魏明毅『静かな基隆港』

 適当なカテゴリーがなかったので「社会学」カテゴリーにしてしまいましたけど、本書は長年心理カウンセラーを務めてきた著者が、大学で人類学を勉強しなおし、基隆港の港湾労働者の生活をフィールドワークしたものをまとめたものが本書になります。

 実は基隆は、2000年代を通じて台湾でも壮年男性の自殺率がもっとも高い地区なのですが、本書はその背景を明らかにしようとしています。

 ただし、本書は自殺の原因を探った本でも、自殺防止の道を考察した本でもありません。時代の変化の中で、港湾労働者の生活がいかに形成され、いかに破壊されたのかを、当事者の語りを通じて浮き上がらせた本です。

 本書は台湾最大の文学賞・金鼎獎を受賞しており、記録文学のような形で読むこともできますし、また、台湾以外の地域にも共通する普遍的な問題をとり上げた本だとも言えます。

 

 目次は以下の通り。

プロローグ 面談室からフィールドへ
第1章 基隆の埠頭で
第2章 あの頃、海辺にいた少年と男たち
第3章 茶屋の阿姨(アーイー)たち
第4章 失格
第5章 彼らは私たちである
エピローグ 無数の「清水の奥さん」と「李正徳」に宛てて

 

 最初に登場するのは基隆港で屋台を営む女性、「清水(チンシュイ)の奥さん」です。

 彼女の夫は公務員でしたが、1960年代末に基隆にやってきて港湾労働者の方が公務員よりも実入がいいことを知り、埠頭に入ります。ところが、夫の仕事は臨時のもので収入は十分ではなく、清水の奥さんは収入不足を補うために屋台を始めました。

 著者が調査しているときは、焼売やスープや豆乳を売っていましたが、あまり売れずに「基隆港はとっくに”死港”になっちゃったんだね。」(25p)とつぶやいています。

 夫は脳卒中で倒れて要介護になっており、奥さんは屋台の仕事と夫の介護を掛け持ちするような形になっています。

 

 2人目として登場する李正徳(リージョンドー)はトレーラーの運転手です。

 かつては昼夜問わずコンテナを引っ張っていましたが、現在は運転手の大部分は夕食どきまでに仕事を終えるといいます。

 正徳は両親と息子と暮らしていて、付き合った10年以上の恋人もたびたび泊まりに来ると言いますが、息子との交流はほとんどなく、食卓は静かです。

 運転手としての収入は年々減少しており、酒を仕入れて売ろうとしましたが、これもうまくいっていない状況です。

 まずは、この2人を通して、基隆港の衰退が映し出されます。

 

 第2章では、著者は二十数名の苦力(クーリー)たちから聞き取った話をもとに基隆港の歴史が語られていきます。

 基隆港は台北の東にある港であり、日本統治時代に発展し、荷役のために多くの男性が集められました。この港は日本が去った後も台湾の中心的な港として発展します。

 港での仕事はたくさんありましたは、埠頭での運搬業は重労働であり、これを担うのは地元出身の人間ではなくよその地域からきた者でした。

 

 港での荷役作業は全て労働組合が請け負っており、この組合のもとで班が作られていました。港湾局は50人の親方を班隊長に組織化させ、彼らの出身地別に労働者を管理しました。

 班隊長は故郷から労働者を集め、そのために出身地に応じた労働者のネットワークが形成されました。

 港湾局が払う給料は班隊長を通じて分配され、その分配は班隊長の匙加減だったといいます。

 労働者たちには「副収入」もあり、時には貨物の一部をちょろまかしていましたし、急いでいる客からチップをもらうこともありました。

 労働者には正規採用の者と臨時採用の者がおり、正規の通行証を持つ正規採用の者は面倒な仕事を臨時採用の者にやらせることもあったといいます。

 

 埠頭労働者の仕事時間は決まっておらず、船が入港すればすぐに作業が始まります。一方、船が来なければ待機することになります。

 雨の多い基隆では、狭い作業員控室に待機することも多く、作業中以外でも労働者たちは仲間とともに過ごしました。

 

 1960年代末になると、台湾にもコンテナ船が入港するようになり、苦力たちの姿は見られなくなります。代わりに出現したのがガントリークレーンと大型トレーラーでした。

 しかし、機械化によって業務量が激減したものの、労働人員と給料は削減されなかったために、労働者たちの待機時間は増え、中には同僚に代理で仕事を頼む者も現れました。

 金もあって暇もある状態で、本書では当時を懐かしむ声も聞かれます。

 一方、トレーラーの運転手はまだまだ不足しており、李正徳をはじめ、この時期に基隆にやってきた者も多くいます。

 

 第3章では埠頭に集まった男たちの憩いの場であった茶屋とそこで働く阿姨(アーイー)について語られています。

 茶屋とは女性と話しながら酒を飲んだりカラオケを歌ったりできる店で、日本だとスナックに近いのかもしれません。

 羽振の良い男たちが集まる基隆港の周辺には、性風俗の店も立ち並んだといいますが、茶屋はそういった目的ではなく、男たちは主に阿姨たちに話をするために茶屋にやってきます。

 

 この茶屋に通う男たちの心理について、著者は次のように分析しています。

 男たちにせよ阿姨にせよ、最初に関係を取り結んだきっかけは商売であったとはいえ、そこには、互いにかならずしも気づいていない、別の心理的願望が入り混じっていた。男たちが金銭と引き換えに求めようとしたのは、性的な意図で女性を誘い出すことでも、生理的快楽を得ることでもなかった。彼らが贖おうとしたのいは、彼ら自身は口にすることのない、「仲間」への秘めたる渇望であった。(89p)

 

 また、男たちの阿姨に入れ込んで行った背景には「男は”ガラ・ウン(できるやつ)”たれ」という埠頭労働者の規範のようなものがあったといいます。

 

 男たちは自らのプライベートなことをすすんで語りません。家庭内の悩みを打ち明けたたりすることは「ガラ・ウン」のあり方とはずれています。そこで、そういったことを話したいという欲求が阿姨との間で解消されます。

 また、茶屋で遊ぶ、場合によっては妻がいるにもかかわらず阿姨と恋仲になるのは、「ガウ」である行為です。

 

 彼らは不規則な労働時間もあって家庭とは切り離されます。当然ながら、仕事を調整して、あるいは仲間との時間を削って家族との時間を作るような行為は「ガウ」ではありません。

 そこで、彼らは心理的なケアを求めて茶屋の阿姨の元に通います。そこで愛人関係になったり、さまざまなトラブルが起きたりするケースもあり、それがもとで自殺や自殺騒ぎが起こったという話も本書には出てきます。

 一方、同僚男性の自殺については、彼らは「いつも元気だったし、問題があるようには見えなかった」ということを言います。「ガウ」が重視される中で、仲間に悩みを打ち明ける男は少ないのです。

 

 第4章では基隆港とそこで働く港湾労働者の没落が語られています。

 現在(フィールドワークをした2009年ごろ)、基隆港は観光地として整備されつつあり、そこで釣りをしようとする港の男たちは場違いな存在になりつつあります。

 

 埠頭の労働者の没落を決定的にしたのは、1999年に荷役作業が民間企業へ開放されたことでした。

 当時、労働組合は今までの気前のいい支払いのせいで退職金を払うことが難しくなっており、退職金の支払いを肩代わりしてくれるということで民営化に飛びついたのです。

 もちろん、まだ退職年齢に達していなかった中年の苦力たちは反対しましたが、幹部は財務上の理由から民営化に同意しました。

 仕事は旧組合員に優先的に回すということになっていましたが、荷役会社に必要な人数は当時に埠頭にいた3000人近い人数を遥かに下回るものでした。

 

 結果として、基隆港周辺には無職の中年男性が溢れることになります。

 民営化された会社に残った労働者の収入も民営化前の半分にも及ばなくなり、彼らが屋台や茶屋で使えるお金も減っていきます。

 また、仲間に気前よく奢ってやることができなくなったことにより、男たちは連れ立って飲みに行くことをやめました。

 基隆港も貨物港から観光、レジャーの場所へと変質していきますが、そこには肉体労働者の居場所はありませんでした。

 

 中には、稼げた時代に子どもに家を買ってやったという人もいますが、そうした人物(本書124pに出てくる李松茂)でも、自分たちが社会の底辺に落ちてしまったという感覚を持っています。

 埠頭に残った人々の間でも、昔のような仲間意識はなくなり、上からの指示を黙々とこなすだけになっています。

 さまざまな意味で基隆は「静かな」場所となったのです。

 

 男たちは家でも静かです。埠頭労働者の労働は前にも述べたように不規則であり、彼らは家に帰らずに仲間たちと、あるいは茶屋などで仕事を待っていました。そうした中で家庭の中での居場所はなくなっていました。

 そして、埠頭の仕事がなくなった、あるいは激減した彼らには、帰るべき家庭も、一緒に酒を飲む仲間もいなくなっていたのです。

 

 最後の第5章では、この変化を「新自由主義」の広がりという形で、誰にでも当てはまる問題として再提示しています。

 この「新自由主義」という概念がどれだけ有効なのかは意見の分かれるところかもしれませんが、彼らが作り上げた「ガラ・ウン」を理想とする文化は、困難を互いに支え合うようなものではなく、外からのショックに非常に弱いものでした。

 

 ある意味、彼らの計画性のなさを批判することは可能かもしれませんが、基隆港の衰退を見通していたのは彼らではなく港湾当局であり、それにもかかわらず当局は問題に手をつけずに、もはや維持が不可能になってから彼らを切り捨てました。

 こうした切り捨ては、必ずしも基隆の埠頭労働者たちだけに当てはまるものではなく、世界各地で起きていることなのでしょう。

 

 ここまで本書の内容を図式的に説明してきましたが、本書の魅力はこうした図式が当事者たちの声によって語られている点です。

 当事者と行動を共にしながら彼らの声を拾っていくスタイルは、ジャーナリズムとも違いますし、何よりもタイトルにもあるような「静か」さがあります。

 本書は台湾で「文学賞」を獲ったといいますが、それも納得できるスタイルであり、基本的に文学作品しか読まないという人が読んでも面白いのではないかと思います。