佐藤滋・古市将人『租税抵抗の財政学』

 日本は世界でも税負担が少ない国であるはずなのに、国民の痛税感、「租税抵抗」は非常に大きい。これはなぜなのか?ということを探った本。「租税抵抗」とは耳慣れない言葉ですが、この本では「税への拒否感」、「税への不信感」といった意味合いで使われています。


 日本の税負担が軽いというのは事実です。
 2011年の租税負担の対GDP比でみるとOECD諸国の中で日本(16.8%)はスロヴァキアやメキシコと並んでもっとも少ない国の一つになります。スウェーデン(34.1%)、ノルウェー(33.0%)という数字はさもありなんという感じですが、オーストラリア(26.5%)、イギリス(29.1%)、アメリカ(18.5%)という数字を見ると日本のこの数字の低さは際立つと思います(5p)。
 OECD諸国の平均が25%程度なので、日本にはまだまだ増税の余地があると言えそうです。

 
 ですから、現在の日本で財政について論じたものというと、まずは巨額の借金を示し、国民負担率が諸外国との比較でまだ低いことを示し、だから増税財政再建が必要なのだと結論付けることが多いです。
 しかし、実際に生活している多くの人は税金の重みを感じていることでしょうし、増税が国民生活が大きな打撃を与えることは今回の消費税引き上げでも示されたと思います。
 実際に日本人は税負担を重いと考えており、特に重いと答える人の割合は低・中所得者に多いです(6p)。
 この矛盾を解き明かし、その解決策の道筋を示すのが本書の狙いになります。


 日本では昔から、いわゆる「クロヨン」などの言葉にあるように所得税の徴収の仕方に対して強い不満がありました。同じ所得でも完全に所得が補足されているサラリーマンと所得の補足が難しい自営業や農家では所得税の支払が平等ではないというのです。
 この不満、租税抵抗に対して、政府は所得税の仕組みを改善するのではなく、所得の減税と消費税の導入、そして社会保険受益者負担の強化が図られました。
 社会保険は「個別報償的な要素を持つために、税よりもはるかに合意が得やすい仕組み」(20p)です。このため、大蔵省は1960年代から受益者負担の論理を使って社会保険への国費の投入を抑えようとしてきました。
 しかも、「日本の社会保険制度は職域別に分立的な構造を持っており、給付率も保険料も各制度間で異なっている。そうであれば、一部の特定の者のために国庫負担を入れるのは「負担の公平」上好ましくない」(61p)というわけです。
 その結果、社会保険制度における受益者負担は年々強化され、保険料も自己負担も引き上げられていきます。所得税とはちがって累進制の弱い社会保険の仕組みは貧しい人々をかえってさらなる貧困に追いやることにもなっているのです。


 一方、所得税に関しても株式の譲渡所得や配当に関して分離課税が行われていることから、所得額が1億円を超える人からはむしろ所得税負担率が下がっているという実態もあります(82p)。
 著者たちは所得税の総合課税(株式の譲渡所得や配当所得も給与所得と合算して課税すること)や累進の強化によって、所得税を立て直すことが、社会保障制度の再生にもつながると考えています。

 
 今まで税の取り方の問題でしたが、使い方にも問題があります。
 ご存知のようにスウェーデンは非常に税負担の高い国ですが、国民の租税抵抗は少ないといいます。その要因としてこの本であげられているのが、社会保障における普遍主義です。
 日本では、社会保障における給付に対して何らかの所得制限をかけていることが多いです。例えば、児童手当(子ども手当)についても所得限度額が960万円未満に設定され、それ以上の所得があると満額を受け取ることは出来ません。
 一方、スウェーデンではそういった所得制限があまりなく、高所得者層も社会保障の給付を受けています。高所得者社会保障の給付を受けているというと「焼け太り」という批判も聞こえてきそうですが、その給付はしっかりと課税されています。つまり、貧しい人を選別して給付を行うのではなく、全員に給付して課税によってバランスをとっているのです。
 一見、無駄にも思える仕組みですが、これが社会保障の「漏給」を防ぎ、租税抵抗を抑えているのです。


 この本の第5章では、コルピとパルメが1998年に示した「再分配のパラドックス」を紹介しています(162p)。これは「人々に対する政府の移転給付を選別的にすればするほど、経済全体の格差は広がる」というもので、選別的な制度よりも普遍的な政府のほうが多くの人が受益者となり、人々の社会保障政策への支持が広がることが背景にあります。
 実際、オーストラリなどはもっとも貧しい層に集中的に給付を集中させていますが、ジニ係数は高い水準となっています(163pの表5ー2参照)。


 こうした分析を踏まえて、著者たちは本書の最後で次のように述べています。

 社会保障政策を普遍化する必要性を我々は訴えてきた。人々を受益者負担という形で分断しては、狭い連帯意識しか生じない。所得税の維持と拡大には、人々相互の信頼と政府に対する信頼が必要になる。受益者負担論によって人々が分断されたことが、租税構造の基盤たる所得税の崩壊に反映されているのである。
 (中略)
 受益者負担は、最も公共サービスを必要とする人々に負担を集中させ、公共サービスから利用者を排除してしまう。そのため、租税を通じて負担とリスクを相互に支え合うことで、負担とリスクの<私>化に歯止めをかけなければならない。求められているのは、所得税復権を通じた租税体系の再構築である。所得税財源による社会保障政策制度が存在しなければ、消費税負担は人々の生存を脅かすだけになってしまいかねない。納税者が納得して負担できる租税体系は、社会保障制度に安定的な財源を提供する。人々の生存と尊厳を保障する社会保障制度が機能することで、さらに、人々は安心して日々働き、納税に協力し政治に関わろうとするだろう。(183ー184p)


 細かい制度設計などについてはいろいろな意見があるでしょうが、この本で主張されている「選別主義よりも普遍主義」という考えには非常に説得力を感じました。
 ここで紹介した以外にも、イギリスのケースや法人税の問題などさまざまな興味深い問題もとり上げられており、とてもおもしろい本になっていると思います。タイトルは硬いですが、200ページほどの本で読みやすく、そして何よりも現在の日本が直面している大きな問題を正面から論じたいい本です。


租税抵抗の財政学――信頼と合意に基づく社会へ (シリーズ 現代経済の展望)
佐藤 滋 古市 将人
4000287362