海外小説

ベン・ラーナー『トピーカ・スクール』(明庭社)

9月の半ばからえらく忙しくてかなり細切れに読んだために、本書の複雑な構成やイメージのつながりなどを十分に咀嚼しながら読めたわけではないのですが、これは印象に残る小説でした。 訳者は川野太郎で、明庭社というこの本が最初の出版になるのではないか…

ダニロ・キシュ『ボリス・ダヴィドヴィチのための墓』(松籟社)

20世紀屈指の長編の『砂時計』や「泣ける短編」として分画市場でも屈指の作品である「少年と犬」(『若き日の哀しみ』所収)を送り出したダニロ・キシュの連作短編集。 基本的には、20世紀前半に活動した共産主義者の悲劇的な運命を描いた話ですが、「犬と書…

呉明益『海風クラブ』(KADOKAWA)

現代の台湾を代表する作家である呉明益の長編。 今まで日本に紹介されてきた呉明益の作品は、最初の短編集『歩道橋の魔術師』を除くと、日本の植民地統治を含んだ歴史を取り入れた作品である『自転車泥棒』や『眠りの航路』、エコロジー的な視点から台湾の自…

A・J・ライアン『レッドリバー・セブン:ワン・ミッション』

前回紹介した『バベル』と同じく古沢嘉通が訳しているSFですが、同じSFでもその趣きはずいぶん違います。 『バベル』が歴史改変小説で舞台もアジアからイギリスまでの地理的に広い範囲でしたが、本書『レッドリバー・セブン:ワン・ミッション』は、途中まで…

R・F・クァン『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』(東京創元社)

Amazonに載っている紹介は以下のようなもの。 銀と、ふたつの言語における単語の意味のずれから生じる翻訳の魔法によって、大英帝国が世界の覇権を握る19世紀。英語とは大きく異なる言語を求めて広東(カントン)から連れてこられた中国人少年ロビンは、オッ…

ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』

河出書房新社の「世界文学全集」シリーズに入っていた鴻巣友季子訳のものが新潮文庫から出たので読んでみました。 ウルフは前に『ダロウェイ夫人』(角川文庫、 富田彬訳)を読んだことがあったのですが、この『灯台へ』の方がぐっと面白く感じました。 『ダ…

ケリー・リンク『白猫、黒犬』

『スペシャリストの帽子』や『マジック・フォー・ビギナーズ』などの作品で知られるケリー・リンクの短編集。すべて童話などを下敷きにした作品になります。ケリー・リンクには「雪の女王」を下敷きにした「雪の女王と旅して」(『スペシャリストの帽子』所…

ロス・トーマス『狂った宴』

犯罪小説の名手として知られるロス・トーマスの初期の長編。とは言っても、個人的にはロス・トーマスの作品を読むには初めてですし、あまりこの手の小説は読まないのですが、アフリカの選挙戦を扱った作品ということで読んでみました。 Amazonに載っている紹…

マット・ラフ『魂に秩序を』

新潮文庫最厚とも言われる1000ページ超えのレンガ本。 父は僕を呼びだした。 はじめて湖から出てきたとき、僕は26歳だった。(7p) このような意味不明な書き出しで始まる小説ですが、読んでいくとこれが多重人格者の内面を描写したものだということがわかり…

林奕含『房思琪の初恋の楽園』

タイトルに「初恋の楽園」となっており、甘酸っぱい青春小説を想像するかもしれませんが、全然そんなことありません。 作者の林奕含(リン・イーハン)は台湾の女性でこれがデビュー作ですが、本書の出版して2ヶ月後に亡くなっています。 本書の扉には「これ…

ハン・ガン『別れを告げない』

ハン・ガンによる済州島4.3事件をテーマとした作品。 ハン・ガンは個人的にはノーベル文学賞を獲って当然と考える作家で(同じ韓国の作家ならパク・ミンギュも好きだけど、こちらはノーベル賞を獲るタイプではない)、そのハン・ガンが韓国現代史の大きな闇…

アヴラム・デイヴィッドスン『エステルハージ博士の事件簿』

短編集『どんがらがん』などで知られるアヴラム・デイヴィッドスンの連作短編ミステリー小説。ただし、本書の売りは謎解きの要素ではなく、作者によって構築された主人公のエステルハージ博士が活躍するその世界と言っていいでしょう。 舞台となるのは20世紀…

チョン・イヒョン『優しい暴力の時代』

1972年生まれの韓国の女性作家の短編集。河出文庫に入ったのを機に読みましたが、面白いですね。 「優しい暴力の時代」という興味を惹かれるタイトルがつけられていますが、まさにこの短編集で描かれている世界をよく表していると思います。 「優しい暴力」…

カン・ファギル『大仏ホテルの幽霊』

著者のカン・ファギルは1986年生の韓国の女性作家で、同じ〈エクス・リブリス〉シリーズで短編集の『大丈夫な人』が出ています。 『大丈夫な人』は「ホラー」といってもいいような作品が並んだ短編集で、血しぶきが飛ぶようなことはないものの、じわじわ…

アンソニー・ドーア『すべての見えない光』

これは巧い小説。 設定だけを見ると、ありがちというか、どこかで誰かが思いついていそうな設定なんだけど、それをここまで読ませる小説に仕上げているのは、アンソニー・ドーアの恐るべき腕のなせる技。文庫で700ページを超える分量ですが、読ませますね。 …

ルーシャス・シェパード『美しき血』

全長1マイルにも及ぶ巨大な巨竜グリオールを舞台にしたシリーズ最後の長編にして、ルーシャス・シェパードの遺作と思われる作品になります。 巨大な竜が出てくるということで、ジャンルとしてはファンタジーに分類されるのでしょうが、前作の『タボリンの鱗…

パク・ミンギュ『カステラ』

『ピンポン』、『三美スーパースターズ』などで知られている韓国の作家パク・ミンギュの短編集で、パク・ミンギュが初めての翻訳にもなります。 本書の訳者あとがきでは、訳者の1人が日本では本屋に行っても韓国人作家の本がほとんど並んでいないことを嘆い…

ミン・ジン・リー『パチンコ』

以前から話題の本でしたが、今回、文庫化されたので読んでみました。上下巻で、上巻の裏表紙の紹介文は以下の通りです。 日韓併合下の釜山沖の小さな島、影島。下宿屋の娘、キム・ソンジャは、粋な仲買人のハンスと出会い、恋に落ちて身籠るが、実はハンスに…

チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』

1978年に出版されて以来、ロングセラーとなっている韓国の小説です。 今調べてみたら、赤川次郎の『セーラー服と機関銃』がこの年、村上春樹の『風の歌を聴け』が翌年の79年になります。 70年代後半は、日本だと少しポップな感じの新しい文学が出てきた時代…

パク・ソルメ『未来散歩練習』

パク・ソルメについては、同じ白水社の〈エクス・リブリス〉シリーズから『もう死んでいる十二人の女たちと』という日本オリジナル短編集が、本書と同じ斎藤真理子の訳で出ています。 『もう死んでいる十二人の女たちと』の冒頭の「そのとき俺が何て言ったか…

ローラン・ビネ『HHhH: プラハ、1942年』

2013年のTwitter文学賞海外編1位になるなど話題を集めた本ですが、今回文庫になったので読んでみました。 タイトルの「HHhH」は「Himmlers Hirn heißt Heydrich(ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる)」の符丁で、ヒムラーに次ぐ親衛隊のNo.2にして、ユダ…

ウィリアム・トレヴァー『ディンマスの子供たち』

国書刊行会の「ウィリアム・トレヴァー・コレクション」の第4弾は、トレヴァー初期の長編になります。 短編の名手として名高いトレヴァーですが、長編でもその辛辣な人間観察や、平凡な人間に潜む狂気を引きずり出すさまは十分に堪能できます。 ただ、初期の…

陸秋槎『ガーンズバック変換』

日本の新本格ミステリに大きな影響を受けて小説を書き始めた中国人作家による短編集。ジャンルとしては本作はミステリではなくてSFになります。 日本の小説から大きな影響を受けているだけではなく、表題作の「ガーンズバック変換」は日本を舞台に、しかも香…

ペ・スア『遠くにありて、ウルは遅れるだろう』

独白は混乱とともに終わった。その後。ぴんと張られた太鼓の革を引っかくような息づかいが聞こえてきたが、それは私のもののようだった。(7p) なかなか印象的な一節ですが、これはこの小説の始まりです。 主人公はある部屋で目を覚ましますが、なぜか記憶…

イアン・マクドナルド『時ありて』

『サイバラバード・デイズ』などの作品で知られるイアン・マクドナルドが描くSFですが、とりあえずはあまりSFっぽさは感じられないかもしれません。 古書ディーラーのエメット・リーが『時ありて(タイム・ワズ)』という詩集を偶然手にすることから始まりま…

ジーナ・アポストル『反乱者』

フィリピンに生まれ、アメリカで創作を学んだ女性作家による小説。帯に「超絶メタフィクション長篇」との言葉があるように、かなり複雑な仕掛けをもった小説でになります。 とりあえず、カバー裏の紹介は以下の通り。 フィリピン出身のミステリー作家兼翻訳…

呉濁流『アジアの孤児』

1900年、台湾に生まれ、日本の植民地支配の中で育った著者の手による日本語の小説。植民地支配の中で教育を受けたものの、日本人と同じようにはなれず、一方で大陸に渡れば警戒され、下に見られるという台湾生まれの知識人の悲哀を描いた内容になります。 本…

劉慈欣『流浪地球』

『三体』の劉慈欣の短編集。短編といっても50ページ近い作品が多いので中編集くらいなイメージかもしれません。 『三体』はとにかくスケールの大きなアイディアがこれでもかと投下されていて、リアリティなんて考えていられないほどに面白いわけですが、そう…

マーガレット・アトウッド『侍女の物語』

ちょっと前に読み終えていたのですが、感想を書く機会を逸していました。有名な作品ですしここでは簡単に感想を書いておきます。 舞台はギレアデ共和国となっていますが、どうやら近未来のアメリカで、出生率の低下に対する反動からか、何よりも生殖が優先さ…

デイヴ・ハッチソン『ヨーロッパ・イン・オータム』

帯には「ジョン・ル・カレ×クリストファー・プリースト」とありますが、まさにそんな作品です。 舞台となっているのは近未来のヨーロッパなのですが、経済問題や難民問題、さらに「西安風邪」と呼ばれるパンデミックが起こったことで、人口が減少し、国境管…