角田光代訳『源氏物語5・6』

 去年から読んでいる角田光代訳の『源氏物語』、今回読んだ第5巻と第6巻で光源氏が亡くなり、宇治十帖へと突入しました。

 第5巻は「若菜 上」、「若菜 下」、「柏木」、「横笛」、「鈴虫」を収録、第6巻は「夕霧」、「御法」、「幻」、「雲隠」、「匂宮」、「紅梅」、「竹河」、「橋姫」、「椎本」を収録しています。

 

 第3巻と4巻では、玉鬘の登場によって源氏の完璧さが崩れ、気持ち悪い男が顔を見せたわけですが、その後に続く女三の宮の降嫁と紫の上の病気、女三の宮と柏木の密通といった第5巻の流れでは、源氏のある種の「弱さ」が顔を見せます。

 「やはり紫の上だ」と思った源氏でも、若く高貴な女性との縁談が持ち上がれば結局は受けてしまいますし、女三の宮と柏木の密通を知っても、自分も過去に同じことをしているだけに怒ったり、悲劇の主人公にもなれないわけです。

 この第5巻は作者の筆が冴えまくっており、『源氏物語』を小説として見るならば、これまでよりもさらに完成度が高い部分と言えるでしょう。

 

 さらに源氏の弱さは紫の上を亡くす「御法」、さらに紫の上の死後を描いた「幻」でもっと強く打つ出されるのですが、その間に「夕霧」が挟まれているのが、この作者の厳しいというかいやらしいところかもしれません。

 源氏と葵の上の間の子どもである夕霧は幼い頃から雲居の雁を想い続け、障害を乗り越えて結ばれ多くの子にも恵まれるのですが、この「夕霧」ではその夕霧が亡くなった柏木の妻であった落葉の宮に恋心を抱いてしつこく言い寄ります。そして、あれだけ相思相愛だった雲居の雁をうるさい女だとも思い始めるのです。

 男はほんの少しのことでどうしようもなく愚かになってしまうものだという作者の人間観が出ているのかもしれません。

 

 「匂宮」からはいわゆる「宇治十帖」に突入しますが、「匂宮」、「紅梅」、「竹河」は物語の方向性もそれほどはっきりせず、やや面白さは停滞します。

 「橋姫」からは今後の主要キャラとなる八の宮の娘の大姫、中の姫が登場しますが、非常に控えめで主体性もあまりない人物として描かれており、まだ十分に面白いとは言えません。

 とりあえず、「宇治十帖」については今後の展開次第という感じですかね。