『オッペンハイマー』

 人によってさまざまな解釈ができる作品だと思いますが、自分は政治に興味を持ち、政治的手腕も持っていたが、本職の政治家にはなれなかった科学者の話という側面が印象に残りました。

 オッペンハイマーは、原子爆弾という世界を変える兵器をつくってしまったことで政治の世界に引き入れられ、そして追放された人物だと言えます。

 

 本作は、オッペンハイマーが戦後に共産主義との関係を疑われて公職追放されるときの査問会と、オッペンハイマーアメリ原子力委員会の委員長に引っ張ってきたストローズが商務長官に任命される際の公聴会の様子を中心に展開していきます。

 査問会の様子からオッペンハイマーの半生が語られていくわけですが、若き日のオッペンハイマー共産主義に興味を持ち、大学では組合の結成に動くなど、かなり政治的な人間です。

 

 原爆の製造においても、オッペンハイマーは天才的なひらめきで活路を開いた人間ではなく、多くの科学者を集め、彼らが研究に没頭できる環境をつくったマネージャーとして描かれています。

 科学者チームを率いて軍との折衝も重ね、科学者間の意見の違いもそれなりに上手く処理しており、政治的能力を持った科学者でした。

 一方で、妻子がいるにも関わらず、共産党員だったかつての恋人をホテルで密会するなど脇の甘い人間でした。

 

 ところが、このオッペンハイマーも、本職のトルーマンの前では歯牙にもかけられない。

 広島や長崎への原爆の投下について良心の呵責を感じているオッペンハイマーに対して、トルーマンが投下を決めたのは自分で君が責任を感じるのは筋違いみたいなことを言ったシーンが一番印象に残りました。

 「天才」ともてはやされた男でも、政治の世界ではトルーマンの「凄み」に圧倒されるわけです。

 

 原爆の威力を実際に目の当たりにしたオッペンハイマーは、世界を守るためにさらなる核の開発(水爆の開発)をやめさせようとあれこれと手を尽くすわけですが、そうした政治的な活動は自らの首を締めることになります。

 科学者として、あるいは科学者を率いるマネージャーとして有能であったオッペンハイマーでしたが、実際に政治を動かすような能力はありませんでしたし、政治の世界で生き残るにはナイーブでした。

 

 他にもいろいろ書きたいことはありますが、この題材で3時間という長丁場を見せるクリストファー・ノーランの効果音を含めた音作りの上手さを感じましたね。映画を引っ張るときに使われるスリルとか暴力の代わりに音が非常にうまく使われていると思います。