経済

トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』

本書を「『21世紀の資本』がベストセラーになったピケティが、現代の格差の問題とそれに対する処方箋を示した本」という形で理解している人もいるかもしれません。 それは決して間違いではないのですが、本書は、そのために人類社会で普遍的に見られる聖職者…

飯田高、近藤絢子 、砂原庸介、丸山里美『世の中を知る、考える、変えていく』

サブタイトルは「高校生からの社会科」。このサブタイトルからは同じ有斐閣から出た『大人のための社会科』を思い出しますが、いくつか違っている点もあります。 morningrain.hatenablog.com まず、「大人のため」が「高校生から」となっていることからもわ…

前田正子・安藤道人『母の壁』

待機児童問題が深刻化していた2017年に、都市郊外のA市で行った母親へのアンケートをもとにした本。 著者の一人の前田正子は中公新書から『保育園問題』という本を出しており、もう1人の著者の安藤道人は公共経済学を専門とする経済学者になります。 ですか…

大塚啓二郎『「革新と発展」の開発経済学』

長年、開発経済学の研究者として活躍し、『なぜ貧しい国はなくならないのか』といった開発経済学の入門書も書いている著者による自らの研究の総決算的な本(ただし、本書の書きぶりをみてると「総決算」というのは早いかもしれませんが)。 現場、実証、理論…

岸政彦/梶谷懐編著『所有とは何か』

私たちはさまざまなものを「所有」し、その権利は人権の一部(財産権)として保護されています。「所有」は資本主義のキーになる概念でもあります。 同時に、サブスクやシェア・エコノミーの流行などに見られるように、従来の「所有」では捉えきれない現象も…

オリヴィエ・ブランシャール『21世紀の財政政策』

現在、欧米は物価上昇に対応するために利上げを続けていますが、それまでは日本を含めた先進国の多くで低金利政策がとられていました。 そうした中で、財政政策や財政赤字に対する考えを変える必要があるのではないかというのが本書の主張になります。 ロー…

安中進『貧困の計量政治経済史』

貧困について、過去の状況を計量的に分析した本になりますが、本書の特徴は対象が日本の近代という点です。 貧困の歴史について欧米中心に計量的に分析した本としては、アンガス・ディートン『大脱出』などいくつか思いつきますが、近代日本を対象とした本は…

西谷公明『ウクライナ 通貨誕生』

著者の西谷公明氏からご恵投いただきました。どうもありがとうございます。 本書は『通貨誕生 ー ウクライナ独立を賭けた闘い』(都市出版、1994)が岩波現代文庫で文庫化されたものになります。巻末には2014年のユーロマイダン革命をうけて書かれた「誰にウ…

平野克己『人口革命 アフリカ化する人類』

去年の夏に出たときに読もうと思いつつも読み逃していたのですが、これは読み逃したままにしないでおいて正解でした。 著者が2013年に出した『経済大陸アフリカ』(中公新書)は、アフリカの現実から既存の開発理論に再考を迫るめっぽう面白い本でしたが、今…

玉手慎太郎『公衆衛生の倫理学』

新型コロナウイルスの感染拡大の中で、まさに本書のタイトルとなっている「公衆衛生の倫理学」が問われました。外出禁止やマスクの着用強制は正当化できるのか? 感染対策のためにどこまでプライバシーを把握・公開していいのか? など、さまざまな問題が浮…

首藤若菜『雇用か賃金か 日本の選択』

新型コロナウイルスによるパンデミックは経済活動に大きな影響を与え、多くの人が職を失いました。 本書の前半では、まさに需要が喪失したといっていい航空業界をとり上げ、日本と欧米の会社で対応がいかに違ったかということから、日本の雇用社会の特質を探…

ケイトリン・ローゼンタール『奴隷会計』

奴隷制というと野蛮で粗野な生産方式と見られていますが、「そうじゃないんだよ、実はかなり複雑な帳簿をつけてデータを駆使して生産性の向上を目指していたんだよ」という内容の本になります。 何といっても本書で興味を引くのは、著者は元マッキンゼーの経…

オリヴィエ・ブランシャール/ダニ・ロドリック編『格差と闘え』

2019年10月にピーターソン国債経済研究所で格差をテーマとして開かれた大規模なカンファレンスをもとにした本。目次を見ていただければわかりますが、とにかく豪華な執筆陣でして、編者以外にも、マンキュー、サマーズ、アセモグルといった有名どころに、ピ…

渡辺努『物価とは何か』

ここ最近、ガソリンだけではなく小麦、食用油などさまざまなものの価格が上がっています。ただし、スーパーなどに行けば米や白菜や大根といった冬野菜は例年よりも安い価格になっていることにも気づくでしょう。 このようなさまざまな商品の価格を平均化した…

デイヴィッド・ガーランド『福祉国家』

ミュデ+カルトワッセル『ポピュリズム』やエリカ・フランツ『権威主義』と同じくオックスフォード大学出版会のA Very Short Introductionsシリーズの一冊で、同じ白水社からの出版になります(『ポピュリズム』はハードカバーで『権威主義』と本書はソフト…

キャス・サンスティーン『入門・行動科学と公共政策』

副題は「ナッジからはじまる自由論と幸福論」。著者はノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーらとともに「ナッジ」を利用した政策を推し進めようとしている人物であり、オバマ政権では行政管理予算局の情報政策及び規制政策担当官も務めています。 …

アブナー・グライフ『比較歴史制度分析」上・下

エスカレーターに乗るとき、東京では左側に立って右側を空け、大阪では右側に立って左側を空けます。別にどちらを空けてもいいようなものですが、なぜかこのようになっています。 この「なぜ?」を説明するのがゲーム理論と均衡の考え方です。一度「右側空け…

ブランコ・ミラノヴィッチ『資本主義だけ残った』

世界の不平等について論じた『不平等について』や、「エレファント・カーブ」を示して先進国の中間層の没落を示した『大不平等』などの著作で知られる経済学者による資本主義論。 現在の世界を「リベラル能力資本主義」(アメリカ)と「政治的資本主義」(中…

ヤン・ド・フリース『勤勉革命』

副題は「資本主義を生んだ17世紀の消費行動」。タイトルと副題を聞くと、「勤勉革命なのに消費行動?」となるかもしれません。 「勤勉革命」という概念は、日本の歴史人口学者の速水融が提唱したものです。速水は、江戸時代の末期に、家畜ではなく人力を投入…

アン・ケース/アンガス・ディートン『絶望死のアメリカ』

『大脱出』の著者でもあり、2015年にノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートンとその妻で医療経済学を専攻するアン・ケースが、アメリカの大卒未満の中年白人男性を襲う「絶望死」の現状を告発し、その問題の原因を探った本。 この絶望しに関しては、…

山口慎太郎『子育て支援の経済学』

『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)でサントリー学芸賞を受賞した著者による、子育て支援の政策を分析した本。 『「家族の幸せ」の経済学』も面白かったのですが、個人的にはマッチングサイトや離婚の話などは置いておいて、もっと著者の専門である子…

坂口安紀『ベネズエラ』

副題は「溶解する民主主義、破綻する経済」で、中公選書の1冊になります。 ベネズエラに関しては、コロナ前に経済がほぼ崩壊しているといったニュースが流れていました。その後、コロナ禍の影響でベネズエラに関するニュースは減っていますが、この状況で経…

川島真・森聡編『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』

新しく始まった東京大学出版会の「UP plus」シリーズの1冊目の本。タイトル通りに、コロナ禍の中の、あるいはコロナが収まったとしてその後の米中関係を中心とした世界秩序を占う本になります。 形式としては、まず、縦書き3段組の対談が2本載っており、その…

エリック・ウィリアムズ『資本主義と奴隷制』

なぜイギリスは世界ではじめての工業化を成し遂げ、ヴィクトリア時代の繁栄を謳歌しえたのか。この歴史学の大問題について、20世紀半ばまでは、イギリス人、特にピューリタンの勤勉と禁欲と合理主義の精神がそれを可能にしたのだとする見方が支配的だった…

エマニュエル・サエズ/ガブリエル・ズックマン『つくられた格差』

ピケティの共同研究者でもあるサエズとズックマンのこの本は、格差の原因を探るのではなく、格差を是正するための税制を探る内容になっています。序のタイトルが「民主的な税制を再建する」となっていますが、このタイトルがまさに本書の内容を示していると…

ピーター・テミン『なぜ中間層は没落したのか』

著者は著名な経済史家で、経済学の立場としてはケインジアンだといいます。そんな著者が「なぜ中間層は没落したのか」というタイトルの本を書いたというと、近年の経済の動きと格差の拡大を実証的に分析した本を想像しますが、本書はかなり強い主張を持った…

アビジット・V・バナジー& エステル・デュフロ『絶望を希望に変える経済学』

2019年にノーベル経済学賞を受賞した2人(マイケル・クレーマーも同時受賞)による経済学の啓蒙書。2人の専門である開発分野だけでなく、移民、自由貿易、経済成長、地球温暖化、格差問題と非常に幅広い問題を扱っています。 著者らが得意とするのはRCT(ラ…

酒井正『日本のセーフティーネット格差』

副題は「労働市場の変容と社会保険」。この書名と副題から「非正規雇用が増える中で社会保険がセーフティーネットの役割を果たせなくなってきたことを指摘している本なのだな」と想像する人も多いでしょう。 これは間違いではないのですが、本書は多くの人の…

ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン『自由の命運』

『国家はなぜ衰退するのか』のコンビが再び放つ大作本。「なぜ豊かな国と貧しい国が存在するのか?」という問題について、さまざまな地域の歴史を紐解きながら考察しています。 と、ここまで聞くと前著を読んだ人は「『国家はなぜ衰退するのか』もそういう話…

エリック・A・ポズナー/E・グレン・ワイル『ラディカル・マーケット』

「市場こそが社会を効率化するもので、できるだけ市場原理を導入すべきだ」という考えは、いわゆる新自由主義の潮流の中でたびたび主張されており、特に目新しい提案ではないです。 では、この本は何が目新しいのか、何がラディカルなのかというと、私有財産…