デボラ・フォーゲル『アカシアは花咲く―モンタージュ』

 松籟社〈東欧の想像力〉シリーズの1冊で、ポーランド(当時はオーストリア領)の同化ユダヤ人の家に生まれた女性作家デボラ・フォーゲルの中短編集。

 〈東欧の想像力〉シリーズの前回配本はイヴォ・アンドリッチの『宰相の象の物語』というノーベル賞作家のものでしたが、今回のフォーゲルについては知っている人はあまりいないでしょう。僕も初耳でした。

 解説によると、ブルーノ・シュルツと交流があり、シュルツの『肉桂色の店』の原型はこのフォーゲルとの文通から生まれたそうです。さらに近年、アメリカのイディッシュ語雑誌に寄稿していたことも明らかになり、注目を集めているとのことです。

 

 この本には代表作の「アカシアは花咲く」をはじめとしていくつかの作品が収録されていますが、その実験的な文体は共通しています。

 例えば、「アカシアは花咲く」の冒頭はこんな感じです。

 始まりはこうだった。突然、何の前触れもなく、恋しさというバネで震えるマネキン人形のメカニズムが暴き出された。このバネこそが、安っぽくて粗悪な出来事(「人生」・・・・・・)を甘い運命のように、そして平凡な出会いを彩り豊かでかけがえのない冒険であるかのように見せていた。(73-74p)

 

 これを読んで、シュルレアリスムを思い浮かべた人もいるかも知れませんが、この本の収められている公開書簡の中で、フォーゲルは自分の作品がシュルレアリスムであることを否定しています。

 確かにシュルレアリスムのようなフロイト的な無意識の重視はなく、既存の言葉に似つかわしくないような形容詞を付けたり、あまり関連性のないような言葉を組み合わせながら、詩と散文の間のような文章が続いています。

 著者はこれを「モンタージュ」の技法だとしています。それは、さまざまな異なる要素を組み合わせることで新しい意味を作り出そうとするものです。

 

 正直、自分にはこの技法がどの程度成功しているのかはわからないのですが、時々混じってくるプロレタリア文学っぽいところと、時代の不穏な空気には惹かれるものがあります(『アカシアは花咲く』がポーランド語で刊行されたのは1936年)。

 ちなみにフォーゲルは1942年8月のゲットー内で行われたユダヤ人一掃作戦により家族とともに射殺されたそうです。

 

 

Nilüfer Yanya/Miss Universe

 Nilüfer Yanya(読み方はニルファー・ヤンヤらしい)はUKで活動する23歳のソウルシンガー。ただし、このデビューアルバムの実質的なオープニング曲"In Your Head"はロックナンバーで、これが良い。

 ソウルというジャンルはものによってはやや単調に聞こえがちですが、このアルバムは最初にガツンときます。

 このあともトラックに遊び心やおしゃれ感があるのがこのアルバムの特徴ではないかと思います。歌も上手いのですが、その歌の上手さを全面に押し出すのではなく、バックお音楽を聴かせることにも気を配っています。特に前半のトラックはギターが効いています。

 後半になると、10曲目の"Melt"の最後のサックスの入れ方とかもおしゃれだと思いますし、最後の"Heavyweight Champion Of The Year"のトラックもアクセントが効いていると思います。

 Jorja Smithとかもそうでしたが、最近のUKの女性シンガーはバックのトラックが非常におしゃれで凝ってますね。

 


Nilüfer Yanya - Heavyweight Champion Of The Year (Official Video)

 

 

 

ローレンス・サマーズ、ベン・バーナンキ、ポール・クルーグマン、アルヴィン・ハンセン著/山形浩生編訳『景気の回復が感じられないのはなぜか』

 サマーズが口火を切り、バーナンキクルーグマンとの間で2013〜15年にかけて行われた長期停滞論争を山形浩生が訳しまとめたもの。アルヴィン・ハンセンは1930年代に長期停滞という概念を提唱した経済学者で、この本にはその演説「経済の発展と人口増加の鈍化」の抄訳も収録されています。

 

 目次は以下の通り。

はじめに――長期停滞論争(山形浩生)
1 アメリカ経済は長期停滞か?(ローレンス・サマーズ)
2 遊休労働者+低金利=インフラ再建だ! ――再建するならいまでしょう! (ローレンス・サマーズ)
3 財政政策と完全雇用(ローレンス・サマーズ)
4 なぜ金利はこんなに低いのか(ベン・バーナンキ)
5 なぜ金利はこんなに低いのか 第2部――長期停滞論(ベン・バーナンキ)
6 なぜ金利はこんなに低いのか 第3部――世界的な貯蓄過剰(ベン・バーナンキ)
7 バーナンキによる長期停滞論批判に答える(ローレンス・サマーズ)
8 一国と世界で見た流動性の罠(ちょっと専門的)(ポール・クルーグマン)
9 なんで経済学者は人口増加を気にかけるの?(ポール・クルーグマン)
10 日本の金融政策に関する考察(ベン・バーナンキ)
11 経済の発展と人口増加の鈍化(抄訳)(アルヴィン・ハンセン)
解説――長期停滞論争とその意味合い(山形浩生)

 

 ここに並んでいる論考はいずれも講演、一般紙の論説記事、ブロクなどの形で世に送り出されたものであり、いずれも平易に書かれています。さらに山形浩生が丁寧な解説を付けており、非常にわかりやすいものとなっています。

 ケインズは経済学者の仕事は経済問題を扱ったパンフレットを書くことだということを言っていますが、まさにパンフレット的な本だと思います。

 では、本屋でちょこっと立ち読みすればそれで済むかというと、そんなことはないです。何回か見返したくなるような重要な知見を含んでおり、世界経済と日本経済を考えていく上でぜひとも頭に入れておきたい内容を含んでいます。特に日本経済を考える上でバーナンキの日銀で行われた講演「日本の金融政策に関する考察」は重要でしょう。

 

 おおまかな内容については山形浩生の書いた「はじめに」と「解説」を読めば十分なのですが、一応、ここでもおおまかな内容を紹介していきます。

 

 口火を切ったのはサマーズです。サマーズはリーマンショックのダメージは大規模な金融緩和などである程度食い止めることができいて、株価なども戻ってきているけど、経済成長率は十分には戻っておらず、金融バブルが起こってもおかしくないほどの金利水準なのに投資が戻っていないのはなぜなのか? これは長期停滞の時代に入ったということではないのか? と主張します。

 そして、そうであるならばインフラ投資などの財政政策によってこの需要不足を埋めるべきではないかというのです。

  現在の先進国は需要制約の状況にあり、この需要を公共投資によって埋めることが経済成長につながり、長期的には財政の好転にもつながるだろうというのがサマーズの主張です。

 

 これに対して、バーナンキアメリカ経済が長期停滞に直面しているという考えに疑義を呈し、サマーズは国際的な要因に目を向けていないといいます。金利水準が低いのは世界的な貯蓄過剰(中国を含む新興アジア諸国産油国、そしてヨーロッパなどの経常黒字)がもたらしたものだというのです。

 そして、中国の経常黒字が減っているように、現在は調整局面にあり、やがてこの貯蓄過剰はある程度解消されていくのではないだろうかというのがバーナンキの見立てになります。

 

 この論争に割って入ったのがクルーグマンで、バーナンキが「サマーズは国際要因を考慮していない」と批判したのは正しいとしながらも、長期停滞の懸念はあるといいます。

 ここで持ち出されるのが日本なのですが、日本は長年需要不足に苦しんでおり、まさに長期停滞と言っていい状況です。

 ところが、日本の資金は高金利を求めて海外に殺到したりはしませんでした。国内の低金利を甘んじて受け入れています。これは日本のデフレを考えると日本の実質金利はそれほど悪くなかったからです。

 そして、クルーグマンは現在のユーロ圏がこのような運命をたどる可能性があるといます。ドイツの金利はすでに大きく低下しており、コアインフレ率も低迷しています。ユーロ圏は経常黒字を貯め込みつつ、ユーロ自体の価値は低迷しているのです。

 このユーロ圏の資本輸出はそう簡単に終わるとは思えず、長期停滞が輸出される可能性は十分にあるというのがクルーグマンの見立てです。

 

 そして、このあとにバーナンキの日銀講演が置かれています。

 ここでバーナンキは過去に日本の金融政策を批判していたが、自らはFRBの議長になってからは非伝統的な金融政策の扱いづらさや財政政策との連携の必要性も理解するようになったと述べています。

 それでも金融緩和策は正しく、中央銀行インフレ目標を追求し続けるべきだとしています。そして、黒田日銀の政策も評価しているのですが、ところが日銀が思い切った政策をしてもインフレ率は上がってきません。

 ここで持ち出されるのが世界的な貯蓄過剰説と長期停滞論です。アメリカにおけるサマーズの長期停滞論を否定したバーナンキでしたが、ここ日本では長期停滞論を否定していません。そして、インフレ目標を達成する手段として財政政策との連携を提案しています。

 日銀は目標値を0.7ポイント超えるインフレ率を三年間か、0.4ポイントを超えるインフレ率を五年間続けることで、GDPの2%分の財政プログラムに結果として資金を供給できます。(中略)

 ここでは、この仮想的な財政プログラムの中身には立ち入りません。ただ、このプログラムをアベノミクスの三本目の矢である構造改革の推進に使うと有益ではないかと指摘していおきます。そして、構造改革は長期的な成長率の引き上げに欠かせないものです。たとえば、再訓練プログラムや所得補助は非効率部門を改革する際の抵抗を和らげられるし、的を絞った社会福祉は女性や高齢者の労働参加を増やすのに貢献します。(94p)

  そして、デフレ脱却のための最も有望な政策として、この金融政策と財政政策の連携をあげています。バーナンキも日本に関してはサマーズと同じ処方箋を示しているのです。

 

 最後のハンセンの講演は、山形浩生が解説でも述べている通り、外れた議論なのですが、今の日本経済に対する悲観論と同じようなことを言っているのがポイントで、今でも読んでおく価値はあります(ただ、マーク・マゾワー『暗黒の大陸』でも述べられていたように、20世紀前半の少子化のトレンドは第二次世界大戦を境に反転するんですよね。日本にそのような反転の機会はあるのか?)。

 

 最初に述べたようにパンフレットのような本ですし、充実した解説もあって簡単に読めると思いますが、なかなか重要なポイントを教えてくれる本です。

 

 

田所昌幸『越境の国際政治』

 副題は「国境を越える人々と国家間関係」。移民をはじめとする国境を越える人間の移動について国際政治学の立場から論じた本になります。

 移民に関しては、移民がもたらす社会の変化を記述したもの、移民のおかれた劣悪な状況を告発するもの、あるいはボージャス『移民の政治経済学』のように移民がもたらす経済的なインパクトを明らかにしたものなどがありますが、国家が国境を越える人々をどう扱ってきたかということを論じた本は少ないと思います。

 

 それこそアウト・オブ・アフリカの大昔から人間は移動してきたわけで、それに比べれば主権国家の歴史というのは短いです。それにもかかわらず主権国家は国境を管理し、受け入れる人と受け入れない人を選別し、場合によっては自らの支配領域にいる人々を追放したりします。国家は人々の移動に大きな影響を与えているわけです。

 ただし、国家が人々の移動を自由にコントロールできるかというとそうではありません。すべての国境を完璧に監視することはできませんし、観光や一時的な労働の目的で入国してそのまま住み着いてしまう人もいます。

 こうした国家と移民(難民)をめぐるさまざまな事象を論じたのがこの本です。何か解決策を提言したり、理論を導き出すような本ではないのですが、著者の幅広い議論を追っていくことで、移民や人々の移動に関して複合的な視野が得られる本になっています。

 

 目次は以下の通り。

序章 移民と国際政治―問題意識と基礎的事実
第1章 人口移動政策と対外関係
第2章 政策の限界―非正規的な人口移動
第3章 国家とそのメンバーシップ
第4章 メンバーの包摂と再生産
第5章 在外の同胞と国家
終章 日本にとっての国際人口移動

 

 世界にはどれくらいの数の移民がいるのか? これはなかなか難しい問題で、国連は2億4400万人(世界の総人口の3.4%)という数字を出していますが、これは1年以上他国に移動して居住する人を計算しており、1年以上いる留学生なども入ってきます。一方、この定義では日本に生まれた韓国・朝鮮籍の人は入ってきません。移民の定義というのはなかなか難しいのです。

 移民の流れに注目すると最大の受入国はアメリカ、以下離されてサウジアラビア、ドイツ、ロシア、UAEとつづきます。送り出し国は1位がインド、さらにメキシコ、ロシア、中国、バングラデシュとつづきます(10−11p図序−2、序−3)。

 移民の経路としてはメキシコ-アメリカが1位で、基本的には近接した国同士の移動が多いですが、中国-アメリカ、インド-UAEといったルートもあります(12p図序-4)。

 さらに移民からの海外送金の総額はODAの総額を超えており、インドは722億ドル、中国は639億ドル、GDPが約2800ドルのフィリピンには297億ドルの送金が流れ込んでいます(13p図序-5、このためフィリピンは「フィリピン海外雇用庁、国際労働問題局などを設置して自国民を積極的に海外に送っている(66-68p)。経済における移民の存在感は大きくなっているのです。

 

 こうした移民をめぐる状況をざっと見た上で、第1章では各国のとる政策と移民の関係が分析されています。

 ヨーロッパでは出国の権利が広く認められるようになったのはフランス革命以降であり、基本的に人々の移動は制限されていました。人口は国力の一つでしたし、ロシアの農奴などのように国内における移動すら制限されている国もありました。

 もちろん、20世紀になってもすべての人が自由に移動できたわけではありません。第二次世界大戦後、東西に分断されたドイツでは東ドイツから西ドイツへの移動がつづきました。その数は1949年〜61年までで累計250万人を超え、東ドイツの人口の約13%に相当するものでした。当初は、「階級の敵」を追放する安全弁として捉えていた東ドイツ政府も、若い世代や技術者などの出国がつづくと、体制存続の危機と捉えられるようになりベルリンの壁が作られます。東ドイツは人々の移動を壁の建設によって阻止したのです。

 しかし、それでも西ドイツに脱出する人はゼロにはならず、1989年に社会主義の支配体制が緩むと、再び出国者が激増し、ついにはベルリンの壁は崩壊します。

 一方、同じ分断国家の韓国と北朝鮮の間でも北から南へと亡命しようとする脱北者が話題になりますが、まだ無秩序な流出は起こっていません。

 

 さらにこの章では、冷戦下におけるソ連国内のユダヤ人の出国問題もとり上げられています。イスラエルユダヤ人の出国を求め、ユダヤロビー団体アメリカとソ連の通商交渉にこの問題を絡めることに成功しますが、かえってそれはソ連の反発を呼び、ユダヤ人の出国は進みませんでした。ユダヤ人のイスラエルへの出国が進むのは冷戦終結後のことになります。

 

 近年、先進国は移民を選別する姿勢を強めており、ポイント制などによって高度人材であれば積極的に受け入れるというスタンスの国も増えています。

 しかし、これは送り出す側からすると「頭脳流出」ということになります。2010年にはギアナで生まれた高度技術を持ち人材の90%がOECD諸国に居住しているそうですし(45p)、アフリカや中南米の国にとってこの「頭脳流出」は頭の痛い問題です。また、シンガポールでさえも「海外に留学したシンガポールの学生のうち、最も優秀な人材が帰国しない」(46p)とのことであり、難しい問題となっています。

 もっとも、インドや台湾などでは流出した頭脳が母国に帰ってきてIT関連のビジネスを立ち上げることも多く、彼らのつくるネットワークが送り出し国の利益になることもあります。ただし、やはり一定以上の数の流出はやはりその国にマイナスの影響を与えるようです。

 

 一方、自国民を「戦略的に棄民する」という通常では考えにくい行動をとる国家もあります。

 ピッグス湾事件やキューバ危機の後の1965年、キューバは突然、アメリカに親類のいるキューバ人は自由に船で出国して良いと発表しました。当初はカストロの虚仮威しかと思われましたが、キューバの対岸のフロリダでは不安が高まり、ジョンソン政権は秘密裏にキューバ政府と交渉を開始します。この交渉によってカストロは出国ルートを閉じましたが、この後もキューバアメリカを交渉のテーブルに引き出すためにしばしばこの手を使いました。特に1980年には4月から9月にかけて実際に12万5000人がフロリダに到着しました。当時のカーター政権は当初はこれらの難民を歓迎しましたが、結局は海上でこれを取り締まることになります。

 

 現在、大きな問題となっているのがメキシコからアメリカに入ってくる不法移民ですが、1942〜60年代前半にかけて両国の間ではブラセロ・プログラムという枠組みがありました。

 不法移民といえば、メキシコ→アメリカですが、19世紀半ばまではメキシコ領だったテキサスにアメリカから不法入植者が入り込むという事態がつづきました。1846年の米墨戦争によって国境は現在の形に落ち着きますが、この頃は国境の管理も弱く、メキシコ人は旧メキシコ領との間を自由に往来していました。

 1920年代から農業恐慌が進行すると、アメリカの農場で働いていたメキシコ人労働者は邪魔者扱いされ、多くがメキシコに強制送還されましたが、第二次世界大戦が始まると一転して人手不足となり、アメリカはメキシコ人の労働力を必要とするようになります。

 そこで結ばれたのがブラセロ・プログラムです。メキシコ側に募集センターが設けられ、審査の上で雇用されることになったメキシコ人労働者はアメリカの農場に振り分けられる仕組みがつくられたのです。

 第二次世界大戦が終わった後もこのプログラムはつづけられましたが、1960年にCBSのドキュメンタリー「恥辱の収穫」が放送されると、移民労働者の厳しい実態に対する批判が強まり、結局、このプログラムは64年に終結します。ただし、このプログラムによってアメリカの雇用主とメキシコ人労働者の間には相互依存的なネットワークが形成されることになりました。これは後の非正規移民の増加にも影響を与えています。

 

 第2章で扱われているのは国家の意図せざる人の移動です。その代表例が非正規移民(不法移民)です。

 現在、アメリカには約1100万人の非正規移民がいるとされています。これは人口の約3.4%にあたり、それなりの規模です。アメリカでは1980年代以降、麻薬問題と絡んで非正規移民を取り締まる姿勢を示していますが、それでも非正規移民が減らないのは国境管理が難しいからです。

 1904年にわずか75人で発足したアメリカの国境警備隊は2012年には2万1000人の職員を抱えるまでになりました。それでも長大な国境のすべてを監視することは不可能ですし、密入国者を捕まえても強制退去にするだけであれば、彼らは再び国境を越えようと戻ってくるかもしれません。また、国境の警備を強化すれば一度入国に成功した人は帰りにくくなるでしょうし、そもそも観光や商用などの目的で合法的に入国し、そのままオーバーステイとなる非正規移民も多いのです。

 

 国境の管理には限界があるため、移民の送り出し国に協力を求めるケースも多いですが、限界もあります。例えば、スペインはアフリカにセウタ、メリリャという飛び地があり、ここを通して人や商品が非合法に越境してきました。

 スペインのEU加盟に伴ってここでの国境管理は格段に強化され、モロッコ政府にも協力が求められましたが、ここがスペインからモロッコへの密輸出の一大拠点になっていることは公然の秘密であり、完璧な国境管理がなされているわけではありません。

 また、国内の雇用主に圧力をかけるという方法や大々的な強制送還を行うという不法もありますが、人権に絡んでくる部分もあり、非正規移民を一掃する切り札とはなりえていません。

 そこで、非正規移民を合法化する措置もとられています。これによって雇用条件や教育水準が改善しするというプラス面はありますが、こうした措置はさらなる非正規移民を呼び寄せることにもなりかねません。

 

 国家の意図せざる人の移動の一例が難民です。かつてはオスマン帝国などの帝国の解体、インドとパキスタンの分離・独立などによって多くの人々が難民となりましたが、その概念は拡大しています。

 国内で移動を強いられている国内避難民も難民としてカウントされるようになっていますし、内戦の長期化とともに、難民キャンプで生まれ育つような人々も出てきています。

 2016年の時点で、世界中の強制的に移動させられた人々の総数は6560万人で、その内訳は認定された難民が2250万、国内避難民が約4000万、庇護申請者が280万人だといいます(110p)。

 送り出し国は、シリア、アフガニスタン南スーダンソマリアスーダンの上位5カ国で難民人口の55%を占めており、一方、受入国の上位はトルコ、パキスタンレバノン、イラン、ウガンダエチオピア、ヨルダンといった送り出し国の隣国が多く、先進国の受入人数は多くはありません(110-112p)。

 

 難民申請者のすべてが難民として認められるわけではありません。中には逃亡中の犯罪者、経済移民にすぎない者も混じっており、難民として認められない者もいます。

 ただし、彼らを強制送還するのは人権や人道の立場、そしてコスト面からも難しいです。またヨーロッパではある国で不認定となっても、別の国に移動して再び難民申請するケースもあり、不認定となりながら滞在する者も多いです。

 そこで、難民を移動中の洋上で捕捉したり、第三国の協力を得るケースもあります。イタリアは地中海を越えてくる難民を減らすためにリビアカダフィ大佐に協力を求めましたし、EUも急増する難民に対処するためにトルコに協力を求めました。

 

 結果として、多くの難民が途上国に滞留するようになっています。

 世界最大の難民キャンプと言われるケニアのダダーブでは2016年時点で約50万人のソマリア人が暮らしているといいます。この規模はナイロビ、モンバサにつぐケニア第三の都市と言っていいものであり、自治も行われていますが、ケニア政府はキャンプの住民が外に出て居住したり働くことを認めておらず、一種の閉鎖空間を形成しています。

 キャンプの中には映画館やサッカーリーグも存在し、ここ以外の場所に行ったことがないままに25年以上暮らしている世代も生まれています。キャンプに暮らす人々の中にはキャンプよりも劣悪な環境であるソマリアへの帰還を嫌がる人も多く8割が帰国を望んでいないといいます。また、このキャンプがイスラーム過激派組織の温床となっているという指摘もあります。

 ケニア政府はたびたび閉鎖を求めていますが、この規模まで来ると問題を先送りするしかないのが現状でしょう。

 

 第3章は「国家とそのメンバーシップ」と題され、国民の枠組みをめぐる問題が考察されています。 

 国民国家ができる以前、人々は地域共同体や宗教共同体に属していました。パスポートは携帯者の身分を証明するためにギルドや大学や軍司令官などが発行するもので、国家が携帯者の国籍を証明するという考えは希薄でした。

 ところが、アメリカの独立革命フランス革命後に国民国家が成立すると、国家と国民の結びつきは大きく変化します。移動の自由が市民的権利として保障されるようになり、それとともに誰が国家のメンバーなのかということをはっきりと確定させる必要が出てきたのです。

 

 移民国家のアメリカでは当然のように「誰がアメリカ人なのか?」という問題が持ち上がりましたし、フランスでもナポレオン法典の制定時に出生地主義血統主義かという問題が起こりました(徴兵可能な人数を増やしたいナポレオンは出生地主義を主張したが、結局はトロンシュの推した血統主義が通った)。

 さらにアメリカではアイルランド移民をめぐる米英の対立も起きます。1840年代の飢饉によって多くのアイルランド人が米国に渡ると、アメリカはアイルランド独立運動の一大拠点となります。しかし、当時のイギリスの国籍法では、アメリカに帰化してもアイルランド人はイギリスの臣民であり、その管轄権が問題となったのです。 

 1866〜71年までの間には、3度にわたってアメリカのアイルランド系の民兵組織が当時イギリス領だったカナダに越境攻撃をしかけたフェニアン事件も起こっています(ちなみにこの事件がカナダでのアメリカへの併合主義運動の影響力を削いだとのこと)。

 

 国民国家の成立と発展は、「国民」と「民族(人種)」の関係をより緊密なものとしました。アメリカではアジア系の移民を排斥する動きが起こりますし、ドイツでもドイツ統一後にエスニックなナショナリズムを重視する動きが起こり、ロシアやオーストリア国籍を持つポーランド人を追放する動きが起こっています。 

 ドイツは1913年の国籍法の制定で、さらに血統主義を強化し、「「異常なまでに厳密で一貫した血縁共同体」への道を歩んだ」(166p)とも評されています。

 

  第4章は移民コミュニティの受け入れをめぐる問題がとり上げられています。

 第二次世界大戦後の西欧先進国では、労働者不足を補うために一定期間を経て帰国することを前提として、いわゆるゲストワーカーが受け入れられましたが、彼らは帰国せずに、移民コミュニティは拡大再生産されました。

 各国は帰国奨励策などを取りましたが十分には機能せず、彼らをどのように統合するかが問題となってきます。

 

 そこで合法的な永住制度であるデニズンと呼ばれる制度が整備されてくることになります。

 定住外国人とデニズンの間の違いは永住権と労働市場、公的社会保障制度へのアクセスなどです。そして、デニズンと国民の相違の中心は参政権になります。

 近年、日本でも永住者への地方参政権を認めるべきだという議論があります。EUではマーストリヒト条約によってこの地方参政権が制度化されましたが、一方、デニズンに無差別の国政参加を認めているのはニュージーランドアイルランドウルグアイ、チリ、エクアドルの5カ国にとどまっています(181p)。

 ニュージーランドアイルランドについては安全保障環境に恵まれていることが一つの背景にあると考えられ、また、チリに関してはピノチェトが自らの政策を支持させるためにヨーロッパ系移民に投票権を与えたと考えられます。ウルグアイの要件は非常に厳しく、エクアドルは移民の送り出し国家であることが背景にあると考えられます。

 

 デニズンの先にあるのが帰化です。西欧諸国などを見ると血統主義から出生地主義へという流れがありますが、そう簡単には行かない地域もありました。例えば、バルト三国ではロシア系の人々の扱いが問題となりました。

 ロシア系の人々が少なかったリトアニアでは比較的簡単に国籍を取得することができましたが、ロシア系の住民が多かったラトヴィアやエストニアでは言語の能力などを国籍の取得要件に課しました。EU加盟に伴い、これらの厳しい要件は撤廃されていますが、言語の習得などの一定の条件を課す国は他にもみられ、190・191pの図4-2と図4-3を見るとテストを課す国が増えていることがわかります。

 また、重国籍も容認される流れとなっていますが、上記のバルト三国はロシアとの関係もあって重国籍に対して一様に慎重です。

 

 帰化をしたとしても文化的・社会的な統合が自然に起こるわけではありません。一時はそれぞれの文化を尊重し合う多文化主義が中心となりましたが、21世紀になると多文化主義に対する失望が大きくなっています。例えば、多文化主義の国として知られているカナダでも、旧ユーゴの内戦時にはカナダのクロアチア系住民とセルビア系住民がそれぞれラジオを通じて非難合戦を繰り広げましたし、長年、カナダに居住していたクロアチアの国防大臣シュシャクは、カナダにおけるクロアチア民族主義運動を組織し、資金を集めた人物でもありました。また、旧ユーゴに派遣されたカナダの部隊はクロアチア軍の攻勢にさらされています。

 こうした中で多文化主義ではなく「統合」を目指す動きが目立ってきていますが、例えば、比較的移民の統合が進んでいたと思われていたフランスでもテロ事件が起こっており、その前途は多難です。

 

 第5章で扱われているのは移民と送り出し国の関係です。

 ユダヤ人を念頭に母国から離散した悲劇の民という意味合いで使われてきた「ディアスポラ」という言葉は、その意味を拡張し、現在では「出身国に対する強い親近感をもった移民集団一般」(213p)を意味する用語として使われています。

 例えば、アフリカやカリブ海地域へと渡ったインド人の年季労働者は労働ディアスポラとして把握されていますし、ある帝国の本国から帝国内の植民地に移住した人々を帝国ディアスポラと呼ぶこともあります。さらに東南アジアに存在する華人コミュニティなどを交易ディアスポラと捉えることもあります。

 

 こうしたディアスポラに対して出身国はさまざまな理由から関与を続けることがあります。前述のフィリピンをはじめインドなども移民やディアスポラとの関係を取り持つ省庁レベルの部局を持っていますし、ドミニカ、あるいはイスラエルなどはアメリカにいるディアスポラに「ロビイスト」としての役割を期待しています。また、こうしたことを行うために重国籍やさまざまな特権を認める国も増えています。

 

 こうしたディアスポラが民族の解放運動や独立運動を支えることもあります。インドの独立運動を支えたのはアフリカ在住のインド人コミュニティでしたし、中国の革命には日本に来た留学生たちが関わっています。

 一方で、本国の分裂や対立がディアスポラのコミュニティに影響を与えることもあります。日本における在日韓国・朝鮮人などはまさしくそうです。

 逆にディアスポラが本国に大きな影響を与える可能性もあり、中国は天安門事件の際、在米の中国人学生のうち、「愛国的」な学生には賄賂を提供し、反政府的傾向のある者は帰国させ、強硬な反体制派には奨学金の差し止めなどとともに親族の海外渡航を禁止したそうです(239-240p)。

 こうした国家とそのメンバーの関係について、本書では現居住国の関与の強弱と出身国による関与の強弱によって4つの類型に分けています(244p図5-3)。

 

 終章では日本が直面する問題がとり上げられています。

 戦前の日本は多民族を抱える帝国でしたが、朝鮮や台湾への日本本土からの移民は比較的少数にとどまりました。一方、アメリカやブラジルなどに移民が送り出され、特に南米への移民は戦後になっても続きました。ところが、高度成長とともにその数は急速に縮小し、1974年に日本人移民を支援してきた海外移住事業団は、対外援助を担う国際協力事業団(JICA)へと再編成されています。

 

 そして、最近に日本では移民の受け入れが大きな問題となっています。安倍政権は「移民」という言葉は使っていませんが、事実上、すでに日本はかなりの規模の「移民」を受け入れているとも言えます(このあたりの問題について望月優大『ふたつの日本』講談社現代新書)を参照)。

 また、北朝鮮からの難民の流出の可能性も捨てきれいないですし、越境する人々をどう扱っていくかということは今後の日本にとって避けて通れない問題です。

 こうしたことに触れ、著者は最後に次のように述べています。

 ここで強調したいのは、人のアイデンティティは、エスニックな起源によって固定されているものではなく、さまざまな条件によって不断に再生産されるものだということであり、このことは当然移民にも当てはまる。(中略)したがって、ある移民コミュニティが、敵対的な出身国の支持者になるのか、それとも最悪の場合には、敵対的な外部勢力の側に追いやるかは、日本という国全体の器量が問われる問題である。言い換えれば、新たな日本の住民を、先住の日本人と、利益、苦節、そして未来も分かち合う日本のメンバーにできるかどうかは、弱者の人権の保護という理想の問題にとどまらず、日本の国力の行方を左右する問題でもある。(294p)

 

 ずいぶんと長いまとめとなってしまいましたが、これは本書が明確な主張や処方箋をもったものではなく、現実の問題を記述することに重点を置いた本だからです。

 国境を超える人々に対して、国民国家や民族といった枠組みを対置することもできますし、多文化主義や人権保障の理想を掲げることも可能です。もしくは経済面や世界システムのような理論から語ることも可能でしょう。

 しかし、どんな理論的な枠組みで語ってもそこからこぼれ落ちていく現象や人々があるということをこの本は教えてくれます。

 読んでスッキリする本ではないですが、多くのことを教えてくれる本です。

 

 

 

『ROMA/ローマ』

 『セロ・グラビティ』のアルフォンソ・キュアロン監督作品にして、Netflix製作ながら、アカデミー賞の監督賞を受賞した映画。アップリンクの渋谷でやっていると知り、ようやく見てきました。

 まず冒頭から特筆すべきなのは撮影の上手さ。『ゼロ・グラビティ』のときは撮影監督のエマニュエル・ルベツキで「さすがルベツキ」と思いましたが、キュアロン自らが撮影監督を努めている本作でも空間を非常にうまく使った画作りがなされています。モノクロの映画なのですが、とりあえずはこの画作りうまさだけでも見る価値はあります。

 

 ストーリーは1970年代のメキシコシティを舞台に、中流家庭の白人一家に雇われている家政婦を主人公として、その日常と家族のドラマが描かれています。

 最初は年代を明示するような描写はないですし、物語がどのように展開するかもよくわかりません。主人公の働く家のガレージに残された犬のうんちと、主人公の恋人がフルチンで行う武術(カンフー?)が印象に残って、「これは妙な笑いを見せる映画なのか?」とも思いましたけど、後半になると一気に物語が展開します。

 

 主人公の働く家の愛すべき4人の子どもたち(男の子3人と女の子1人)、その家庭の妻の苦悩、70年代初頭の舞台設定といったものが一気に意味を持ってきてドラマを作り上げていきます。

 また、冒頭からどこかしら不穏な空気が漂っているのですが、その不穏な空気も後半になると「こういうことだったのか」とわかります。このあたりは脚本もうまいですね。

 ちなみに主人公の恋人の謎の武術は、日本の侍とカンフーの混合のような形で「イチ、ニ、サン」と掛け声をかけつつ、なぜか「ジュウハチ、ジュウキュウ、サンジュウ」と20の位が無視されてしまうのですが、この謎の武道の意味も最後の方になって明らかになります。

 

 なかなか言葉で簡潔に魅力を伝えるのは難しい映画なのですが、非常に良くできた映画で、アカデミー賞の監督賞を獲るのも納得の出来ですね。

 

 

 

ケン・リュウ『生まれ変わり』

 『紙の動物園』、『母の記憶に』につづくケン・リュウの日本オリジナル短編集第3弾。相変わらず、バラエティに富んだ内容でアイディアといい、それをストーリーに落としこむ技術といい、さすがだなと思いつつも、『紙の動物園』の「文字占い師』や、『母の記憶に』の「草を結びて環を銜えん」や「訴訟師と猿の王」ほどのインパクトの有る作品はないなと思って最後まで来たら、最後に「ビザンチン・エンパシー」というすごい作品が控えていたではないですか!

 

 「ビザンチン・エンパシー」はタン・ジェンウェンとソフィア・エリスという2人の女性が主人公です。2人は大学時代のルームメイトで、ともに正義感があり、チャリティーに対する関心もありましたが、2人のアプローチは対照的です。

 ソフィアが重視するのは理性であり、その理性にもとづいた秩序だったチャリティーです。彼女は国務省からNGOの「国境なき難民救済事務局」の事務局長に転じ、いずれはアメリカ政府の中枢で手腕を発揮したいと考えているような人物です。

 一方、ジェンウェンが重視するのは共感であり、四川大地震のときにボランティア活動のために帰国した時に、チャリティーと共感の力に目覚めました。

 このチャリティー(慈善)において重視されるべきは共感なのか? 理性なのか? という古典的なテーマがこの小説の主題です(「物乞いの子どもにお金をやるのは正しいか?」というあたりはよく議論になるテーマですね)。

 

 この古典的なテーマを、オフィスで働くソフィアと現場で働くジェンウェンとしてしまえば凡庸なドラマになるのでしょうが、そこに最新のテクノロジーを重ねてくるのがケン・リュウならではのところ。

 ジェンウェンはブロックチェーンVR(仮想現実)というテクノロジーによって共感を力に変え、政治によって選別されてしまう虐げられた人々を救おうとします。

 ブロックチェーンと聞いたところで、タイトルの「ビザンチン・エンパシー」の「ビザンチン」が「ビザンチン将軍問題からきているのでは?」と思った人もいるかもしれませんが、正解です。

 ジェンウェンはブロックチェーンを利用することによって中央集権化されない改変もされない投票のフレームワークを作り出し、共感をもとにした投票によって支援するプロジェクトを決めて暗号通貨で資金を送る「エンパシアム」という仕組みをつくり上げるのです。

 

 この「エンパシアム」が小口の資金を大きく集めはじめ、「国境なき難民救済事務局」の活動にも影響を与え始めるというところから話は始まりますが、共感の危険性と理性の偽善性がテクノロジーの紹介と絡まり合いながら明らかにされていきます。小説としてはやや思弁的すぎる面もありますが、この展開は読ませます。

 また、ジェンウェンが四川大地震に対するアメリカのキャンパス内での寄付の低調さからアメリカのチャリティーに疑問を抱くようになる展開や、ミャンマーの漢族系の少数民族の難民が問題としてクローズアップされる点なども現代の社会とリンクしていて面白いです。

 

 そして、この「テクノロジー+共感」というあり方が将来の中国社会の一端を示しているように思える点も興味深いです。もちろん、現実の中国ではこれを政府がどの程度コントロールしていくのかという問題がありますが、「テクノロジー+共感」の組み合わせは、欧米流の社会とはまた違った社会を作り上げ、そして他の世界へと影響を与えていく可能性があると思うのです。

 特に欧米ほど「近代」が根付いているとはいえない日本ではその影響も大きいかもしれません。

 というわけで、チャリティーにおける理性と共感という倫理学的なテーマに興味がある人以外にも、将来の中国社会や日本社会について考えたい人にとっても材料を提供するような小説です。

 SF作家としては、グレッグ・イーガンテッド・チャンが上かもしれもしれませんが、社会に対する批評性という点ではケン・リュウは突出しているのではないかとも思います。

 

 「ビザンチン・エンパシー」について熱く語ってしまいましたが、表題作の「生まれ変わり」も変わった設定で人間の更生について考えさせる読み応えのある作品ですし、「カルタゴの薔薇」や絵文字が使われる「神々は〜」シリーズの三部作にみられるネットワーク上にアップロードされた知能の話(「カルタゴの薔薇」はちょっと違いますが)も面白いです。

 他にも遠い宇宙の話とアメリカに渡った20世紀後半の中国移民の話と20世紀初頭の香港人の話が重なる「ゴーストデイズ」、中国の唐末を舞台に暗殺者の少女を描いた「隠娘」も面白いです。

 

 

Karen O & Danger Mouse/Karen O & Danger Mouse

 Yeah Yeah YeahsのボーカルKaren Oが今までさまざまなアーティストをプロデュースしてきたDanger Mouseと組んだアルバム。

 といっても、実は自分は今までDanger Mouseのプロデュース作品をあんまり聴いていなくて、あんまりDanger Mouseの特徴というのはよくわからないです。

 冒頭の"Lux Prima"は9分を超える曲で、ゆったりときれいな曲調なので「Yeah Yeah Yeahsとはずいぶん違うんだな」という印象から始まります。つづく"Ministry"もそうで、この曲はいいですね。Karen Oの声は抑えてもいいです。

 ただ、"Turn The Light"あたりになると、けっこうYeah Yeah Yeahsっぽくて、スカスカの音にKaren Oの声が映えます。5曲目の"Redeemer"なんかもYeah Yeah Yeahsっぽい曲だと思います。

 そんな中で、7曲目の"Leopard's Tongue"はYeah Yeah Yeahsっぽいメロディでありながら、少ししっとりした音作りで、ちょっと違う感じを出しています。後半はこうしたしっとりとした音の曲が多く、そのあたりが聴き心地の良さにつながっているのかもしれません。

 Yeah Yeah Yeahsが出てきた時のようなインパクトはありませんが、気持ちよく聴けるアルバムに仕上がっています。

 


Karen O & Danger Mouse - TURN THE LIGHT

 

一応、Amazonのリンクを貼りますが、表記がシングル曲で、このアルバムのCDなのかやや謎。