読書

ダニロ・キシュ『ボリス・ダヴィドヴィチのための墓』(松籟社)

20世紀屈指の長編の『砂時計』や「泣ける短編」として分画市場でも屈指の作品である「少年と犬」(『若き日の哀しみ』所収)を送り出したダニロ・キシュの連作短編集。 基本的には、20世紀前半に活動した共産主義者の悲劇的な運命を描いた話ですが、「犬と書…

曽我謙悟『21世紀の日本政治』

「21世紀の日本政治」とはなかなか大きなタイトルですが、そこは『日本の地方政府』(中公新書)で日本の地方自治に関して新書サイズで濃密に分析してみせた著者であり、期待通りの読み応えのある分析がなされています。 副題は「グローバル化とデジタル化の…

呉明益『海風クラブ』(KADOKAWA)

現代の台湾を代表する作家である呉明益の長編。 今まで日本に紹介されてきた呉明益の作品は、最初の短編集『歩道橋の魔術師』を除くと、日本の植民地統治を含んだ歴史を取り入れた作品である『自転車泥棒』や『眠りの航路』、エコロジー的な視点から台湾の自…

トマ・フィリポン『競争なきアメリカ』(みすず書房)

アメリカといえば競争の国で、それがすぐれた製品やサービスを生み出していると考えられていますが、近年についてはそうでもないよ、ということを主張した本。 著者は「トマ」という名前からもわかるようにフランス人で(ピケティもトマ・ピケティ)、1999年…

善教将大編『政治意識研究の最前線』(法律文化社)

人々は政治に対してどのような関心を持ち、多くの情報をどのように判断して、どのように行動(投票)するのか? こうしたことは昔から研究されてきましたが、近年ではその手法も洗練され、さまざまな研究が行われています。また、Brexitやトランプ大統領の誕…

岡本信広『人々の暮らしぶりから考える 中国経済はどこまで独特か?』(白桃書房)

著者の岡本信広先生より御恵贈いただきました。どうもありがとうございます。 タイトルは長いですが、中国経済の概説書になります。 特徴は2つあって、まずタイトルの前半部分にある「人々の暮らしぶりから考える」という部分で、世代も性別も境遇も違う5人…

角田光代訳『源氏物語5・6』

去年から読んでいる角田光代訳の『源氏物語』、今回読んだ第5巻と第6巻で光源氏が亡くなり、宇治十帖へと突入しました。 第5巻は「若菜 上」、「若菜 下」、「柏木」、「横笛」、「鈴虫」を収録、第6巻は「夕霧」、「御法」、「幻」、「雲隠」、「匂宮」、「…

向山直佑『石油が国家を作るとき』

石油は政治学においても注目されている資源で、マイケル・L・ロス『石油の呪い』は石油の存在が民主化の進展や女性の政治参加を阻害し、内戦などが起こりやすいことを明らかにしました。 これに対して本書が注目するのが植民地の独立と石油の関係です。 ブル…

小宮京『昭和天皇の敗北』

日本国憲法の制定過程については、「押し付けか否か」という議論がずっとあり、近年でも「9条幣原発案説」(9条を提案したのが幣原喜重郎だという説)をめぐり議論があり、笠原十九司が幣原発案説を主張しているものの、多くの研究者がこれを否定する状況と…

三島由紀夫『宴のあと』

買おうと思っていた本が本屋になくて、「何を読もうかな〜?」と思っていたところ、授業のプライバシーの権利で毎年のように話している三島由紀夫の『宴のあと』が目に入り、今回初めて読んでみました。 まず、感想としては単純に面白いですね。ジャンル的に…

浅羽祐樹編『韓国とつながる』

『比較のなかの韓国政治』著者の浅羽先生と編集部から御恵贈いただきました。どうもありがとうございます。に引き続き、編者の浅羽先生と有斐閣の編集部から御恵贈いただきました。どうもありがとうございます。 下にあげた本書の目次を最初から見ていくと、…

ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』

河出書房新社の「世界文学全集」シリーズに入っていた鴻巣友季子訳のものが新潮文庫から出たので読んでみました。 ウルフは前に『ダロウェイ夫人』(角川文庫、 富田彬訳)を読んだことがあったのですが、この『灯台へ』の方がぐっと面白く感じました。 『ダ…

魏明毅『静かな基隆港』

適当なカテゴリーがなかったので「社会学」カテゴリーにしてしまいましたけど、本書は長年心理カウンセラーを務めてきた著者が、大学で人類学を勉強しなおし、基隆港の港湾労働者の生活をフィールドワークしたものをまとめたものが本書になります。 実は基隆…

浅羽祐樹『比較のなかの韓国政治』

著者の浅羽先生と編集部から御恵贈いただきました。どうもありがとうございます。 本書の「あとがき」の日付は2024年10月21日となっていますが、まさかここまでタイムリーな本になるとは関係者も思わなかったのではないでしょうか。韓国政治は2024年12月3日…

2024年の本

今年も去年に引き続き、本を読むペースはまあまあでしたが、ブログは書けなかった。 とりあえず、ちょっと前に読了した斎藤環『イルカと否定神学』の感想が書けてないですし、その他中古で買った本は紹介しきれませんでした(先日読み終わったばかりの浅羽祐…

ケリー・リンク『白猫、黒犬』

『スペシャリストの帽子』や『マジック・フォー・ビギナーズ』などの作品で知られるケリー・リンクの短編集。すべて童話などを下敷きにした作品になります。ケリー・リンクには「雪の女王」を下敷きにした「雪の女王と旅して」(『スペシャリストの帽子』所…

林正義『税制と経済学』

副題は「その言説に根拠はあるのか」。税制をめぐるもっともらしい言説を実際のデータで検証しようとした本になります。 冒頭はいわゆる「年収の壁」をとり上げていて非常にタイムリー。「働き控え」をしている人にはぜひ読んでほしいですし、同時にあまりに…

荻上チキ編著『選挙との対話』

2021年に行われた衆議院議員選挙、立憲民主党が共産党と選挙協力を行い自民党を追い詰めるのでは? という観測もありましたが、結果は自公の勝利に終わりました。「なぜ、野党は勝てないのか?」と思った人も多かったでしょう。 本書はそんな中で、改めて「…

角田光代訳『源氏物語3・4』

夏に1巻と2巻を読んだ角田光代訳の源氏物語。引き続いて3巻と4巻を読んでみました。 第3巻は「澪標」、「蓬生」、「関屋」、「絵合」、「松風」、「薄雲」、「朝顔」、「少女」、「玉鬘」。第4巻が「初音」、「胡蝶」、「蛍」、「常夏」、「篝火」、「野分」…

レヴィ・マクローリン『創価学会』

社会的にも政治的にも日本で最も大きな影響力を有していると思われる宗教団体の創価学会について、カナダに生まれ、現在はアメリカのノースカロライナ州立大学の哲学・宗教学部教授を務める人物が論じた本。 副題は「現代日本の模倣国家」で、創価学会をミニ…

ロス・トーマス『狂った宴』

犯罪小説の名手として知られるロス・トーマスの初期の長編。とは言っても、個人的にはロス・トーマスの作品を読むには初めてですし、あまりこの手の小説は読まないのですが、アフリカの選挙戦を扱った作品ということで読んでみました。 Amazonに載っている紹…

富永京子『「ビックリハウス」と政治関心の戦後史』

自分は1970年代半ばの生まれで、90年代の前半に明治大学に入学したのですが、入学式の日にヘルメットを被った活動家の人たちが新入生にビラを配っている光景に驚いたのを覚えています。 もうなくなったと思っていた学生運動的なものがまだ残っていたことに驚…

柴崎友香『春の庭』

芥川賞受賞作の「春の庭」他、「糸」、「見えない」、「出かける準備」を収録しています。分量的には「春の庭」が中編、他は短編という形になります。 読んでからちょっと時間が経ってしまったこともあるので、ここでは表題作の「春の庭」だけをとり上げます…

十河和貴『帝国日本の政党政治構造』

1924年の加藤高明の護憲三派内閣以降、政友会と憲政会(→民政党)が交互に政権を担当する「憲政の常道」と言われる状況が出現しますが、なぜ、このような体制が要請されたのでしょうか? そして、この政権交代の枠組みを運営したのは誰なのでしょうか?(明…

マット・ラフ『魂に秩序を』

新潮文庫最厚とも言われる1000ページ超えのレンガ本。 父は僕を呼びだした。 はじめて湖から出てきたとき、僕は26歳だった。(7p) このような意味不明な書き出しで始まる小説ですが、読んでいくとこれが多重人格者の内面を描写したものだということがわかり…

安達貴教『21世紀の市場と競争』

副題は「デジタル経済・プラットフォーム・不完全競争」、GoogleやAppleやAmazonなどの巨大企業が君臨するデジタル経済において、その状況とあるべき競争政策を経済学の観点から分析した本になります。 基本的にGoogleのような独占企業が出現すれば市場は歪…

ベン・アンセル『政治はなぜ失敗するのか』

出版社は飛鳥新社で400ページ超えの本にもかかわらず定価が2273円+税で、みすず書房とかの本を買い慣れている人には「???」という感じなのですが、決して怪しい本ではありませんし、35歳の若さでオックスフォード大学の正教授になったという著者が、現代…

角田光代訳『源氏物語1・2』

大河ドラマの「光る君へ」を見ながら、そういえば『源氏物語』をちゃんと読んだことがないなと思い、ちょうど池澤夏樹の日本文学全集に入っていた角田光代訳が文庫化されつつあったので、1巻と2巻を読んでみました(全8巻とのこと)。 今までダイジェスト的…

佐藤直子『女性公務員のリアル』

著者は首都圏政令市で公務員として勤務しながら大学院の博士課程で学んでいる人物ですが、本書は自らの経験と調査を元に「女性管理職はなぜ少ないのか」「組織の中核はなぜ男性ばかりなのか」という問題にアプローチしたものになります。 男性と女性では配属…

鈴木啓之編『ガザ紛争』

東京大学出版会の「U.P.plus」シリーズの1冊。このシリーズは現在起こっている問題に対して多数の専門家が寄稿しているムック本のようなスタイルですが、現在進行系のガザ紛争を扱うには適したメディアだと思います。 目次と寄稿者は以下の通り。 序 10.7が…