海外小説

ロス・トーマス『狂った宴』

犯罪小説の名手として知られるロス・トーマスの初期の長編。とは言っても、個人的にはロス・トーマスの作品を読むには初めてですし、あまりこの手の小説は読まないのですが、アフリカの選挙戦を扱った作品ということで読んでみました。 Amazonに載っている紹…

マット・ラフ『魂に秩序を』

新潮文庫最厚とも言われる1000ページ超えのレンガ本。 父は僕を呼びだした。 はじめて湖から出てきたとき、僕は26歳だった。(7p) このような意味不明な書き出しで始まる小説ですが、読んでいくとこれが多重人格者の内面を描写したものだということがわかり…

林奕含『房思琪の初恋の楽園』

タイトルに「初恋の楽園」となっており、甘酸っぱい青春小説を想像するかもしれませんが、全然そんなことありません。 作者の林奕含(リン・イーハン)は台湾の女性でこれがデビュー作ですが、本書の出版して2ヶ月後に亡くなっています。 本書の扉には「これ…

ハン・ガン『別れを告げない』

ハン・ガンによる済州島4.3事件をテーマとした作品。 ハン・ガンは個人的にはノーベル文学賞を獲って当然と考える作家で(同じ韓国の作家ならパク・ミンギュも好きだけど、こちらはノーベル賞を獲るタイプではない)、そのハン・ガンが韓国現代史の大きな闇…

チョン・イヒョン『優しい暴力の時代』

1972年生まれの韓国の女性作家の短編集。河出文庫に入ったのを機に読みましたが、面白いですね。 「優しい暴力の時代」という興味を惹かれるタイトルがつけられていますが、まさにこの短編集で描かれている世界をよく表していると思います。 「優しい暴力」…

カン・ファギル『大仏ホテルの幽霊』

著者のカン・ファギルは1986年生の韓国の女性作家で、同じ〈エクス・リブリス〉シリーズで短編集の『大丈夫な人』が出ています。 『大丈夫な人』は「ホラー」といってもいいような作品が並んだ短編集で、血しぶきが飛ぶようなことはないものの、じわじわ…

アンソニー・ドーア『すべての見えない光』

これは巧い小説。 設定だけを見ると、ありがちというか、どこかで誰かが思いついていそうな設定なんだけど、それをここまで読ませる小説に仕上げているのは、アンソニー・ドーアの恐るべき腕のなせる技。文庫で700ページを超える分量ですが、読ませますね。 …

ルーシャス・シェパード『美しき血』

全長1マイルにも及ぶ巨大な巨竜グリオールを舞台にしたシリーズ最後の長編にして、ルーシャス・シェパードの遺作と思われる作品になります。 巨大な竜が出てくるということで、ジャンルとしてはファンタジーに分類されるのでしょうが、前作の『タボリンの鱗…

パク・ミンギュ『カステラ』

『ピンポン』、『三美スーパースターズ』などで知られている韓国の作家パク・ミンギュの短編集で、パク・ミンギュが初めての翻訳にもなります。 本書の訳者あとがきでは、訳者の1人が日本では本屋に行っても韓国人作家の本がほとんど並んでいないことを嘆い…

ミン・ジン・リー『パチンコ』

以前から話題の本でしたが、今回、文庫化されたので読んでみました。上下巻で、上巻の裏表紙の紹介文は以下の通りです。 日韓併合下の釜山沖の小さな島、影島。下宿屋の娘、キム・ソンジャは、粋な仲買人のハンスと出会い、恋に落ちて身籠るが、実はハンスに…

チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』

1978年に出版されて以来、ロングセラーとなっている韓国の小説です。 今調べてみたら、赤川次郎の『セーラー服と機関銃』がこの年、村上春樹の『風の歌を聴け』が翌年の79年になります。 70年代後半は、日本だと少しポップな感じの新しい文学が出てきた時代…

パク・ソルメ『未来散歩練習』

パク・ソルメについては、同じ白水社の〈エクス・リブリス〉シリーズから『もう死んでいる十二人の女たちと』という日本オリジナル短編集が、本書と同じ斎藤真理子の訳で出ています。 『もう死んでいる十二人の女たちと』の冒頭の「そのとき俺が何て言ったか…

ローラン・ビネ『HHhH: プラハ、1942年』

2013年のTwitter文学賞海外編1位になるなど話題を集めた本ですが、今回文庫になったので読んでみました。 タイトルの「HHhH」は「Himmlers Hirn heißt Heydrich(ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる)」の符丁で、ヒムラーに次ぐ親衛隊のNo.2にして、ユダ…

ウィリアム・トレヴァー『ディンマスの子供たち』

国書刊行会の「ウィリアム・トレヴァー・コレクション」の第4弾は、トレヴァー初期の長編になります。 短編の名手として名高いトレヴァーですが、長編でもその辛辣な人間観察や、平凡な人間に潜む狂気を引きずり出すさまは十分に堪能できます。 ただ、初期の…

陸秋槎『ガーンズバック変換』

日本の新本格ミステリに大きな影響を受けて小説を書き始めた中国人作家による短編集。ジャンルとしては本作はミステリではなくてSFになります。 日本の小説から大きな影響を受けているだけではなく、表題作の「ガーンズバック変換」は日本を舞台に、しかも香…

ペ・スア『遠くにありて、ウルは遅れるだろう』

独白は混乱とともに終わった。その後。ぴんと張られた太鼓の革を引っかくような息づかいが聞こえてきたが、それは私のもののようだった。(7p) なかなか印象的な一節ですが、これはこの小説の始まりです。 主人公はある部屋で目を覚ましますが、なぜか記憶…

イアン・マクドナルド『時ありて』

『サイバラバード・デイズ』などの作品で知られるイアン・マクドナルドが描くSFですが、とりあえずはあまりSFっぽさは感じられないかもしれません。 古書ディーラーのエメット・リーが『時ありて(タイム・ワズ)』という詩集を偶然手にすることから始まりま…

ジーナ・アポストル『反乱者』

フィリピンに生まれ、アメリカで創作を学んだ女性作家による小説。帯に「超絶メタフィクション長篇」との言葉があるように、かなり複雑な仕掛けをもった小説でになります。 とりあえず、カバー裏の紹介は以下の通り。 フィリピン出身のミステリー作家兼翻訳…

呉濁流『アジアの孤児』

1900年、台湾に生まれ、日本の植民地支配の中で育った著者の手による日本語の小説。植民地支配の中で教育を受けたものの、日本人と同じようにはなれず、一方で大陸に渡れば警戒され、下に見られるという台湾生まれの知識人の悲哀を描いた内容になります。 本…

劉慈欣『流浪地球』

『三体』の劉慈欣の短編集。短編といっても50ページ近い作品が多いので中編集くらいなイメージかもしれません。 『三体』はとにかくスケールの大きなアイディアがこれでもかと投下されていて、リアリティなんて考えていられないほどに面白いわけですが、そう…

マーガレット・アトウッド『侍女の物語』

ちょっと前に読み終えていたのですが、感想を書く機会を逸していました。有名な作品ですしここでは簡単に感想を書いておきます。 舞台はギレアデ共和国となっていますが、どうやら近未来のアメリカで、出生率の低下に対する反動からか、何よりも生殖が優先さ…

デイヴ・ハッチソン『ヨーロッパ・イン・オータム』

帯には「ジョン・ル・カレ×クリストファー・プリースト」とありますが、まさにそんな作品です。 舞台となっているのは近未来のヨーロッパなのですが、経済問題や難民問題、さらに「西安風邪」と呼ばれるパンデミックが起こったことで、人口が減少し、国境管…

カン・ファギル『大丈夫な人』

白水社の<エクス・リブリス>シリーズから出た1986年生まれの韓国の女性作家の短編集。 以前、キム・グミの短編集『あまりにも真昼の恋愛』を読んだときに、いくつかの短編は「ホラーだ!」って思ったのですが、このカン・ファギル『大丈夫な人』はほぼ完全…

ファン・ジョンウン『年年歳歳』

短編集『誰でもない』が面白かったファン・ジョンウンの長編で、韓国で2020年に「小説家50人が選ぶ今年の小説」にも選ばれているとのことです。 この小説を書くことになったきっかけは、著者が順子(スンジャ)という女性に数多く会ったことだといいます。19…

郝景芳『流浪蒼穹』

短編「折りたたみ北京」や長編の『1984年に生まれて』で知られる郝景芳のデビュー作にして、本格的な火星SFとなっています。 裏表紙に書かれた紹介は次のようになっています。 22世紀、地球とその開発基地があった火星のあいだで独立戦争が起き、そして火星…

ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』

2019年のTwitter文学賞の海外編1位など、さまざまなところで評判を読んでいた本がこの度文庫化されたので読んでみました(それにしても本屋大賞の翻訳小説部門第2位とTwitter文学賞が帯で並んで紹介されているのは熱いですね)。 全部で24篇の短編が収録され…

スタニスワフ・レム『地球の平和』

第2期の刊行が始まった国書刊行会の「スタニスワフ・レム・コレクション」の第2弾は〈泰平ヨン〉シリーズの最終作にして、レムにとって最後から2番目の小説になります。 カバー見返しの内容紹介は次のようになります。 自動機械の自立性向上に特化された近…

閻連科『年月日』

現代中国を代表する作家の1人である閻連科。今まで読んだことがなかったので、今回、この『年月日』が白水Uブックに入ったのを機に読んでみました。 最後に置かれた「もう一人の閻連科 ー 日本の読者へ」で、閻連科本人が、自分は「論争を引き起こす作家、凶…

オクテイヴィア・E・バトラー『キンドレット』

黒人の女性SF作家で、ヒューゴ賞やネビュラ賞も獲得したことのあるオクテイヴィア・E・バトラーの長編作品。日本では1992年に翻訳刊行され、今回は河出文庫からの文庫化になります。 26歳の黒人女性のデイナはケヴィンという白人の恋人とともに暮らし、作家…

呉明益『雨の島』

昨年は、『複眼人』、『眠りの航路』ときて、さらにこの『雨の島』と刊行ラッシュとなった台湾の作家・呉明益。『歩道橋の魔術師』や『自転車泥棒』が文庫化され、売れ方はわからないのですが完全にブレイクした感じですね。 ただ、これだけ翻訳が続いても読…