20世紀屈指の長編の『砂時計』や「泣ける短編」として分画市場でも屈指の作品である「少年と犬」(『若き日の哀しみ』所収)を送り出したダニロ・キシュの連作短編集。
基本的には、20世紀前半に活動した共産主義者の悲劇的な運命を描いた話ですが、「犬と書物」だけは14世紀のフランスにおけるユダヤ教徒の迫害を扱っています。
歴史は勝者が書く。伝承は民衆が紡ぎ出す。文学者たちは空想する。確かなものは、死だけである。(『死者の百科事典』119p)
これはキシュの『死者の百科事典』の中の言葉ですが、本作品では勝者によって書かれなかった敗者の事績を描こうとしています。
引用文によれば文学者は空想するわけですが、本書は比較的淡々と進み、『砂時計』や『若き日の哀しみ』に見られた叙情性はほとんどみられません。
ただし、そんな中で異様な迫力を持っているのが表題作の「ボリス・ダヴィドヴィチのための墓」。
ボリス・ダヴィドヴィチは、ノフスキという名前でロシア革命に参加した人物として描かれており、前半はロシア革命〜内戦期に彼が何をしていたのかということが断片的に語られていきます。
後半はスターリン体制のもとで逮捕されたノフスキと取調官フェデューキンの対決が描かれますが、ノフスキに自白(もちろんでっち上げの)をさせるためのフェデューキンのがとった策は、ノフスキを痛めつけることではなく、ノフスキの眼の前でまったく関わりのない若者を殺していくことでした。
この短編集の文章はキシュにしては淡々と積み重ねられているのですが、ここの場面の緊迫感、残酷さは際立っています。
他の短編を読み始めて「いまいちかな」と思っても、この「ボリス・ダヴィドヴィチのための墓」だけは読んでほしいですね。
