの浅羽祐樹『比較のなかの韓国政治』も紹介は間に合わず…)。 

 

 ただ、紹介しきれなかった本の中で、中古で読んだ中岡哲郎『日本近代技術の形成』とA・O・ハーシュマン『離脱・忠誠・発言』は非常に面白かったのでここで紹介しておきます。

 ここ最近恒例ですが、まずは小説以外の本の新刊を読んだ順に6冊紹介した上で、上記の中古で読んだ本の紹介、さらに小説を読んだ順で4冊+1シリーズ(?)紹介したいと思います。

 ちなみに新書については別ブログにまとめてありますので、以下をご覧ください。新書は豊作の1年でした。

 

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小説以外

 

 

 今やドイツ政治、そしてヨーロッパ政治において大きな存在感を持つ「緑」ですが、戦後西ドイツにおいて、「自然環境保全を主張することは、容易にナチズムによる「血と土」のイデオロギーにミスリードされる危険があり、〜とりわけナチズムの過去の断罪に積極的であった左派陣営にとって、自然保護運動との接触は、ある種のタブー」(8p)だったこともあり、ドイツの緑の党はかなり複雑な成り立ちをしています。

 本書はそんな緑の党の成り立ちを解き明かしつつ、西ドイツの戦後政治、政党組織の運営や社会運動のあり方、さらには、日本の戦後にあり得たかもしれない「保守」「革新」ではない第三の道の可能性などを考える上でも興味深い内容を含んでいます。

 「緑の党」自体に深い興味がない人でも、さまざまな刺激を受ける本だと思います。

 

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 2023年にノーベル経済学賞を受賞したゴールディンによる一般向けの書。

 ここ100年のグループを5つに分けてアメリカの女性の社会進出の歴史をたどるとともに、それでも今なお残る賃金格差の原因を探っています。

 今までの歴史の中でさまざまな差別的な要因が取り除かれてきましたが、アメリカでもいまだに残っているのが、「どん欲な仕事」と呼ばれる24時間「オン・コール」で働くことを要求されるような働き方ができるか否かです。弁護士、医師などはこうした働き方が求められる仕事で、これができるかできないかで時間あたりの賃金も変わってくるといい、これが男女の

賃金格差の要因として依然として残っているといいます。

 

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 近年、特に中国に対抗するためのパートナーとしてインドへの注目が高まっています。日米豪印の「クアッド」という枠組みがつくられ、そこではインドは民主主義や法の支配といった基本的理念を共有する国として紹介されています。

 しかし、本当にそうなのだろうか? ということを本書は突きつけています。

 インドのリーダーとして、あるいはグルーバルサウスのリーダーとして注目を浴びているモディ首相ですが、本書を読めばその政治スタイルはかなり権威主義的で、インドの民主主義はモディ首相のもとで大きく毀損されています。

  特にヒンドゥー至上主義とイスラームに対する抑圧はかなり危ういものであり、無邪気に「権威主義国家の中国に対抗するために民主主義国家のインドとの関係を深める」などと言得ない状況であることがわかると思います。

 現在のインドの状況を理解するために必読と言える本だと言えるでしょう。

 

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 1924年加藤高明護憲三派内閣以降、政友会と憲政会(→民政党)が交互に政権を担当する「憲政の常道」と言われる状況が出現しますが、なぜ、このような体制が要請されたのでしょうか? そして、この政権交代の枠組みを運営したのは誰なのでしょうか?(明治憲法のもとでは議会での多数派が組閣を導くわけではない)

 また、護憲三派内閣以降の政党内閣の歴史は「政友会の堕落の歴史」のように語られることがあります。

 なぜ、初の本格的政党内閣をつくった政友会は自ら政党内閣の寿命を縮めるような行為をしてしまったのでしょうか?

 こういった疑問とともに本書を読んでいくと、そこに浮かび上がってくるのは「明治憲法における各省の割拠的体制をいかにして統合していくのか」という問題です。

 この時代の政治についての知識がある人向けの本ではありますが、田中義一内閣の性格付けや、斎藤実内閣がうまくいった要因と、うまくいったがゆえに政党内閣復活の機運がしぼんでいく部分など、非常に興味深く読めました。

 

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 70年代後半〜90年代にかけての若者の政治や社会運動からの撤退の謎を、1974年に創刊され、85年に刊行を終えた雑誌『ビックリハウス』の分析を通して明らかにしようとした本になります。

 著者は86年生まれであり、完全に『ビックリハウス』が終わったあとに育った世代になりますが、約10年分の『ビックリハウス』をすべてテキスト化し、計量テキスト分析をかけるという荒業を行っています。この計量分析と内容の分析を通じて、なぜ若者の中で政治や社会運動を冷笑、揶揄するような姿勢が強まっていったかを探っています。

 本書の分析で変化のすべてが説明できるものではないですが、若者の変化を用意したある種の構造を説明しており面白いです。分析の中から浮かび上がる、主婦、特に表現規制などの運動をする主婦への揶揄や蔑視などもジェンダーと社会運動の観点から興味深いですし、さまざまな楽しみ方ができる本だと思います。

 

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 社会的にも政治的にも日本で最も大きな影響力を有していると思われる宗教団体の創価学会について、カナダに生まれ、現在はアメリカのノースカロライナ州立大学の哲学・宗教学部教授を務める人物が論じた本。

 副題は「現代日本の模倣国家」で、創価学会をミニ国家になぞらえた見取り図のもとで議論が行われているのですが、本書の何よりの面白さは著者によるフィールドワークの部分ですね。

 創価学会の家庭に入り込み、任用試験とそれに向けての勉強、創価学会における女性の役割、信者と池田大作の関係などを明らかにしていく部分は、日本人の書いた創価学会本でもなかなか描かれていないものではないかと思います。

 後半のフィールドワークから見えてくる、学校的なシステムとしての学会、学会におけるジェンダーの部分は特に面白いですね。

 

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 なぜ、日本は工業化に成功したのか? という疑問に正面から取り組んだ本。

 本書の「あとがき」には非常に印象的なエピソードが紹介されています。著者がメキシコで現地の大学院生を相手に講義を行った際に、薩英戦争で薩摩の砲台からの一撃がイギリスの旗艦ユーリアラス号に命中したことを話したところ、「なぜ、貴方は薩摩が勝利したといわないのか」と言われ、最後には「貴方は植民地化された国に住んだことがないから、この勝利の大切さがわからないのだ」という一撃を浴びたというエピソードです。ここから改めて著者は日本の工業化、近代化について考え直したといいます。

 

 本書は、サムライたちの本を読んだだけで蒸気船や反射炉や大砲を作ろうとした無謀な試みから説きおこし(薩摩の反射炉は基礎という概念がなかったために徐々に傾き、水戸のものは台風で倒壊した)、さらに維新後の展開を追っていきます。

 維新後は工部省が工業化を進めるのですが、工部省のやり方は日本の身の丈にあっておらず、産業としては成立しませんでした、在来技術とリンクできる機械や製法を取り入れることで、徐々に産業としても成立していきます。

 

 例えば、京都の西陣からはフランスのリヨンに職工が送られ、彼らは最新式の蒸気仕掛けの機械でなく手業の器械を持ち帰り、この器械が国内でも模倣されてつくられていきます。また、製鉄に関しても工部省のつくった釜石製鉄所は、コークス製鉄用の高炉を木炭で運用しようとしたことに無理があり経営的に行き詰まりますが、払い下げを受けた田中長兵衛は在来技術を生かしながらこの再生に取り組みます。田中の当初のやり方もかなり無理があるもので、粗悪な製品しかつくれなかったのですが、西洋流の製法を学んだ技術者などを雇い、コークスを用いた製鉄へと移行してきます。

 

 この他、本書では紡績や造船についてもとり上げられていますが、いずれも在来技術を生かしたり、あるいはニッチな部分に照準を合わせるような形で発展していきます。

 こうした在来産業をうまく活かせたことが、途上国にありがちな一部の近代的な産業と伝統的な零細産業といった二重構造に陥ることを防いだと本書は分析しています。

 これ以外にも、さまざまな要因がとり上げられており、また、技術的なディティールについても詳しく解説してあり、非常に読ませる内容になっています。

 

 

 

 

 もともと名著として名高い本ですが、やはり面白いですね。

 組織に対する個人の行動として、「離脱(exit)」と「発言(voice)」があることを論じた本ですが、この比較的単純な道具立てからいろいろなことが見えてきます。

 経済学では、基本的に「離脱」に焦点が当てられています。商品の品質が落ちれば消費者の多くは黙ってそれを買わなくなります。一方、政治の世界では「発言」が重視される場面が多いです。

 フリードマン学校選択制を唱えましたが、これは完全に「離脱」のみに注目した発想です。このように「新自由主義」というか近年では「選択」=「離脱」が重視されているわけですが、本書を読むとその限界も見えてくるでしょう。

 

 一方、アメリカの二大政党制などでは「離脱」が困難です。特に分極化が進んだ現在では民主党に不満があるからすぐに共和党に移るというわけにはいかないでしょう。こうなると熱心な支持者は「発言」をするわけですが、これが極端な候補を押し上げることになりかねません。本書では1964年のゴールドウォーターがとり上げられていますが、現在ならこのようなことが起こる可能性はもっと高いでしょう。

 この「離脱」と「発言」のどちらかを選択するのかに影響するのが「忠誠」であり、本書はこうした単純な道具立てで企業経営や政治、社会問題などさまざまな事象を分析していています。まだまだ色褪せない古典ですね。

 

 

小説

 

 

 これは巧い小説。

 設定だけを見ると、ありがちというか、どこかで誰かが思いついていそうな設定ですが、それをここまで読ませる小説に仕上げているのは、アンソニー・ドーアの恐るべき腕のなせる技。文庫で700ページを超える分量ですが、読ませます。

 戦場におけるボーイ・ミーツ・ガールを描いていますが、「いったい2人はいつ出会うのか?」という読み手の興味を、恐ろしく巧みな構成で引っ張ります。

 

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 著者のカン・ファギルは1986年生の韓国の女性作家で、同じ〈エクス・リブリス〉シリーズで短編集の『大丈夫な人』が出ています。

 『大丈夫な人』は「ホラー」といってもいいような作品が並んだ短編集で、血しぶきが飛ぶようなことはないものの、じわじわと精神的に追い詰められるような強さが描かれていました。

 大仏ホテルは1888年に日本人が朝鮮にやってくる西洋人を当て込んでつくったホテルですが、そこにシャーリイ・ジャクスンが逗留するというポストモダン的な設定なのですが、後半になると、韓国における華僑に対する差別や、朝鮮戦争に伴う住民同士の密告など、韓国の現代史の暗部がせり出してきます。 

 韓国の「恨(ハン)」というものがどのようなものであるかを教えてくれるとともに、それをくぐり抜けた愛についても描いた小説です。

 

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 ハン・ガンによる済州島4.3事件をテーマとした作品。

 「ハン・ガンは個人的にはノーベル文学賞を獲って当然と考える作家で(同じ韓国の作家ならパク・ミンギュも好きだけど、こちらはノーベル賞を獲るタイプではない)」なんて、当時のブログに書いたら本当にノーベル文学賞を受賞しましたね。

 過去の人々に起きた「痛み」を想起させるために、実際に読者に「痛み」を感じさせるというハン・ガンならではの文章から、さらに読者を暴力的にまで白い雪の世界に引き込んでいきます。

 そして、この雪の世界をくぐり抜けて済州島4.3事件へと辿り着くわけですが、ここまでの持ってき方がすごいの一言。さらにタイトルの「別れを告げない」という言葉が非常に効果的に使われている場面があって、ここもハッとさせられます。

 

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 『スペシャリストの帽子』や『マジック・フォー・ビギナーズ』などの作品で知られるケリー・リンクの短編集。すべて童話などを下敷きにした作品になります。ケリー・リンクには「雪の女王」を下敷きにした「雪の女王と旅して」(『スペシャリストの帽子』所収)といった作品もありますし、こうした書き方は得意なのでしょう。

 そして、童話がぶっ飛んだ不思議な世界に書き換えられるのもケリー・リンクならでは。

 冒頭の「白猫の離婚」では、資産家が3人の息子に、最も小さくて手触りの良い犬を探してくるように命じるところから始まります。いかにも童話的な筋立てですが、三男がたどり着くのは白猫が運営する大麻農園であり、そこから不思議な話が展開されます。

 ケリー・リンクの作品を読んだことがある人ならわかると思いますが、その特徴はおとぎ話的な不思議さと、生と死の世界の近さですで、本書でもその特徴は遺憾なく発揮されています。

 

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 リンク先は全8巻セットですが、読んだのは1〜4巻まで。

 「光る君へ」が面白かったこともあり、今までちゃんと読んでいなかった『源氏物語』を読んでみようと角田光代訳を読み始めました。

 1〜2巻は完璧ですぐ泣く光源氏の女性遍歴で想定通りという感じですが、3〜4巻にな李、特に玉鬘が出てきたあたりから、グッと批評性が出てきますね。完璧だった源氏も玉鬘からするとグルーミングを仕掛けるキモいおっさんであり、そのあたりのことが容赦なく書いてある。ちょっとメタフィクションっぽいところあって面白くなってきました。

 来年、5巻以降も読んでいきたいですね。