2023年の本

 今年は読むペースはまあまあだったのですが、ブログが書けなかった…。

 基本的に新刊で買った本の感想はすべてブログに書くようにしていたのですが、今年は植杉威一郎『中小企業金融の経済学』(日本BP)、川島真・小嶋華津子編『習近平の中国』(東京大学出版会)、ウィリアム・ノードハウス『グリーン経済学』(みすず書房)、リチャード・カッツ、ピーター・メア『カルテル化する政党』(勁草書房)、黒田俊雄『王法と仏法』(法蔵館文庫)といった本は読んだにもかかわらず、ブログで感想を書くことができませんでした…。

 このうち、植杉威一郎『中小企業金融の経済学』はけっこう面白かったので、どこかでメモ的なものでもいいので書いておきたいところですね。

 

 この1つの原因は、秋以降、ピケティ『資本とイデオロギー』という巨大なスケールの本を読んでいたせいですが、それだけの価値はありました。

 

 というわけで、最初に小説以外の本を読んだ順番で7冊紹介し、その後に小説から5冊紹介したいと思います。去年に引き続いて、小説も順位はつけずに読んだ順番で紹介したいと思います。

 ちなみに新書に関しては以下のブログで紹介しています。

 

blog.livedoor.jp

 

 

小説以外の本

 

玉手慎太郎『公衆衛生の倫理学

 

 

 新型コロナウイルスの感染拡大の中で、まさに本書のタイトルとなっている「公衆衛生の倫理学」が問われました。外出禁止やマスクの着用強制は正当化できるのか? 感染対策のためにどこまでプライバシーを把握・公開していいのか? など、さまざまな問題が浮上しました。

 そういった意味で本書はまさにホットなトピックを扱っているわけですが、本書の特徴は、この問題に対して、思想系の本だと必ずとり上げるであろうフーコーの「生権力」の概念を使わずに(最後に使わなかった理由も書いてある)、経済学、政治哲学よりの立場からアプローチしている点です。

 そのため、何か大きなキーワードを持ち出すのではなく、個別の問題について具体的に検討しながらそこに潜む倫理的な問題を取り出すという形で議論を進めており、しかも展開されている議論がわかりやすいのが良いところです。

 

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平野克己『人口革命 アフリカ化する人類』

 

 

 人口に関する基本的な理論を押さえつつ、それに当てはまらないアフリカの動きを分析していくことで、未来の世界を占おうというスケールの大きな本です。

 ミクロな現場を押さえつつも、スケールの大きなマクロ的な話を進めていく議論は著者ならではのもので、文句なしに面白いですね。

 なぜ、世界の多くの地域が少子化に陥る中でアフリカだけは人口の増加が止まらないのか? アフリカではなぜ一夫多妻制が根強く続いていて、それはどのような影響を与えているのか? アフリカの大地は増えていく人口を養えるか? など興味深いトピックに詰まった本です。

 

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東島雅昌『民主主義を装う権威主義

 

 

 アジア・太平洋賞大賞、日経・経済図書文化賞サントリー学芸賞(政治・経済部門)と今年の賞レースを総なめしたような本ですが、やはり面白いですね。

 「民主主義」の反対となる政治体制というと「独裁」が思い浮かびますが、近年の世界では金正恩北朝鮮のようなわかりやすい「独裁」は少なくなっています。多くの国で選挙が行われており、一応、政権交代の可能性があるかのように思えますが、実際は政権交代の可能性はほぼ潰されているような体制の国がけっこうあるのです。

 本書は、そんな国家を分析し、なぜわざわざ選挙をするのか? 選挙をするとしたらどのような選挙をするのか? どのようなときに体制は揺らぐのか? といったことを分析した本になります。

 まずは権威主義の戦略を知る面白さがありますが、同時に権威主義の戦略を知ることで「民主主義のポイント」と言ったものについても考えることができる内容になっています。

 

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岸政彦/梶谷懐編著『所有とは何か』

 

 

 

 私たちはさまざまなものを「所有」し、その権利は人権の一部(財産権)として保護されています。「所有」は資本主義のキーになる概念でもあります。

 同時に、サブスクやシェア・エコノミーの流行などに見られるように、従来の「所有」では捉えきれない現象も生まれています。

 本書は、この「所有」の問題について研究者が集まって書いた本なのですが、まずは冒頭の岸政彦とつづく小川さやかの論文で、私たちが生活していく上でかなり強い足場として認識している「所有」が、ほとんど足場になっていない社会の様子が紹介され、その後に経済学や歴史学社会学の立場から「所有」が論じられています。

 日本に住んでいると貯金通帳の残高こそがもっとも確実なものである(「老後までに2000万円貯めねば!」)と思いがちですが、これらはしっかりとした銀行制度や、それを監督する国の行政、そして通貨の安定などがあって初めて成立するものだということを教えられますね。

 

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大塚啓二郎『「革新と発展」の開発経済学

 

 

 

 長年、開発経済学の研究者として活躍てきた、著者による自らの研究の総決算的な本(ただし、本書の書きぶりをみてると「総決算」というのは早いかもしれませんが)。

 現場、実証、理論を行き来しながら、「何が農業と工業の発展の鍵なのか?」ということを探っていく本で非常に面白いです。

 近年の開発経済学というと、ノーベル経済学賞を受賞したバナジーとデュフロらが進めるRCTを使った研究がさかんですが、著者はRCTだけは国全体の経済を発展させるような理論は見いだせないと考えており、一方、FDI(海外直接投資)に関する研究の分野では、現場を知らない論文が査読で通ってしまい、その研究者が査読者になって無意味な論文が量産されていると、現場から離れてしまっている研究をコラムで手厳しく批判しています。

 総合的でありながら、同時に「熱い」本でもありますね。

 

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トマ・ピケティ『資本とイデオロギー

 

 

 読むのに3ヶ月、ブログ書くのに1月かかりましたが、格闘する価値のある本。

 現代の格差を問題にしていますが、格差縮小の処方箋を示すというよりは、格差を正当化するイデオロギーの歴史を世界的スケールで辿った本になります。

 聖職者、貴族、平民の3層構造という人類の歴史において普遍的にみられる構造から分析を始め、欧米だけではなく、インドや中国やイランやブラジルといった国々の歴史まで辿りながら、社会構造とイデオロギーの変化をみていく凄まじい力技で、そして現在の格差を作り出している財産主義イデオロギーの成立と動揺と再強化を論じています。

 有名になった「バラモン左翼」の話を始め、現代の経済や政治に対する分析も鋭いですし、歴史と社会科学に興味があり、なおかつ根気がある人はぜひ読んでみてください。

 

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横山智哉『「政治の話」とデモクラシー』

 

 

 ピケティ『資本とイデオロギー』のあとに読み終えた本で、まだ感想をかけていないのですが、これは非常に重要な問題に果敢にチャレンジした面白い本だと思います。

 よく「政治と宗教の話はタブー」と言われます。一方で、市民として政治に関心を持つことは重要だと言われ、「政治についてもっと話し合うべきだ」とも言われます。一体、われわれは政治に話をどう扱えばいいのでしょうか?

 本書は、そうした問題に対して、まずは「政治の話」がどのようなものなのかを規定し、次いで身近な人(家族や親しい友人)との会話、ミニパブリックスのようなデザインされた議論も場に分けてその効果を分析しています。

 その結果、親しい人の間では政治の話はタブーではないこと、ミニパブリックスのような場を設定すれば政治などの知識は向上するが、その効果はあまり持続しない可能性があるということなど、いくつかの興味深い知見が示されています。

 まだまだ先は長そうな研究ではありますが、面白い本だと思います。

 

 

小説

 

柴崎友香『わたしがいなかった街で』

 

 

 去年、『寝ても覚めても』を読んで、「おおっ」と思ったので、今年も柴崎友香の小説を何冊か読みますが、この『わたしがいなかった街で』も「おおっ」と思わせる小説ですね。

 前半は戦争の記憶や、遠い場所の戦場がしばしば登場し、「わたしがいなかった街で」というタイトルはそういうことなのか、と思って読み進めていくのですが、後半ではこのタイトルが別の意味をもってせり出してきます。

 柴崎友香の作品では、他にも『千の扉』が面白かったですね。

 

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ウィリアム・トレヴァー『ディンマスの子供たち』

 

 

 国書刊行会の「ウィリアム・トレヴァー・コレクション」の第4弾は、トレヴァー初期の長編になります。

 短編の名手として名高いトレヴァーですが、長編でもその辛辣な人間観察や、平凡な人間に潜む狂気を引きずり出すさまは十分に堪能できます。

 最初は「大人に絡みたがる少し頭の弱い少年」という印象のティモシー・ゲッジという少年の行動がエスカレートしていき、街を揺るがしていく様子はほとんどホラーです。

 

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パク・ソルメ『未来散歩練習』

 

 

 パク・ソルメについては、同じ白水社の〈エクス・リブリス〉シリーズから『もう死んでいる十二人の女たちと』という日本オリジナル短編集が、本書と同じ斎藤真理子の訳で出ています。

 最初は『もう死んでいる十二人の女たちと』のヒリヒリとした世界観とはまったく違って面食らうようなところもあるのですが、途中で、何度も1982年に神学生らが政権打倒と反米闘争を訴えて、一般市民とアメリカをつなぐ役割を持っていた文化学院に放火したという釜山アメリカ文化院放火事件が登場し、この事件の解釈を未来の中に探るような展開になります。不思議な読後感のある小説です。

 

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パク・ミンギュ『カステラ』

 

 

 『ピンポン』、『三美スーパースターズ』などで知られている韓国の作家パク・ミンギュの短編集で、パク・ミンギュが初めての翻訳にもなります。

 そして韓国文学を数多く紹介して1つのシーンをつくったとも言える訳者の斎藤真理子が世に出た作品でもあります。

 そして、パク・ミンギュですから当然といえば当然ですが、面白い。そして面白さの中に泣ける要素もある。高橋源一郎の『さようなら、ギャングたち』などの初期の作品に最も近いのが、このパク・ミンギュのような気がします。

 

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ルーシャス・シェパード『美しき血』

 

 

 全長1マイルにも及ぶ巨大な巨竜グリオールを舞台にしたシリーズ最後の長編にして、ルーシャス・シェパードの遺作と思われる作品になります。

 本作の主人公はリヒャルト・ロザッハーという若き医師であり、グリオールの血について研究しています。

 ロザッハーはグリオールの血から多幸感をもたらす薬を抽出することに成功しますが、その影響なのか、彼の意識は数年の時を超えてジャンプするようになります。

 主人公はいつ意識と記憶が飛ぶかわからない状況で、そういったタイムリミットを意識しながら行動しますし、目覚めるたびに新しい世界が開けていきます。

 そして、だんだんと物語は政治や宗教も含んだような形で展開していくのです。

 ジャンルとしてはファンタジーなのかもしれませんが、ガルシア=マルケスとかバルガス=リョサとかフリオ・コルタサルとかホセ・ドノソあたりのラテンアメリカ文学が好きな人なんかも楽しめるんじゃないかと思います。

 

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