川上未映子『ヘヴン』

 初めて読む川上未映子作品。

 いじめを受けている14歳の主人公は、ある日、〈わたしたちは仲間です〉との手紙をもらいます。

 すぐにそれは同じクラスでいじめを受けている女子のコジマからのものだということがわかります。いじめを受けている二人は手紙をやり取りしたり、会ったりするような関係になっていきます。だんだんとこの関係が主人公にとっても支えになっていくわけです。

 

 というわけで、「虐げられた者の連帯」という形で始まるこの小説ですが、徐々にそのフォーマットからは逸脱していきます。

 まずはコジマです。コジマは「私たちのほうがいじめている奴らより正しい」という信念をもつ人間なのですが、その信念は次第に「傷こそがアイデンティティ」であるという形に高まっていきます。

 主人公は斜視なのですが、斜視こそが君のアイデンティティだというわけです。

 

 もう1つ、いじめグループにいて傍観者的な態度を取っている百瀬という人物がいて、途中で彼の哲学が語られるシーンがあります。

 百瀬によれば、世の中はたまたまそうなっているだけで、そこでポイントになるのは善悪ではなく、「できるか/できないか」だと。主人公がいじめられるのは、たまたまであると同時に、いじめっ子を殺せないからです。

 

 このようにコジマも百瀬も中学生とは思えないような思考の突き詰め方と言葉の使い方をしており、このあたりは自然ではないです。

 また、読み終わってみると、主人公がさんざん「コジマ」と話しかけながら、コジマは一度も主人公の名前を呼ばない、つまり主人公の名前が明かされないというのも変と言えば変です。

 あと、百瀬といっしょにいた女子生徒とか百瀬が病院にいた理由とかはよくわからないままです。

 

 というわけで振り返ってみると少しいびつなところもある小説なのですが、読ませる面白さはある。

 そしてラストも、すっきりと解決したわけではないですが、今まで世界にしっかりと存在できていなかった主人公が存在できるようになったという感じで、確かに1つの達成にはなっている(小説の中で主人公の名前が明かされないのは、世界に存在していなかったということの表れなのかな?)。

 いじめ描写の痛々しさはあるのでダメな人はダメかも知れませんが、読ませる力のある小説です。