読書

羅芝賢・前田健太郎『権力を読み解く政治学』

『番号を創る権力』の羅芝賢と『市民を雇わない国家』の前田健太郎による政治学の教科書。普段は教科書的な本はあまり読まないのですが、2010年代の社会科学においても屈指の面白さの本を書いた2人の共著となれば、これは読みたくなりますね。 morningrain.h…

チョン・イヒョン『優しい暴力の時代』

1972年生まれの韓国の女性作家の短編集。河出文庫に入ったのを機に読みましたが、面白いですね。 「優しい暴力の時代」という興味を惹かれるタイトルがつけられていますが、まさにこの短編集で描かれている世界をよく表していると思います。 「優しい暴力」…

カン・ファギル『大仏ホテルの幽霊』

著者のカン・ファギルは1986年生の韓国の女性作家で、同じ〈エクス・リブリス〉シリーズで短編集の『大丈夫な人』が出ています。 『大丈夫な人』は「ホラー」といってもいいような作品が並んだ短編集で、血しぶきが飛ぶようなことはないものの、じわじわ…

中田潤『ドイツ「緑の党」史』

ヨーロッパの政治シーンにあって、日本の政治シーンではほぼ存在感がない政治勢力に「緑」があげられると思います。 その「緑」の中でも、特にドイツの緑の党は以前から存在感を持っており、現在のショルツ政権では与党の一角を担っています。 この緑の党の…

西川賢『社会科学研究者のためのデジタル研究ツール活用術』

著者の西川先生よりご恵贈いただきました。どうもありがとうございます。 本書は研究者のためのライフハック術を教えてくれる本で、「本書が想定している読者はどういった方々かというと、それはずばり、若手研究者、そして研究者を志望するポスドク・院生・…

アンソニー・ドーア『すべての見えない光』

これは巧い小説。 設定だけを見ると、ありがちというか、どこかで誰かが思いついていそうな設定なんだけど、それをここまで読ませる小説に仕上げているのは、アンソニー・ドーアの恐るべき腕のなせる技。文庫で700ページを超える分量ですが、読ませますね。 …

細谷雄一編『ウクライナ戦争とヨーロッパ』

東京大学出版会のU.P.plusシリーズの1冊でムック形式と言ってもいいようなスタイルの本です。 このシリーズからは池内恵、宇山智彦、川島真、小泉悠、鈴木一人、鶴岡路人、森聡『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』が2022年に刊行されていますが、『ウクライナ…

横山智哉『「政治の話」とデモクラシー』

よく「政治と宗教の話はタブー」と言われます。一方で、市民として政治に関心を持つことは重要だと言われ、「政治についてもっと話し合うべきだ」とも言われます。一体、われわれは政治の話をどう扱えばいいのでしょうか? そして、そもそも「「政治の話」と…

2023年の本

今年は読むペースはまあまあだったのですが、ブログが書けなかった…。 基本的に新刊で買った本の感想はすべてブログに書くようにしていたのですが、今年は植杉威一郎『中小企業金融の経済学』(日本BP)、川島真・小嶋華津子編『習近平の中国』(東京大学出…

トマ・ピケティ『資本とイデオロギー』

本書を「『21世紀の資本』がベストセラーになったピケティが、現代の格差の問題とそれに対する処方箋を示した本」という形で理解している人もいるかもしれません。 それは決して間違いではないのですが、本書は、そのために人類社会で普遍的に見られる聖職者…

ルーシャス・シェパード『美しき血』

全長1マイルにも及ぶ巨大な巨竜グリオールを舞台にしたシリーズ最後の長編にして、ルーシャス・シェパードの遺作と思われる作品になります。 巨大な竜が出てくるということで、ジャンルとしてはファンタジーに分類されるのでしょうが、前作の『タボリンの鱗…

五十嵐元道『戦争とデータ』

副題は「死者はいかにして数値になったか」。 本書の序章の冒頭では、著者がボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争における死者を調べていて、20万人という数字と10万人という数字が出てきたというエピソードが紹介されています。 死者数というのは戦争の悲惨さを…

東浩紀『訂正可能性の哲学』

『ゲンロン0 観光客の哲学』の続編という位置づけで、第1部は『観光客の哲学』で提示された「家族」の問題を、本書で打ち出される「訂正可能性」という考えと繋げていく議論をしていきますが、第2部は『一般意志2.0』の続編ともいうべきもので、『一般意思2.…

パク・ミンギュ『カステラ』

『ピンポン』、『三美スーパースターズ』などで知られている韓国の作家パク・ミンギュの短編集で、パク・ミンギュが初めての翻訳にもなります。 本書の訳者あとがきでは、訳者の1人が日本では本屋に行っても韓国人作家の本がほとんど並んでいないことを嘆い…

須田努・清水克行『現代を生きる日本史』

『幕末社会』(岩波新書)の須田努と、『喧嘩両成敗の誕生』(講談社選書メチエ)や『戦国大名と分国法』(岩波新書)などの清水克行の2人が、縄文から現代に至るまでの「日本史」を語った本になります。 もともとは明治大学の文学部史学科以外の学生を対象…

ミン・ジン・リー『パチンコ』

以前から話題の本でしたが、今回、文庫化されたので読んでみました。上下巻で、上巻の裏表紙の紹介文は以下の通りです。 日韓併合下の釜山沖の小さな島、影島。下宿屋の娘、キム・ソンジャは、粋な仲買人のハンスと出会い、恋に落ちて身籠るが、実はハンスに…

飯田高、近藤絢子 、砂原庸介、丸山里美『世の中を知る、考える、変えていく』

サブタイトルは「高校生からの社会科」。このサブタイトルからは同じ有斐閣から出た『大人のための社会科』を思い出しますが、いくつか違っている点もあります。 morningrain.hatenablog.com まず、「大人のため」が「高校生から」となっていることからもわ…

アダム・プシェヴォスキ『民主主義の危機』

「民主主義の危機」について書かれた本は数多くありますが、本書の特徴は民主主義のミニマリスト的定義、「平和的な政権交代の可能性があれば民主主義」という考えのもとで書かれている点です。 多くの論者が民主主義を理想し、「あれも足りない、これも足り…

チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』

1978年に出版されて以来、ロングセラーとなっている韓国の小説です。 今調べてみたら、赤川次郎の『セーラー服と機関銃』がこの年、村上春樹の『風の歌を聴け』が翌年の79年になります。 70年代後半は、日本だと少しポップな感じの新しい文学が出てきた時代…

前田正子・安藤道人『母の壁』

待機児童問題が深刻化していた2017年に、都市郊外のA市で行った母親へのアンケートをもとにした本。 著者の一人の前田正子は中公新書から『保育園問題』という本を出しており、もう1人の著者の安藤道人は公共経済学を専門とする経済学者になります。 ですか…

大塚啓二郎『「革新と発展」の開発経済学』

長年、開発経済学の研究者として活躍し、『なぜ貧しい国はなくならないのか』といった開発経済学の入門書も書いている著者による自らの研究の総決算的な本(ただし、本書の書きぶりをみてると「総決算」というのは早いかもしれませんが)。 現場、実証、理論…

岸政彦/梶谷懐編著『所有とは何か』

私たちはさまざまなものを「所有」し、その権利は人権の一部(財産権)として保護されています。「所有」は資本主義のキーになる概念でもあります。 同時に、サブスクやシェア・エコノミーの流行などに見られるように、従来の「所有」では捉えきれない現象も…

パク・ソルメ『未来散歩練習』

パク・ソルメについては、同じ白水社の〈エクス・リブリス〉シリーズから『もう死んでいる十二人の女たちと』という日本オリジナル短編集が、本書と同じ斎藤真理子の訳で出ています。 『もう死んでいる十二人の女たちと』の冒頭の「そのとき俺が何て言ったか…

大江健三郎『水死』

先日亡くなった大江健三郎、実は初期の作品しか読んでおらず(『日常生活の冒険』まで)、やはり後期の作品も読んでみようかと思い読んでみました。 自分は高校生〜大学生にかけて、夏目漱石や森鴎外から始め、芥川龍之介、谷崎潤一郎、川端康成、太宰治、安…

オリヴィエ・ブランシャール『21世紀の財政政策』

現在、欧米は物価上昇に対応するために利上げを続けていますが、それまでは日本を含めた先進国の多くで低金利政策がとられていました。 そうした中で、財政政策や財政赤字に対する考えを変える必要があるのではないかというのが本書の主張になります。 ロー…

ローラン・ビネ『HHhH: プラハ、1942年』

2013年のTwitter文学賞海外編1位になるなど話題を集めた本ですが、今回文庫になったので読んでみました。 タイトルの「HHhH」は「Himmlers Hirn heißt Heydrich(ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる)」の符丁で、ヒムラーに次ぐ親衛隊のNo.2にして、ユダ…

安中進『貧困の計量政治経済史』

貧困について、過去の状況を計量的に分析した本になりますが、本書の特徴は対象が日本の近代という点です。 貧困の歴史について欧米中心に計量的に分析した本としては、アンガス・ディートン『大脱出』などいくつか思いつきますが、近代日本を対象とした本は…

東島雅昌『民主主義を装う権威主義』

「民主主義」の反対となる政治体制というと「独裁」が思い浮かびますが、近年の世界では金正恩の北朝鮮のようなわかりやすい「独裁」は少なくなっています。 多くの国で選挙が行われており、一応、政権交代の可能性があるかのように思えますが、実際は政権交…

柴崎友香『千の扉』

ここ最近、継続している柴崎友香の小説ですが、これもなかなか面白かったです。 作中で明示されているわけではありませんが、新宿の都営戸山ハイツを舞台にした作品で、タイトルの「千の扉」とはとりあえずは団地のたくさんの扉を表しているととれます。 主…

竹内桂『三木武夫と戦後政治』

実は本書の著者は大学時代のゼミも一緒だった友人で、いつか書いた本を読んでみたいものだと思っていたのですが、まさか「あとがき」まで入れて761ページ!というボリュームの本を書き上げてくるとは思いませんでした。 タイトルからもわかるように三木武夫…