『すずめの戸締まり』

 『君の名は。』で明らかに東日本大震災のイメージを見据えた映画を作った新海誠が真正面から東日本大震災を描いた作品。

 これを少女がイケメンと出会ってそのイケメンが椅子にされて、椅子とともに全国を旅するロードムービーに仕立てるというのが、まずは良い点だと思います。

 今までは東京にしろ、地方にしろ、美しい風景を描いてきた新海誠ですが、今作では廃墟が1つのポイントになっており、衰退しつつある日本を巡礼するようなつくりにもなっています。

 

 「今ある風景が失われてしまうかもしれない」というのは、『君の名は。』にも『天気の子』にも共通するモチーフですが、本作ではすでに失われてしまった風景を通じて、かつての人々の生活に思いを馳せるという形になっており、このあたりも一歩踏み込んだ感じです。

 

 ただし、震災を真っ向から描いただけに、トリッキーなラストはつくりにくく、『君の名は。』や『天気の子』のラストにあった「こう来たか!」みたいな感じはないですね。

 その分、映画を見終わった後の高揚感はやや弱いかもしれません。

 あと、個人的な願望を言えば、東日本大震災の実際の地震のシーンをアニメーションでやってほしかったというのはあります。震災後の風景はありますが、震災の揺れや津波を直接描いたシーンというのはありません。

 また、一般の観客からすると「ダイジンとは一体何者だったのか?」という疑問が残る脚本ではあるでしょう。

 

 それでも、エンタメ的な部分もしっかりと入れ込みつつ、東日本大震災という巨大な傷に向かい合おうとするこの映画の試みは買いたいと思います。

 

 そして、これ以降は個人的に考えた「ダイジンとは何者か?」ということをネタバレ含みで書いていきます。

 

 

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Alvvays / Blue Rev

 カナダの女性2人、男性3人編成のバンドの3rdアルバム。

 1st、2ndとローファイな感じながらもところどころに非常に印象的なメロディがあって今まで聴いてきましたが、この3rdアルバムはもはや「ローファイ」という言葉でくくれないくらいバンドサウンドが充実してきました。

 例えば、2曲目の"Easy On Your Own?"もメロディがよくて、女性ボーカルMolly Rankinの声がよく映える曲なのですが、今までよりも演奏に力強さがあります。

 4曲目の"Tom Verlaine"もそうで、後半には今までなかったような厚みのあるギターをはじめ、しっかりとした音圧で聴かせます。

 

 まあ、もうちょっとヘロヘロしていたほうがいいと感じる面もなくはなくて、6曲目の"Many Mirrors"あたりは、もう少しバックがヘロヘロしていたほうがMolly Rankinのヴォーカルが生きた気もします。

 ただし、やはりローファイ路線というのは往々にして行き詰まってしまうわけで、今作の路線は正解でしょう。10曲目の"Pomeranian Spinster"なんかも演奏の賑やかさが効いていますし、アルバム全体として単調になってしまうことを防いでいます。

 12曲目の"Bored In Bristol"あたりは厚みの出たバンドサウンドとMolly Rankinのヴォーカルが噛み合った1曲と言えるのではないでしょうか。

 バンドとしては一段階上へといったアルバムではないかと思います。

 


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呉濁流『アジアの孤児』

 1900年、台湾に生まれ、日本の植民地支配の中で育った著者の手による日本語の小説。植民地支配の中で教育を受けたものの、日本人と同じようにはなれず、一方で大陸に渡れば警戒され、下に見られるという台湾生まれの知識人の悲哀を描いた内容になります。

 本書は1943〜45年6月にかけて執筆されたといい、日本の植民地支配が終わろうとする中で、それをなんとかして記録しようとした小説とも受け取れます。

 

 基本的には胡太明という著者と重なる人物の人生を描いた小説で、知識人である自分と周囲との軋轢など、日本の近代小説と似ている部分もあります。

 また、女性の描き方は非常に古臭く、このあたりも日本の戦前の小説を思い起こさせるものです。

 

 というわけで、やはり読みどころはまさに「アジアの孤児」ともいうべき台湾の位置づけになるのだと思います。

 主人公が生まれた頃はまだ日本の植民地支配が始まってまもなくのときですが、しだいに台湾は「日本化」されていきます。主人公も最初は読書家だった祖父の影響で私塾で漢学を学びますが、のちに日本式の公学校に入ります。

 

 そして、教師になるのですが、ここで日本人との立場の違いを実感させられます。

 特に児童の日本語のアクセントが悪いのは本島人教員のせいだという話になったときに、その本島人教員の曾訓導が日本人教員の訛りを指摘するシーンは印象的です。

 読んでいる方がスカッとするシーンではあるのですが、中央-周縁という権力関係があらわになるシーンでもあります。

 

 その後、太明は日本に留学しますが、ここでは中国人の集まりにでかけて、台湾出身だと名乗ると、あきらかに軽蔑され、「スパイかもしれない」と言われます。

 その後、太明は曾訓導に導かれる形で大陸へと渡りますが、行く途中に曾訓導から「われわれはどこへ行っても信用されない。宿命的な畸型児のようなものだ」(150p)と言われます。

 大陸でも台湾出身者は異邦人なのです。

 

 その後、台湾に戻った太明は大陸に行ったということから日本の官憲から監視を受けることになりますが、日中戦争が始まると台湾でも戦時の色が濃くなっていき、強引な形で志願兵が募られます。

 太明も軍属という形で大陸に送り出され、精神的な傷を負って帰国します。

 そして、太平洋戦争が始まると、台湾社会にもさまざまなものを供出するようにと圧力が高まっていくのです。

 太明の兄は「皇民化」していくのですが、太明はそれにも乗れず、戦局の悪化とともに悩みを深めていくのです。

 

 敗戦前で物語は終わるので、今に至る台湾アイデンティティがいかに形成されていくのかということまでには入っていかないのですが、台湾の植民地支配の記録として、そして中途半端に同化せざるをえない知識人の問題を扱った作品としての面白さはあると思います。

 

『アムステルダム』

 中心となる3人に、クリスチャン・ベール、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のマーゴット・ロビー、『TENET』のジョン・デビッド・ワシントンを配し、さらにロバート・デ・ニーロや『ボヘミアン・ラプソディ』のラミ・マレック、そしてなぜかテイラー・スウィフトまで出演しているという豪華な映画。

 

 舞台は1933年のアメリカ。バート(クリスチャン・ベール)は、自らもWW1で負傷したが、負傷兵の治療にあたっている町医者で、戦場でともに負傷をしながら固い絆で結ばれた黒人弁護士のハロルド(ジョン・デビッド・ワシントン)ともに戦傷兵の世話をしている。

 彼らの命の恩人がヴァレリーマーゴット・ロビー)で、彼らは戦争が終わった後にアムステルダムでともに自由を謳歌した過去があった。

 そんな中で、バートはハロルドから、自分たちの上官であったミーキンズ将軍が不審な死を遂げており、解剖して死因を確かめてほしいという依頼を受ける。だが、それをきっかけに2人は殺人の濡れ衣を着せられて、アメリカにファシスト政権を樹立しようという陰謀に巻き込まれていくというお話。

 

 一部は実話を元にしているのですが、このアメリカでファシズム政権という話は、この時代のことをよく知らない人にとってはいまいちリアリティが感じられないかもしれません。

 チャールズ・リンドバーグナチスに親和的な姿勢を見せたり、世界恐慌の中で復員兵が一種の「爆弾」のような存在だったことなどを知っていると、この映画が描こうとしていることがよくわかるでしょう。

 この映画だと世界恐慌の描写も弱いので、なぜそんな陰謀が成り立つのかややわかりにくいです。

 

 役者はいいのでそれぞれが存在感を見せているのですが、一方で、演出はコメディっぽくしたいんだかしたくないんだかよくわからないところがあり、そこがこの映画の欠点なのではないかと思います。

 バートが自作の薬で卒倒するシーンとかもギャグなのか何なのかよくわからないですし、笑えそうでそんなに笑えない映画です。

 こういった笑いのセンスが合う人もいるのかもしれませんが、個人的にはちょっとずれていてもったいない感じのする映画でした。

 

板橋拓己『分断の克服 1989-1990』

 副題は「統一をめぐる西ドイツ外交の挑戦」、ドイツ統一を西ドイツの外相であったゲンシャーを中心に追ったものになります。

 著者が訳した本に、ドイツ統一の過程をコンパクトにまとめたアンドレアス・レダ『ドイツ統一』岩波新書)があります。

 この本も良い本で、ドイツ統一の状況を知るにはこれを読んでおけばよいといった感じなのですが、本書はゲンシャーに焦点を合わせることで、コール首相とゲンシャーのズレ(これには内政的な要因も大きい)、米ソ英仏のいわゆる「戦勝4カ国」の動き、ドイツ統一後のヨーロッパの安全保障の構想といったものが浮かび上がるようになっています。

 特にヨーロッパの安全保障の構想については、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて期せずしてアクチュアルな問題になった形で、NATOの東方拡大問題も含め、現在のヨーロッパのあり方を考える上でも示唆に富む内容になっています。

 

 目次は以下の通り。

序章 ドイツ統一をめぐる国際政治―1989~90年
第1章 分断の克服をめざして―ベルリンの壁崩壊以前
第2章 東ドイツ難民危機からベルリンの壁崩壊へ
第3章 統一への道―「一〇項目」から「2+4」へ
第4章 冷戦後の欧州安全保障問題―NATOは拡大するか
第5章 「制約なき完全な主権」の追求―対ソ交渉という核心
第6章 「オーデル・ナイセ線」をめぐる攻防―国境問題の解決

 

 まず、ゲンシャーという人物なのですが、1927年にのちに東ドイツになるハレの近郊で生まれており、東西分裂が決定的になる時期に故郷を捨てる決意をし、西ベルリン経由で西ドイツに亡命しています。

 政治的には、小政党であったFDP(自由民主党)に一貫して所属しており、1965年に連邦議会の議員となり、69年にはSPDとFDPが連立したブラント政権の内相になっています。

 74年にはFDPの党首となり、82年にはSPDを見限って、CDU/CDSとの連立に踏み切っています。

 

 このようにFDPの党首として常に党の生き残りを考えていたゲンシャーですが、74年にSPDと連立したシュミット政権において外相になると、82年から始まったCDU/CDSとの連立であるコール政権でも外相になり、なんと74〜92年まで18年(!)にもわたって外相を務めたのです。

 このゲンシャーの存在がドイツ外交に一貫性を与えることになります。

 

 ゲンシャー外交の目標について、著者は①ドイツ統一、②ヨーロッパ統合、③東西分断を超えた全ヨーロッパ的平和秩序の構築、④緊張緩和・軍縮の4つに整理しています。

 東ドイツ出身のゲンシャーにとってドイツ統一は悲願でしたし、③について、ゲンシャーは75年にヘルシンキで開催されたCSCE(欧州安全保障協力会議)の枠組みを重視しようとしました。

 

 こうしたゲンシャーにとってゴルバチョフの登場は大きなチャンスになりました。

 86年にゲンシャーはモスクワを訪問して初めてゴルバチョフと会談し、「ヨーロッパ共通の家」の構想などについて意見を交わしますが、このときにゲンシャーと西ドイツ外務省はこの会談を大きな成果と捉えています。

 コールは当初ゴルバチョフに懐疑的でしたが、ゲンシャーはゴルバチョフの登場に大きな期待をかけていました。

 1988年のコールの訪ソをきっかけにコールとゴルバチョフの関係も構築されます。ただし、ドイツ統一に関しては「遠い将来」の話として扱われています。

 

 一方、アメリカは西ドイツの動き、特にゲンシャー外交を警戒していました。西ドイツが統一と引き換えに「中立化」を受け入れること懸念していたのです。

 短距離各戦力(SNF)に近代化についてもゲンシャーは反対であり、近代化よりも核兵器の削減を訴えていました。結局、ソ連軍縮攻勢もあって近代化は延期され、ゲンシャーの主張が通ることになります。

 

 このようにゴルバチョフの登場によって長期的なドイツ統一を視野に入れ始めたニソドイツ政府でしたが、1989年になると事態が一気に動き始めます。

 89年5月にハンガリーオーストリアとの国境にあった鉄条網を撤去すると、東ドイツ市民が西側へと脱出する動きを見せたのです。

 ワルシャワプラハ、ブタペシュトの西ドイツ大使館にも東ドイツからの難民が逃げ込むようになります。

 

 ゲンシャーは国連総会の機会をつかって東ドイツ側と接触し、手応えが悪いと見るとソ連のシェワルナゼ外相に接触し仲介を頼みます。

 東ドイツに対しては東ドイツを通過して西ドイツに出国させるということで東ドイツのメンツを立て、難民を輸送する列車に西ドイツの高官が乗り込むことで難民たちの不安を抑えました。

 しかし、この市民の大量脱出は東ドイツ政府のレームダック化を加速させます。

 

 89年11月9日、手違いによってベルリンの壁が開放されます。そのため西ドイツ政府にとっても完全な不意打ちでした。

 コールとゲンシャーはポーランドを訪問中で、コールは日程を中断してベルリンに駆けつけました。

 このベルリンの壁の崩壊によって、ドイツ統一は「するか/しないか」ではなく、「どのようにするのか」という問題になります。

 

 1989年11月28日、コールは連邦議会で「ドイツおよびヨーロッパの分断を克服するための10項目」を出してドイツ統一のイニシアティブをとろうとしました(内容については本書をあたってください)。

 この内容についてゲンシャーは知らされていませんでしたが、概ね了解できるものでした。

 ところが、関係諸国からはドイツへの警戒や疑念が吹き出すことになります。

 

 サッチャーは統一ドイツを非常に警戒しており、ミッテランサッチャーのように表立って反対はしませんでしたが、統一ドイツが仏独連携によるヨーロッパ統合を脇において、ドイツ統一のみを追求することを警戒していました。

 ゲンシャーはサッチャーミッテランと会談し、さらにゴルバチョフとも会談します。ゴルバチョフはコールに対して激怒していましたが、ゴルバチョフが「全ヨーロッパ的」なプロセスのもとでドイツ統一を容認するような姿勢を見せると、ゲンシャーはそこに光明を見出します。

 一方、ミッテランは、ゴルバチョフサッチャーとの会談、さらに東ドイツ訪問を通じてドイツ統一を警戒する姿勢を示します。

 

 西ドイツ政府にとって避けたかったのが、米ソ英仏の戦勝4カ国によってドイツの頭越しにドイツ統一のイニシアティブがとられてしまうことです。

 ソ連を中心に4カ国によるは話し合いが模索され、西ドイツがそれに抵抗する形となりますが、東ドイツ政治の流動化が各国の駆け引きを許しませんでした。

 

 90年1月にはシュタージの建物が東ドイツ市民に占拠される事件が起き、経済的にも苦境に陥っていました。1月30日に訪ソしたモドロウは、ゴルバチョフに対して東ドイツ国家の存続を諦め、統一が避けられないことを認めています。

 ミッテランドイツ統一は不可避と判断し、統一に反対していたサッチャーは孤立します。

 結局、「2+4」という両ドイツ政府を中心に戦勝4カ国が加わる枠組みも決まり、統一に向けて動き出します。

 

 ドイツ統一に向けた動きの中で、本書が中心にとり上げる問題がドイツの安全保障の問題とドイツとポーランドの国境問題です。

 特に前者はNATOの東方拡大の問題にもつながっていきます。

 

 アメリカは早くからドイツの統一に理解を示していましたが、89年11月29日に打ち出された「ベーカー四原則」にあるように、統一ドイツがNATOに帰属することを望んでいました。

 一方、ゲンシャーはNATOへの忠誠を確認しつつも、CSCEを使った新たなヨーロッパの安全保障の枠組みを模索します。これならばソ連も乗れると考えたのです。

 

 1990年1月31日、ゲンシャーはトゥツィングの福音主義アカデミーで演説し、「たとえワルシャワ条約で何が起ころうとも、ソ連の国境に近づくことを意味する、東方へのNATO領域の拡大は生じないでしょう」(134p)と述べています。

 これ以外の場所でも、ゲンシャーはNATO東ドイツ地域まで拡大することを否定しています。

 90年2月2日に訪米したゲンシャーは、この内容、「ドイツはNATOに留まるが、NATO東ドイツの領域には拡大されない」(136p)ということをベーカーに認めさせています。

 

 2月9日にモスクワを訪問したベーカーはゴルバチョフと会談し、ドイツ統一への理解を求めるとともに、次のように述べました。

 

 ソ連だけでなく、他のヨーロッパ諸国にとっても、次のような保証を得ることが重要であることを、わたしたちは理解しています。すなわち、もしアメリカがNATOの枠組みドイツに駐留し続けるとするならば、NATOの管轄(Jurisdiktion)および軍事的プレゼンスは、一インチたりとも東方に拡大されることはないという保証です。(139p)

 

 この会談でゴルバチョフは「米軍の存在は[ドイツに対する]封じ込めの役割を担いうる」(140p)可能性を認めます。

 

 翌10日、ゴルバチョフはゲンシャーとともに訪ソしたコールと会談を行います。

 ここでゴルバチョフドイツ統一ドイツ国民が決める問題であると認め、初めてドイツ統一に公に同意を与えました。

 

 アメリカでは、「NATOの管轄」を東方に拡大せないというベーカー(とゲンシャー)の路線に対して、国家安全保障問題担当大統領補佐官のスコウクロフトが反対します。ブッシュがこれに同調したことで、ベーカーも統一ドイツ全体をNATOに帰属させる路線を了承します。

 そして、コールも90年の2月24、25日のキャンプ・デーヴィッドの会談でこのアメリカの路線に傾斜します。

 

 しかし、ゲンシャーは自らの構想にこだわりました。3月21日とベーカーとの会談、3月22日(148pでは翌2月22日となっているけど誤植ですかね?)のシェワルナゼとの会談でもCSCEの重要性を訴えます。

 さらに3月23日の西欧同盟(WEU)の臨時閣僚会議で、段階的な軍事同盟解消論を展開します。これにはコールが激怒し、ゲンシャーは発言の撤回に追い込まれます。

 結果的には、ゲンシャーはソ連に甘い期待を抱かせることになったわけでもあり、著者は「ゲンシャーは「和解」としての冷戦終焉ビジョンを、それが現実味を失って以降もなお唱え続けることによって、皮肉にも「勝敗」型の冷戦終焉に貢献してしまったと言えよう」(153p)と述べています。

 

 本書の第5章では、最終的に統一ドイツがNATOに帰属することになる流れを、ドイツが求めた「制約なき完全な主権」というポイントから整理しています。

 焦点はソ連に統一ドイツのNATO帰属を認めさせることでしたが、5月18日にモスクワで行われたベーカーとゴルバチョフの会談でゴルバチョフは統一ドイツのNATO帰属に反対しました。第2次世界大戦の犠牲の記憶を持ち出して、ソ連の人々がそれを納得するのは難しいと説いたのです。

 

 これに対してベーカー、そして5月23日にジュネーヴでシェワルナゼと会談したゲンシャーはヘルシンキ宣言の同名に帰属するか否かの権利を各国が持つという部分を持ち出して反論します。

 そして、5月31日のワシントンでの米ソ首脳会談でゴルバチョフが統一ドイツがどの同盟に属するかを決める権利をもつということに同意するのです。このやり取りに「アメリカ側の参加者は驚き、ソ連代表団は狼狽した」(167p)とのことですが、ただし、これは統一後の同盟選択を認めたものであり、完全な主権を持たない「移行期」を前提とした考えでもありました。

 

 ここからゲンシャーはシェワルナゼと粘り強く会談を続けていきます。次第にシェワルナゼは「移行期」にこだわらなくなり、焦点はNATOの性格やドイツの兵力の上限設定といったことに移っていきます。

 90年7月6日、NATOサミットでのロンドン宣言において、ワルシャワ条約機構加盟国に対して「われわれはもはや互いを敵と見なさない」(176p)という文章が盛り込まれます。

 これを引っさげてコールは7月15・16日にゴルバチョフとの会談に臨み、「ドイツの完全な主権」が合意され、そのもとでNATOのメンバーになることが決まるのです。

 

 CSCEを中心とした安全保障体制の構築に関しては挫折したゲンシャーでしたが、それを引きずらずにドイツの完全な主権の獲得のための地ならしを行って、それに成功するのです。

 

 第6章ではドイツとポーランドの国境問題、いわゆる「オーデル・ナイセ線」の問題がとり上げられています。

 西ドイツのブラント政権は1970年にポーランドとの間にワルシャワ条約を締結し、オーデル・ナイセ線がポーランドの西部国境であることを認めていますが、これは法的にはドイツ統一が達成されるまでしか打倒しないというものでした。

 そこで、統一にあたって国境をどうするかという問題が浮上します。

 

 国際的にみればオーデル・ナイセ線を承認する以外に道はない感じなのですが、CDU/CDSの党首であるコールからすると、これをあっさりと認めることには抵抗がありました。CDU/CDSの貴重な評伝である被追放者(ドイツ東部領域を中心に東欧地域から強制的に移住させられた人々)を離反させる可能性がありました。

 コールの国内支持者に対する配慮が、国際社会を苛つかせるような状況になります。

 政府内部でもそれはコールとゲンシャーの対立となりましたが、最終的にはオーデル・ナイセ線で決着することになります。

 

 このように本書はドイツ統一をめぐる外交をゲンシャーの立場から追っています。 

 とにかくものすごいペースで交渉が行われており、流動化する事態とそれに対応していく外交が臨場感を持って再現されているのが面白いのですが、他にもいくつか面白い点があります。

 

 まずはゲンシャーという政治家とその立場です。CSCEを中心とした全ヨーロッパ的安全保障というゲンシャーの構想は実を結ばないわけですが、それでもゲンシャーは交渉から降りたりするようなことはありません。

 やはり一連の交渉までの間にすでに15年以上も外相を務めていたゲンシャーのキャリアというのが物を言ったし、同時に降りられない立場だったということなのでしょう(そしてコールも降ろせなかったはず)。

 

 次にゲンシャーとコールの関係です。基本的に首相のコールと外相のゲンシャーは縦の関係ということになりますが、ゲンシャーはFDPの党首でもあり、その立場からするとコールのパートナーということになります。  

 この縦でもあり、横でもあるような関係は興味深いですね。

 

 また、やはりゲンシャーの構想が実現していたら、例えば今のウクライナ問題はどうなっていたんだろう? というのは考えてしまうところですね。

 もちろん、NATOが東方に拡大せずCSCE中心の安全保障体制ができたとしても、ロシアがその枠にとどまり続けたのか? といった問題があるわけですが、歴史のオルタナティブを考えるきっかけにもなりますね。 

 

Yeah Yeah Yeahs / Cool It Down

 Yeah Yeah Yeahsの9年ぶりのアルバム。まさかここに来てニューアルバムが出るとは思っていませんでしたが、これがなかなか良いです。

 Yeah Yeah Yeahsといえば、スカスカのサウンドに表現力のあるKaren Oのヴォーカルが乗っかってくるのが魅力でしたが、本作ではサウンド的にはずいぶん厚みを増しています。

 そのため、昔のような軽快さは後退しましたが、Karen Oのヴォーカルの表現力に磨きがかかっており、演劇的ともいるヴォーカルをバンドが的確に盛り上げていく感じになっています。

 例えば、3曲目の”Wolf”の大げさなキーボードの入れ方とかはいいですし、5曲目の”Burning”はKaren Oのヴォーカルと相まって、それ以上に劇的に盛り上げてくれますね。一方、7曲目の”Different Today”にはYeah Yeah Yeahsらしい軽快さもあります。

 8曲32分というコンパクトなアルバムですが、満足できる1枚です。

 


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劉慈欣『流浪地球』

 『三体』の劉慈欣の短編集。短編といっても50ページ近い作品が多いので中編集くらいなイメージかもしれません。

 『三体』はとにかくスケールの大きなアイディアがこれでもかと投下されていて、リアリティなんて考えていられないほどに面白いわけですが、そうした劉慈欣節はこの作品でも健在ですね。

 

・「流浪地球」

 今から400年後、太陽が大爆発を起こし、地球が滅亡するとの予測が出た世界。人々は脱出のために宇宙船の建造をめざす宇宙船派と地球にエンジンをつけて地球ごと脱出する地球派に分かれますが、地球派が勝利を収め、地球ごと太陽系を脱出しようとします。

 そのためにはまず地球の自転を止めて…という壮大なほら話なのですが、これを面白く読ませるのが劉慈欣の手腕ですね。

 

・「ミクロ紀元」

 太陽がスーパーフレアを起こして5%の質量を失うと予測された未来、人々は移住できる惑星を探しに恒星間宇宙船を送り出します。

 この宇宙船が2万5千年後に太陽系に戻ってみると、輝きの減少した太陽とモノクロになった地球がありましたが、そこには厳しい環境を行きにくために自らをミクロ化したミクロ人間が住んでいたという話。これもぶっ飛んだ話です。

 

・「呑食者」

 『円 劉慈欣短篇集』に入っている「詩雲」の前日譚にあたる話で、恐竜みたいな宇宙人が出てきます。

 すべてを食い尽くす彼らにロックオンされてしまった地球と人類はどのようにこれに対抗するのか? という話で、とにかくやたらにスケールの大きな話になって着地します。

 

・「呪い5.0」

 若い女性が自分を捨てた男に復習するためにつくったコンピュータウィルスの「呪い」。このウイルスに感染したPCにはチャビという男への罵倒と、その個人情報が表示されます。

 ところが、このウイルスは2.0、3.0とアップデートされていき、全てがネット化された社会の中で、チャビという男の命を狙う、そして周辺の人間をも巻き込むウイルスへと進化していくのです。劉慈欣も作中に登場したりします。

 

・「中国太陽」

 中国の貧しい農村に生まれ、石炭を掘る坑夫になり、さらに北京に出てビル清掃の仕事をするようになった主人公が、ついに宇宙に行くまでの話。まさにチャイニーズ・ドリームといった話なのですが、さらにホーキング博士まで出てきて話がスケールアップするのが劉慈欣ならでは。

 

・「山」

 山の事故が原因で船に乗るようになった男が、海面にできた巨大の海の山に登って異星人とのファーストコンタクトを果たすという話。

 引力によって海にできた巨大な海の山というアイディアも突拍子がないですが、惑星の内部に閉じ込められ固体しか知らなかったという異星人の設定も突拍子がない。こんなの誰も思いつかないだろって話です。

 

 どれも劉慈欣らしい話で、SF的なアイディアと壮大なほら話の融合を今作でも十分に楽しめます。