ルーシャス・シェパード『美しき血』

 全長1マイルにも及ぶ巨大な巨竜グリオールを舞台にしたシリーズ最後の長編にして、ルーシャス・シェパードの遺作と思われる作品になります。

 巨大な竜が出てくるということで、ジャンルとしてはファンタジーに分類されるのでしょうが、前作の『タボリンの鱗』に収録されていた「スカル」が現代のニカラグアをモデルにしたテマラグアという国を舞台にしていたように、この現実世界と、特に現実世界の暴力と密接に繋がっているのが、このグリオール・シリーズの世界です。

 

 本作の主人公はリヒャルト・ロザッハーという若き医師であり、グリオールの血について研究しています。

 しかし、ロザッハーは金銭トラブルからグリオールの血を大量に注射されてしまい意識を失います。そして、そのせいなのか、付き合っていた女性のルーディーは自分の理想を完璧に具現したかのような女性に見えるようになり、圧倒的な多幸感を味わいます。

 ロザッハーはグリオールの血を求めてグリオールの口へと向かいますが、そこで漆黒の塊に襲われて意識を失います。

 

 ロザッハーは目を覚ましますが、いつの間にか4年の月日が経っています。

 しかも、それはずっと昏睡していたわけではなく、この4年の間にロザッハーはグリオールの血からマブという薬を抽出しており、それによって大きな財産をなしていました。

 目を覚ますまでの出来事は思い出そうと思えば思い出せますが、自分が意識的に行ったとは言えないようなもので、まるで何かに操られているような感覚です。

 

 その後も何回か主人公の意識と記憶はジャンプしますが、この小説はこの使い方が上手いです。

 主人公はいつ意識と記憶が飛ぶかわからない状況で、そういったタイムリミットを意識しながら行動しますし、目覚めるたびに新しい世界が開けていきます。

 そして、だんだんと物語は政治や宗教も含んだような形で展開していくのです。

 

 最初の述べたようにジャンルとしてはファンタジーなのかもしれませんが、ガルシア=マルケスとかバルガス=リョサとかフリオ・コルタサルとかホセ・ドノソあたりのラテンアメリカ文学が好きな人なんかも楽しめるんじゃないかと思います。

 

 クライマックスに関しては、『タボリンの鱗』を読んでいたほうが話のつながりが見えてくるので、本作を読んで面白かったら『タボリンの鱗』もぜひ読むといいでしょう。

 

 

 

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