2010年代、社会科学の10冊

 2010年代になって自分の読書傾向は、完全に哲学・思想、心理、社会、歴史といった人文科学から政治、経済などの社会科学に移りました。その中でいろいろな面白い本に出会うことができたわけですが、基本的に社会科学の本、特に専門書はあまり知られていないと思います。

 人文科学の本は紀伊國屋じんぶん大賞など、いろいろと注目される機会はあるのに対して、社会科学の本はそういったものがないのを残念に思っていました。もちろん、いい本は専門家の間で評価されているわけですが、サントリー学芸賞などのいくつかの賞を除けば、そういった評価が一般の人に知られる機会はあまりないのではないかと思います。

 

 そこで社会科学の本の面白さを広めようとして書き始めたこのエントリーですが、最初にいくつか言い訳をします。

  まず、「社会科学の本」と大きく出たものの、法学や経営学の本はほぼ読んでいませんし、以下にあげた本を見てもわかるように社会学の本も経済学の本も不十分で、政治学の本が中心となっています。ですから、「2010年代、政治学の10冊」というまとめを書くべきだったのかもしれません。

 

 けれども、「2010年代、政治学の10冊」というエントリーだと、何か2010年代の政治学を総括するような内容を期待されそうですし、そんな能力はありません。

 もっと素人の目から特に確固たる視点もなく今読んでも面白い本を紹介したかったので、「2010年代、社会科学の10冊」という大それたタイトルにしました。さすがに2010年代の社会科学を総括できる人なんていないと思うので(いたらすみません)、このほうが読み手の期待値を下げられるという予測です。

 

 選んだ基準としては、(1)2010年代に刊行された日本人の著者による社会科学の本、(2)面白い、(3)今なおタイムリーな問題を扱っている、(4)15年以上くらいは本としての寿命がありそう、(5)難しすぎず、専門的教育を受けてなくても理解できる、(6)紀伊國屋じんぶん大賞とかでランクインしていなさそう、(7)新書は除く、の6点です。

 ちなみに(6)の基準に引っかかりそうな1冊を最後に番外として紹介しています。(7)に関しては、最初は新書も含めて選ぼうかと思いましたが、新書なら改めて紹介するまでもなく読まれるべき本はそれなりに読まれているのではないかと考えて除外しました(もし需要と時間があれば新書ブログのほうで「2010年代の新書」をやるかもしれません)。

 

 

手塚洋輔『戦後行政の構造とディレンマ』(2010)

 

 

 

 2010年代、ネットで根強く問題にあり続けていたのが子宮頸がんワクチンをはじめとするワクチンの問題だと思います。風疹が流行し妊婦にも影響を与えているというニュースを聞いたときに「なんで接種を義務化しておかなかったんだ?」と思った人もいると思います。

 根強い「反ワクチン」の思想がどこから来ているのか? ということも興味深いことではありますが、同時に厚生労働省がなぜこんなに及び腰なのか? と疑問に思う人もいると思います。

 その後者の疑問に答えるのがこの本です。本書は何かをして失敗した「作為過誤」と、何かをしないことによって失敗した「不作為過誤」という概念を使って予防接種の歴史をたどっていきます。予防接種には副作用がつきものであり、強制すれば副作用という「作為過誤」が発生し、予防接種をしなければ感染症の流行という「不作為過誤」が発生します。このディレンマに官僚たちがどう対処したのかということを本書は明らかにしています。

 ワクチン接種の推進には「作為過誤」によって起こった問題の責任をどう考えるかという視点も必要なのです。

 

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小宮友根『実践の中のジェンダー』(2011)

 

 

 

 

 社会学に関しては以前よりもめっきり読まなくなってしまったのですが、10年代にも面白い本はいろいろとあったのでしょう。外野から見ていた感じでは岸政彦と筒井淳也の活躍が目立ったような気がしますし、実際に岸政彦『同化と他者化」も筒井淳也『仕事と家族』が面白かったと思います。

 ただ、個人的に一番面白いと感じたのがこの本。タイトルに「ジェンダー」という言葉が入っているので、「そういう話はノーサンキュー」という人もいるとは思いますが、本書の魅力は、副題が「法システムの社会学的記述」となっていることからもうかがえるように、第一部はルーマンなどをとり上げた理論社会学の話になります。

 ルーマンの他にも、ジュディス・バトラー、オースティン、デリダウィトゲンシュタインについて触れ、エスノメソドロジーに至る内容は非常の濃密で、特にルーマンの社会秩序についての以下のまとめはわかりやすくかったです。

・可能なふるまいの限定(構造)が、あるふるまい(作動)を それとして理解可能にしていること
・あるふるまい(作動)が、可能なふるまいの限定(構造)をそれとして理解可能にしていること(75p)

 さらに第2部ではそうした社会の構造のもとで問題となるジェンダーの問題を、「強姦罪」、「ポルノグラフィ」に対する法のあり方から読み解いていきます。殺人などでは加害者の意志やパーソナリティが問われるのに、強姦罪では被害者の意志やパーソナリティが問われてしまう問題などが分析されています。

 ただし、自分はこの本の議論にすべて賛成するわけではありません。第7章でとり上げられているマッキノンのポルノグラフィ規制の議論についても、理屈はわかっても賛成はしません。(必ずしもこの本が「個人的なことは政治的なことである」と主張しているわけではありませんが、)アーレントトクヴィルから政治学に入った者としては公私二元論は政治権力を抑制するものとしてもやはり捨てがたいです。

 

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水島治郎『反転する福祉国家』(2012)

 

 

 

 今から20年前、欧米先進国においてここまで排外主義が大手を振っていることを想像した人は少なかったと思います。もちろん、フランスの国民戦線(現在は国民連合)でのような昔からの極右勢力はいましたが、2002年の大統領選の決選投票で大敗したように、やはり「キワモノ」感は拭えなかったと思います。

 しかし同じ頃、オランダではピム・フォルタインによってより洗練された排外主義が登場していました。フォルタインは同性愛者の権利や妊娠中絶などの女性の権利、安楽死や麻薬も認めるリバタリアンと言ってもいい人物で、その立ち位置から女性の権利や同性愛に不寛容なイスラム教を攻撃しました。

 当時のオランダはワークシェアリングの成功などによって失業率は低下しており、決して経済的な苦境が排外主義を呼び込んだわけではありません。また、大麻安楽死が合法化されているようにオランダは基本的に「リベラル」な国です。

 本書では、オランダが「リベラル」な福祉国家だからこそ、排外主義が生まれたという理論を展開しています。その議論は説得的ですし、近年になってデンマークなどでも高福祉+排外主義の組み合わせが観察されるようになっており、本書の議論に説得力を与えています。アメリカやイギリスを見ていると、白人労働者に十分な福祉なり仕事なりを提供すれば排外主義は収まるようにも思えますが、事態はそう単純でもないのです。

 同じ著者の『ポピュリズムとは何か』(中公新書)もその後のポピュリズムや排外主義の展開を考える上で非常に面白い本だと思います。

 なお、本書は岩波現代文庫に入っており、今なら1500円以下で読めるのもうれしいところです。

 

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遠藤乾『統合の終焉』(2013)

 

 

 

 2010年代、さまざまな危機を抱え続けていたのがヨーロッパであり、EUでした。そうした危機を扱った本としては同じ著者による『欧州複合危機』(中公新書)があり、10年代にヨーロッパを襲い、一部は現在も続いている危機について知りたい人はそちらを読めば十分かと思います。

 しかし、本書の「まえがき」に書かれている「大文字の「統合(Integration)」は終わった。けれども、どっこいEU欧州連合)は生きている」との言葉は、現在のEUを表すのに今なお最適な言葉のような気がしますし、EUが何を成し遂げ、何を成し遂げられなかったことがわかります。

 また、本書はEUという超国家的なプロジェクトを通じて、国民国家のしぶとさを再認識させられる本でもあります。そして、国家を越えた共同体の可能性や限界を教えてくれるだけはなく、それを分析する政治や法の枠組みの可能性や限界も教えてくれる本です。

 個人的にEUについてはユーロこそが厄介さの大きな源だと思っているのですが、そのあたりについては竹森俊平『ユーロ破綻 そしてドイツだけが残った』(日経プレミア)を読むと良いと思います。 

 

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久米郁男『原因を推論する』(2013)

 

 

 

 10年代は因果推論について解説した入門書がいろいろと出版されました。この本もそうした1冊と言えるのですが、因果推論について解説した本としてはひと世代前のものかもしれません。RCT(ランダム化比較試験)の話もルービンの因果モデルの話とかも出てこないので、より進化した因果推論について勉強したいのであれば、中室牧子・津川友介『「原因と結果」の経済学』か伊藤公一朗『データ分析の力』(光文社新書)を読むといいでしょう。

 それでもこの本をあげたのは、社会科学全般の入門書として、あるいは政治学のブックガイドとして面白く読めると思ったからです。

 やはり、いまだに日本で一番有名な政治学者は丸山眞男で、政治学者というと「あるべき政治の姿を語る人」というイメージが有るのではないかと思います。もちろん、そうした規範的な研究も重要なのですが、それとともに重要なのでが「なぜそのような政治になっているのか?」という解いとその答えです。

 本書はその答えの出し方について、データを使ったものから、比較事例研究、単一事例研究、とさまざまなスタイル別に検討していきます。比較事例研究や単一事例研究についても扱っているので、例えば歴史に興味がある人にも得るところがあると思います。

 また、政治学のブックガイドとしても利用できる面があり、自分はこの本を読んで、レイプハルト『民主主義対民主主義』バリントン・ムーアJr『独裁と民主政治の社会的起源』、マイケル・L・ロス『石油の呪い』といった本を読みましたが、いずれも面白かったです。

 

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佐藤滋・古市将人『租税抵抗の財政学』(2014)

 

 

 

 10年代にアグレッシブな活動を行った財政学者に井手英策がいます。彼の主張は『幸福の増税論』岩波新書)にも見られるように、普遍的福祉+消費税増税なわけですが、個人的には現在のようなデフレ的な状況では消費税増税による福祉財源の確保は難しいのではないかと思っています。

 そこで、推したいのがこの本。日本は世界でも税負担が少ない国であるはずなのに、国民の痛税感、「租税抵抗」は非常に大きい。これはなぜなのか?ということを探りつつ、所得税の立て直しを訴えています。

 格差を解消するには、貧しい人たちだけを取り出して重点的に福祉を給付すれば良いように思えますが、実は「人々に対する政府の移転給付を選別的にすればするほど、経済全体の格差は広がる」という「再分配のパラドックス」と呼ばれるものがあります。貧しい人たちだけを選別するやり方は、福祉全体に対する反対を強め、福祉の受給者にスティグマを与えるのです。

 本書は、そうした状況から抜け出すために普遍主義的福祉(所得に関わらず誰でも受けられる)を訴え、その財源として累進性が弱まったしまった所得税の立て直しを主張しています。

 

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神取道宏『ミクロ経済学の力』(2015)

 

 

 

 経済学に関しては、ここ10年ほどで大きな変化があったと思います。行動経済学の台頭やオークションやマッチング理論の普及など、いろいろな変化がありましたが、2008年のリーマン・ショック以降、経済学の考え方そのものにも変化が出てきたように思えます。

 以前は、「とりあえず『マンキュー経済学』を読め」という感じで、とりあえず『マンキュー経済学』の冒頭に書いてある「経済学の十大原理』に基づいて考えていけばいいようなイメージもありましたが、リーマン・ショック以降、「その原理は本当なのか? 実証すべきでないのか?」という風潮が強くなってきたように思えます。

 そうした時代のテキストとしてふさわしいのが本書です。東京大学経済学部のミクロ経済学の講義をもとにしたものですが、ミクロ経済学の理論を示すだけではなく、現実のデータとリンクさせながらそれを実感させてくれます。特に平均費用や限界費用の曲線を東北電力の費用曲線を例にして示してくれた部分は「おおっ」と思いました。

 ゲーム理論に関しても詳しく説明してくれていますし、実証が再び重視されるようになった時代にふさわしいテキストだと思います。

 ただ、もちろん経済学の素養がまったくない人には難しいかもしれないので、そういう人は坂井豊貴『ミクロ経済学入門の入門』(岩波新書)でを読んで、ミクロ経済学でふどんなことができそうなのか? というイメージを掴んでみてから読むかどうか決めてもいいかもしれません。

 

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前田健太郎『市民を雇わない国家』(2015)

 

 

 

 5800円+税ということで、簡単には手が出せない本ではあるのですが、書かれていることは非常に重要で、まさにすべての有権者に知ってもらいたいことです。

 この本に書かれている重要なこととは、「日本の公務員の数や労働人口に占める公務員の割合は他国に比べて圧倒的に少ない」ということです。福祉国家の発展したヨーロッパに比べて少ないのは当然かも知れませんが、実はアメリカよりも労働人口に占める公務員の割合は少ないです。独立行政法人公益法人を入れてもやっぱり少ないのです。

 本書は、「どうして日本の公務員が少なくなったのか?」という謎の歴史的な背景を明らかにしながら、公務員の少なさが何をもたらしたのかを次のように指摘しています。

 最も大きな不利益を被ったと考えられるのは、他の国であれば公務員になれたにもかかわらず、日本では公務員になることができなかった社会集団、すなわち女性である。(260p)

 また、この公務員を増やせないという状況は非正規公務員を生み、公務員間の大きな格差を生み出しました。このあたりの状況に関しては上林陽治『非正規公務員』がお薦めです。

 なお、著者は去年、『女性のいない民主主義』という新書も出しています。タイトルを聞いた時は、日本の公務員数の少なさが女性の政治や社会への進出を阻んでいるということを述べる本なのかと思いましたが、読んでみたら今まで政治学ジェンダーの視点からひっくり返すという思い切った本でした。こちらも面白いです。

 

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 神林龍『正規の世界・非正規の世界』(2017)

 

 

 

 経済学者の主戦場は完全に単著から論文へと移っている感じですが、なぜか骨太の専門書が出てくるのが労働経済学の分野で、この本もそうした中の1冊です。

 正規雇用と非正規雇用の格差の問題は00年代の半ばから常に話題となり続けてきました。「派遣労働に対する規制緩和が行われたことで正規雇用が減って、派遣のような非正規が増えた」、このような主張はいろいろなところで目にしたことがあると思います。

 ところが、本書によれば、派遣労働者は派遣法が最も緩和されていた2007年10月1日の時点で約160万人、有業人口に対する比率は2.4%ほどに過ぎない存在ですし、正規雇用はたいして減っているわけではありません。

 では、増えている非正規はどこから来ているのかというと、同時期に減少しているのは自営とその家族従業者などです。つまり、自営業者が減って非正規が増えているのです。これは街から個人商店が消えてチェーン店が増えていったことを考えるとわかりやすいと思います。

 本書はこのことだけではなく、雇用と労働に関するさまざまな知見を明らかにしています。読み応えのある本ですが、グラフなども工夫されており面白く読めるはずです。

 他にも非正規雇用に関する本としては、隣国である韓国との比較を通じて日本の非正規雇用の捉えられ方や待遇について分析した有田伸『就業機会と報酬格差の社会学』も面白かったですね。

 

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待鳥聡史『民主主義にとって政党とは何か』(2018)

 

 

 10年代に最も活躍した政治学者というと、個人的には著者だったのではないかと思っています。単著だけ見ても、2012年の『首相政治の制度分析』サントリー学芸賞を獲って、中公新書から『代議制民主主義』を出して、『政党システムと政党組織』を出して、『アメリカ大統領制の現在』を出して、さらに本書を出しています。

 そんな数ある本の中で、著者の考えのエッセンスがわかりやすくまとまっているのと思われるのがこの本。セミナーでの話が元になっているのでわかりやすいですし、基本的には政党の話ではありますが、民主政治の理論の位置づけから現在の政治情勢への分析までが披露されており、「待鳥政治学」の入門書としてぴったりな本です。

 日本の政治を三権分立の三角形で説明する図式(中学や高校の教科書によく載っているやつ)は間違っているというズバリな指摘もありますし、現在の政治学が分析するより深い政党と政治の姿を教えてくれる内容になっています。

 10年代は著者の他にも関西の大学で教鞭をとる研究者の好著が相次いだために、「関西政治学」なる言葉もできましたが、本書以外にも砂原庸介『分裂と統合の日本政治』と曽我謙悟『現代日本の官僚制』は最後までこのリストに入れようか迷った1冊です。前者は自民・民主の二大政党制がなぜ根付かなかったということを国政と地方レベルの選挙制度のズレに求めた本で、後者は日本の官僚制について各国に当てはまるはずのモデルを考えてそのモデルとモデルからのズレを説明しようとした本です。

 

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善教将大『維新支持の分析』(2018)

 

 

 

 10年代、大阪の政治は大阪維新の会とともにあったと言ってもいいでしょう。橋下徹に率いられた維新は、数々の選挙に勝ち、大阪の政治風景を一変させました。そして、この躍進の説明としてポピュリズムという概念、あるいは稀代のポピュリストとしての橋下徹という存在がクローズアップされました。

 ところが、この説明では、橋下徹引退後も続く維新の強さ、大阪以外での維新の弱さ、2015年の大阪都構想をめぐる住民投票での敗北をうまく説明できません。もし、大阪市民が橋下徹の扇動に乗っただけなのであれば、橋下徹の引退後に維新は失速したはずですし、大阪以外の地域でももっと勝てたはずですし、橋下徹が自らの地位を賭けた住民投票に勝利したはずです。

 本書が解いていくのはこの謎です。著者はさまざまな分析を駆使しながら、有権者橋下徹に踊らされる「大衆」ではなく、批判的志向性を持った「市民」だったということ示していきます。

 ちなみに、この本に関しては、ひょっとしたら最初にあげた条件の「(4)15年以上くらいは本としての寿命がありそう」に一部引っかかうところが出てくるかもしれません。本書が分析の対象とするおおさか維新の会が15年後に今のような勢力を誇っているかどうかはわからないからです(大阪都構想に「成功」して、勢いと自らに有利な選挙制度を失って低迷する可能性はあると思う)。

 それでも本書をここにあげたのは、まず面白いからですし、そしてこの本で使われているサーベイ実験の手法(さまざまな質問についてその一部をランダムに入れ替えたりしながら有権者の判断基準や思考法を読み取ろうとするもの)が、近年さかんになってきており、この本以外にも河野勝『政治を科学することは可能か』、遠藤晶久/ウィリー・ジョウ『イデオロギーと日本政治』といった興味深い本が出てきているからです。方法論的にもためになる本だと思います。

 

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・ 番外

梶谷懐『「壁と卵」の現代中国論』(2011)

 

 

 

 タイトルからすると評論家の書いた中国論みたいですし、内容的にも村上春樹に触れているなど(タイトルは村上春樹のスピーチから)、人文書といっていいような側面もあります。ただし、著者は中国のマクロ経済を専門とする経済学者で、間違いなく経済学の本でもあります。

 2011年発売の本であり、中国の経済と社会に関してはそのときから大きく変化した部分もあります。そのため中国経済については同じ著者の『中国経済講義』(中公新書)、中国社会については高口康太との共著『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)を読んだほうがいいかもしれませんが、中国の経済と社会を見る視点や、著者の問題意識の面白さに関しては、本書が一番良く味わえるのではないかと思います。

 

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 以上になりますが、ちなみに上から読んでいこうとすると、冒頭の2冊はやや硬い本なので難しく感じるかもしれません。読みやすいのは『反転する福祉国家』、『原因を推論する』、『租税抵抗の財政学』、『民主主義にとって政党とは何か』、『「壁と卵」の現代中国論』といったところです。

 

 このようなリストを目にすると、頭に浮かぶ感想は「この本がない、あの本がない」ということだと思います。最初にも書いたようにそれは当然だと思うので、「この本がない、あの本がない」と思った人は、ぜひブログかTwitterかなんかで「2010年代、社会科学の10冊」のリストをつくってほしいと思います。