「カムカムエヴリバディ」の安子ちゃん(上白石萌音)とみのるさん(松村北斗)が主演ということでさわやかな恋愛ものを想像する人も多いでしょう。実際、映画の日ということもあって女子高生二人組とかも見に来ていました。
まったく恋愛要素が必要ないドラマにも恋愛要素を入れてくるのが日本の映画やドラマの問題点の1つですが、この『夜明けのすべて』は「普通は恋愛要素入れて盛り上げるだろ」という話でありながら、そうは安易に流れません。
『ケイコ 目を澄ませて』の三宅唱監督が、あくまでも静かに恋愛抜きの人間の助け合いや支え合いを描き出しています。
映画.comの作品情報は以下の通り。
PMS(月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さんは、会社の同僚・山添くんのある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添くんだったが、そんな彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていた。職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、藤沢さんと山添くんの間には、恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。やがて2人は、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる。
話としてはまさにこういう話です。
藤沢さんと山添くんはそれぞれに自分の意志ではままならない障害を抱えていて、東京の下町の栗田科学という小さな企業に流れ着きます。
藤沢さんは、すぐに職場にお菓子を買ってくるような気遣いをする人間なのですが、生理前のときになると自分の感情をコントロールできずにキレてしまいます。
一方、山添くんはかなりのエリートであり、パニック障害がなければ一流企業でバリバリ働いていたはずの人間ですが、実は電車にも乗れないような状況です。
こうした2人が惹かれ合うという設定はよくあると思います。
他人の欠如を埋めようとするときこそ、自分の欠如を見ないですむときであり、ラカン的に言えば、それこそが「愛」という感じになるでしょう。
ところが、本作は互いに相手の欠如に対して何かをしようとしながらも、それは欠如を埋めるといった情熱的なものではありませんし、自らの障害をそれによって忘れてしまうということもありません。
あくまでも「この人の手助けが少しはできるんじゃないか?」というレベルにとどまっているのです。
このレベルをキープし続けることは逆に難しそうでもあるのですが、本作では、上白石萌音と松村北斗の演技と佇まい、三宅監督の演出が、このレベルのキープを成立させています。
上白石萌音のナチュラルなおせっかい感とか、松村北斗の他人との距離を取ろうとして、でも取り切れない感じとかが非常によいです。
また、シナリオ的にも主人公たちの周囲に家族を自殺で亡くした人を配置して、支えることの大切さと難しさを感じさせるような構成もうまかったと思います。
見に来ていた女子高生とかがどう感じたのかはわかりませんが、いい映画だと思いました。