本書の出発点をなすのは、東ドイツの西ドイツへの適応ないし移行という当初の期待は、近年の展開に照らして幻影だったという所見である。〜「模倣の段階の終着点」にあって、東ドイツは消えてなくなるどころか、ますます見分けが可能である。(11p)
1990年のドイツ統一から35年近くが経っていますが、未だに東西の格差は埋まらず、政治や社会の状況に関しても明らかな違いが残っています。
その1つの現れが旧東ドイツ地域におけるAfDの台頭であり、ドイツ政治全体を揺さぶるものとなっています。
本書はこういったドイツの状況を明らかにし、さらにその処方箋を探った本になります。
AfD躍進の背景を知るうえでも興味深いですし、同じ民族であっても40年ほど違う社会を経験したことによって非常に大きな違いを生み出してしまっていることは歴史的に見ても興味深いです。
目次は以下の通り。
はじめに
第1章 適応の代わりに骨化
第2章 制止された民主化
第3章 起こらない一九六八年
第4章 東ドイツ人のアイデンティティ
第5章 政治的な対立状況
第6章 民主主義の漸進的損害
第7章 参加の実験場
第1章、ここ最近の東ドイツの経済指標は悪くないものの(人口流出が止まった)、東西ドイツの差異は根強く残っています。
社会主義を経験したとは言え、同じドイツ人なので統一後に経済格差が埋まれば統合が進むと考えられていましたが、現実には根強い文化的な差異があり、それがなくなっていく兆しは見えません。著者はこれは骨折からの接合を意味する「骨化」という言葉で呼んでいます。
東西格差はいくつもありますが、注目すべきはエリートにおける東ドイツ出身者の少なさです。経済、文化、メディアなどのエリートにおける東ドイツ出身者は低迷したままで、学術研究や司法においては低水準からさらに後退している状況です。これは統一後に生まれた若い世代にも当てはまり、同じ制度で育った世代においても格差が埋まらない状況が見て取れます。
また、東ドイツでは若い女性の西側への流出が進んでおり、ザクセン=アンハルト州では20−29歳の女性100人に対して男性は115人。AfDはこういった地域で支持を集めており「男性政党」とも考えることができます。
こうした反動的な主張はさらなる女性流出を招き悪循環をもたらす可能性もあります。
第2章、東ドイツでは長年の市民への抑圧のあと、ようやく出てきた市民の政治参加の動きが東西ドイツの統一によって制止されてしまったと捉えられています。
確かに民主的な選挙が行われるようになりましたが、政党を含め西側によって運営されており東ドイツの市民は主体的に参加できなかったといいます。
西側的な政党が東ドイツ社会に根を張れない中で、右翼勢力が消防団や商工会議所などの名誉職に浸透しており、AfDの強さの一端もこういったところにあるそうです。
第3章、タイトルは「起こらない一九六八年」。西ドイツでは68年に自国の過去を問い直す運動がありましたが、東ドイツではそういった運動は起こらず(起こせず)、東ドイツの体制崩壊後も秘密警察を告発する動きはあっても、体制全体を告発するような形にはならず主体的に歴史に向き合う機会がなかったと分析されています。
これについて著者は、喧嘩している若いカップルも両親の前に行くと仲良しであることを演じるという面白い比喩を使っています。
「正しい」西ドイツ市民が目の前にいる中で、東ドイツでは過去の体制を告発するよりも、むしろ東ドイツ市民同士で閉じていくような形になったのです。
第4 章、「東ドイツ人」というアイデンティティはかつての「北ドイツ人」「南ドイツ人」といったものとは違う形で機能しており、それは「西ドイツ人」という参照を経て構成されるものになっています。しかも西と東の違いは若い人ほど強く認識されているといいます。
統一後世代は、ドイツ民主共和国で社会化された世代よりも、差異と対立に関する両方の意見により強く同意しており、「東ドイツの若い世代(引用者注30歳以下)では65%が「違いがある」と答えているが、西ドイツの若い世代ではそれが32%にとどまっている。東西対立については、西ドイツではわずか16%あその存在を認めているのに対し、東ドイツでは61%が「ある」としている」(104p)とのことです。
第5 章、東ドイツ人の人々も民主主義を評価していますが、「民主主義がうまく機能しているか」との問いには否定的だそうです。
東ドイツでは政党が西側に比べて機能しておらず、既成政党の政党員も西側に比べて非常に少なくなっています。
東ドイツの自治体の選挙の投票率は低くないですが、無所属の議員が多く、西側と違って上のレベルの政治とつながっていきません。また、東では政治的に無力だと感じる政治的脱力感が強く、変化に対する強い倦怠感もあります。そこにポピュリストは「現状維持は可能だ」というメッセージを届けるのです。
第6 章、AfDがかなり浸透している東ドイツにおいてこれを食い止める方法を検討した章。司法によるAfDの違法化などは東独の被害者意識をさらに高め、司法への敵意も生む可能性があります。政党の防火壁戦略(AfDとは連立も組まないしその他の協力もしない)もAfDが東独の州で絶対多数をとれば無効になってしまいます。
長い付き合いがあって、いつしかAfDを選ぶ人たちを悪魔視することなど無理だ。東ドイツのコミュニティで「そういう輩」と関わりを持つことは、「そういう輩」が親戚や友人、同僚であることとも関係する。〜距離を保ち、右翼過激派は右翼過激派だとして克服すべく闘えという要求は、ハノーファーやベルリン、ミュンヘンのアルトバウ住居であれば言いやすいだろうが、ブランデンブルグ南部やザクセン州のマイセンではそうはいかない。(158p)
第7 章、東ドイツではSPD、FDP、緑の党といった既成政党の退潮が止まらず、西ドイツの政党で勢力を保っているのはCDUくらいです。
無党派の市長などが増えていますが、先述のようにこれがより上のレベルの政治との連携を阻んでいます。ドイツは分権的な国家の仕組みになっており、それをつなぐのが政党なのですが、東ドイツでは地域と連邦政府がうまくつながっていないのです。
著者はこうした代議制民主主義の機能不全に対して、市民会議というミニパブリックスの導入を提案しています。
著者の処方箋が有効かどうかは判断できませんが、本書はドイツの政治や社会の現状を考えるうえで非常に有益です。
日本から見ると東ドイツでのAfDの台頭については、「やはり西と東の経済的な格差がまだ残っているからなんだろう」と単純に考えてしまいがちですが、本書を読むともっと深い部分でさまざまな問題があることがわかってきます。
