ホセ・ドノソ『境界なき土地』

 世界文学史上もっともグロテスクな大作とも言える『夜のみだらな鳥』、そして驚異的な完成度を誇る『三つのブルジョワ物語』などで知られるドノソ(ドノーソ表記もあり)の小説が、水声社の「フィクションのエルドラード」シリーズから登場。
 このシリーズからは、なんと『夜のみだらな鳥』の復刊も予告されています!


 この『境界なき土地』は全部で160ページちょっとの中編とも言える作品で、もともとは『夜のみだらな鳥』に組み込まれるエピソードだったそうです。
 『夜のみだらな鳥』は金持ちが奇形に生まれた我が子のために世界から奇形を集めて「奇形の王国」をつくるという完全に常軌を逸したような作品でしたが、この『境界なき土地』は、とりあえず寂れつつある街の娼館を舞台にした作品で、最初はそれほどグロテスクな感じはありません。
 この娼館は地域の有力者ドン・アレホからハポネサという女性が譲り受けたもので、今はその娘のハポネシータとその「父」マヌエラが取り仕切っています。
 「父なのになぜマヌエラという女性の名前なんだ?」と思った人もいるかもしれませんが、マヌエラはいわゆる「オカマ」です。もともとはオカマのダンサーです。
 そんな娼館に去年、大暴れしてマヌエラを辱めたパンチョ・ベガという男が帰ってくる。マヌエラはパンチョに金も貸しているドン・アレホの力を頼ってトラブルを未然に防ごうとするが…、というのがこの本のあらすじ。
 まあ、これだけだと普通の小説のようにも思えますが、物語はだんだんと倒錯的な世界に分け入っていきます。
 

 ちなみに同じく「倒錯的」とは言っても、例えば、ウラジーミル・ソローキン『青い脂』なんかとは全然違います。
 ソローキンは「倒錯」をネタのように消費しつつ笑いを誘うわけですけど、ドノソは緻密な心理描写を積み重ねながら次第に読者を「倒錯的」な世界に引きずり込みます。ソローキンが最初っから下品なのに対して、ドノソは品があると思いながら読んでいると、いつの間にか下品な世界になっていたりします。
 物語の面白さとしては、最初にあげた『夜のみだらな鳥』や『三つのブルジョワ物語』にはかなわないですが、ドノソの上手さを堪能できる小説ではあります。


境界なき土地 (フィクションのエル・ドラード)
ホセ ドノソ Jos´e Donoso
4891769521


三つのブルジョワ物語 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)
ホセ・ドノーソ 木村 榮一
4087602397