現代の台湾を代表する作家である呉明益の長編。
今まで日本に紹介されてきた呉明益の作品は、最初の短編集『歩道橋の魔術師』を除くと、日本の植民地統治を含んだ歴史を取り入れた作品である『自転車泥棒』や『眠りの航路』、エコロジー的な視点から台湾の自然を作品に活かした『複眼人』や『雨の島』といった2つの路線がありますが、今回の『海風クラブ』は後者の路線の作品です。
ただし、過去の作風をなぞった作品かというとそんなことはなく、なかなか多面的な性格を持つ作品となっています。
まず、本作には巨人が登場します。この巨人とはかつてはたくさんいたものの今は自然と一体化しながら滅びつつある存在です。台湾島に横たわっている最後の巨人が本作には登場します。
この巨人の体内でもある洞窟の中で少年と少女が出会うことから物語が動き始めます。
このようにこの小説は寓話のような形で始まります。
台湾の山岳部に暮らす原住民たちの暮らしなどを織り交ぜながら語られる前半は「小説」というより「物語」といった名称が似合う感じです。
ところが、寓話的に始まった物語は、途中で舞台となっている海豊村にセメント工場建設の話が持ち上がり、それに対する反対運動も起こります。
この出来事は実際に台湾東部の花蓮県の和平村で起きたことをモデルにしており、著者もその反対運動などを取材してこの小説を書いています。
同時に原住民の若者の苦悩や、セメント工場建設のために補償金を受け取ったものの車を買うくらいしか使い道を思いつかない原住民の姿なども描かれており、寓話的に始まったこの作品はリアルな世界とつながっていくわけです。
さらにラストではまた寓話的な話に戻っていきます。
ストーリーだけを聞くとエコロジー小説のような印象も受けますが、本書はこうして寓話とリアルな世界を往復することで台湾という島の古層から現代までを描こうとしています。
個人的には、完成度としては『自転車泥棒』や『眠りの航路』の路線の作品に劣るとは思いますが、この『海風クラブ』が野心作であることは間違いないですね。
