2022年の本

 気がつけば今年もあと僅か。というわけで恒例の今年の本です。

 今年は小説に関しては、朝早起きしなくちゃならない日が多かったので寝る前に読めず+あんまり当たりを引けずで、ほとんど紹介できないですが、それ以外の本に関しては面白いものを読めたと思います。

 例年は小説には順位をつけているのですが、今年はつけるほど読まなかったこともあり、小説も小説以外も読んだ順で並べています。

 ちなみに2022年の新書については別ブログにまとめてあります。

 

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小説以外の本

筒井淳也『社会学

 

 

 「役に立つ/立たない」の次元で考えると、自然科学に比べて社会科学は分が悪いかもしれませんし、社会科学の中でも、さまざまなナッジを駆使する行動経済学や、あるいは政策効果を測ることのできる因果推論に比べると、社会学は「役に立たない」かもしれませんが、「それでも社会学にはどんな意味があるの?」という問題が真摯にとり上げられています。

 データによる分析が重要だとしても、「そのデータをどう切り分けられるのか?」「10年前のAについてのデータと現在のAについてのデータAは果たして同じなのか?」など、意味を理解するための試みは残り続けるのです。

 

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ジェレミー・ブレーデン/ロジャー・グッドマン『日本の私立大学はなぜ生き残るのか』

 

 

 なんとも興味を引くタイトルの本ですが、実際に非常に面白いです。

 2010年前後、日本では大学の「2018年問題」が新聞や雑誌を賑わせていました。これは2018年頃から日本の18歳人口が大きく減少し始め、それに伴って多くの私立大学が潰れるだろうという予想です。 

 ところが、2022年になっても意外に私立大学は潰れていません。もちろん、経営的に厳しいところは多いでしょうが、なんとか生き残っているのです。

 この謎に2人の外国人の社会人類学者が迫った本になります。そして、日本の非難関大学の「あるある」をフィールドワークした上で、「同族経営」という意外な答えに行き着くのです。

 

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S・C・M・ペイン『アジアの多重戦争1911-1949』

 

 

 満州事変から日中戦争、太平洋戦争という流れを「十五年戦争」というまとまったものとして捉える見方がありますが、本書は中国における1911年の清朝崩壊から1949年の中華人民共和国の成立までを一連の戦争として捉えるというダイナミックな見方を提示しています。

 一連の戦争と書きましたが、著者はこの時期の中国において、「内戦」、日本との「地域戦争」、そして太平洋戦争を含む「世界戦争」という3つの戦争が重なり合う形で進行していたとしています。

 本書を読み終えたのが2月半ばだったのですが、ウクライナに対するロシアの行動が、本書の描く日本の中国に対する行動と被って仕方がなかったです。

 満州事変で成功した日本は、「暴支膺懲」をかかげて目的もはっきりしないままに中国と全面戦争を行い、その結果は世界戦争での日本の敗北と共産党政権の誕生でした。

 クリミア併合に成功しながらも、「暴ウ膺懲」をしようとして泥沼にハマったロシアの行く末はどうなるのでしょうか…。

 

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渡辺努『物価とは何か』

 

 

 各所で話題になった本ですが、これは面白く勉強になりましたね。

 著者はまず、物価を蚊柱、個々の商品の価格を個別の蚊に例えています。個別の蚊はさまざまな動きをしますが、離れてみると一定のまとまった動きが観測できるというのです。

 本書は「個別の蚊の動きを追っても蚊柱の動きはわからない」という前提を受け入れつつ、同時にスーパーなどの商品のスキャナーデータなどミクロのデータも使いながら、「物価とは何か?」、さらには「日本の物価はなぜ上がらないのか?」という謎に挑んでいます。

 長年デフレが続いていたのに、今年になって急に「インフレだ!」と言われはじめた日本で、まさに今読むべき本となっています。

 

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岡田憲治『政治学者、PTA会長になる』

 

 

 近年、さまざまな場所で批判的に語られることが多いPTA。どんな事情があってもやらされるかもしれない恐怖の役員決め、非効率の権化のように言われてるベルマーク集めなど、PTAについてのネガティブな話を聞いたという人は多いと思います。

 本書は、政治学者である著者が他薦によってPTA会長になり、改革のために悪戦苦闘を重ねた記録になります。

 外で働いている人とPTAの常識の乖離といったものは多くの人が指摘していることではありますが、本書は、著者がその「PTAの常識」なるものがいかなる理由で生まれてきたものかを見極めようとしている点が面白いです。

 そして、著者は「PTAの常識」の改革を目指すのですが、上手くいったケース、いかなかったケースがそれぞれあり、PTAに限らず、日本の組織というものを考える上でも非常に興味深い記録になっています。

 

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オリヴィエ・ブランシャール/ダニ・ロドリック編『格差と闘え』

 

 

 2019年10月にピーターソン国債経済研究所で格差をテーマとして開かれた大規模なカンファレンスをもとにした本ですが、とにかく豪華な執筆陣でして、編者以外にも、マンキュー、サマーズ、アセモグルといった有名どころに、ピケティと共同研究を行ってきたサエズやズックマンといった人々もいます。

 そして、時代が変わったなと思うのは、「格差は是か非か」「政府の介入は是か非か」という原則論が戦わされているわけではなく、格差の是正の必要性重、政府の介入の必要性を認識を共有しつつ、「では、どのような原因があり、どのような政策対応が可能なのか?」といった点で議論が進んでいる点です。

 「住宅価格」、「教育」、「チャイナ・ショック」、「自動化」、「ジェンダー」など、さまざまな切り口で格差の問題が論じられているのも魅力です。

 

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リン・ハント『人権を創造する』

 

 

 本書は新刊ではなく、久々の重版ですけど、これも面白かったですね。

 「人権」というのは、今生きている人間にとって欠かせないものだと認識されていながら、ある時代になるまでは影も形もなかったという不思議なものです。

 人権というと、どうしても法的な議論が思い起こされますが、本書が注目するのは「共感」という感情であり、18世紀に流行した書簡体小説です。人間が他者に共感し、その身体の不可侵性などを感じるようになったからこそ、「人権」という考えが成立し得たというのです。

 政治史→文化史という流れはよく見ますが、文化史→政治史という流れを指摘しつつ、その後の人権の発展にも目を配った刺激的な本です。

 

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ケネス・盛・マッケルウェイン『日本国憲法の普遍と特異』

 

 

 「75年間、1文字も変わらなかった世界的に稀有な憲法典」

 これは、本書の帯に書かれている言葉ですが、今まで存在した成文憲法中、改正されないままに使われている長さにおいて、日本国憲法1861年に制定されイタリア憲法に続いて歴代第2位です。日本国憲法は「特異」な憲法と言えます。

 しかし、一度も改正せずに済んでいるということは、実は日本国憲法の内容が「普遍」的だったからとも言えます。

 この「特異」と「普遍」について論じたのが本書です。

 憲法は当然ながら政治にとって重要なものなのですが、憲法といえば憲法学者が論じるべきものであるというイメージが強かったかもしれません。それに対して、本書は比較政治学的なスタンスから今までになかった形で憲法に切り込んでおり、まさに新しい地平を切り開いた本と言えるのではないでしょうか。

 

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小説

 

呉明益『雨の島』

 

 

 なんとなく出る度に呉明益の本をあげている気がしますが、やはり力のある作家ですね。

 本書は連作短編ですが、後記に「ネイチャーライティング」という言葉が使われているように、自然を題材としたノンフィクション文学のような趣もあります。特に各短編の前の置かれた呉明益自身によるスケッチは美しく、生物に対する繊細な視点が感じられます。

 「雨の島」とは台湾のことであり、その山や森林、海の様子が描かれています。そして、その自然に魅せられた人間たちが描かれるのです。

 全編を通じてエコロジーではあるのですが、ぱっと思い浮かぶ「エコロジー」とは少し違った「エコロジー」が展開しています。

 

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郝景芳『流浪蒼穹

 

 

 短編「折りたたみ北京」や長編の『1984年に生まれて』で知られる郝景芳のデビュー作にして、本格的な火星SFとなっています。

 この小説を読むと、「火星=(理想的な)社会主義国会」、「地球=資本主義国家」という図式を思い浮かべると思います。

 これは間違いではなく、おそらく作者もそのようにイメージしながら書いているのでしょうが、ポイントはこの小説の主眼が2つの世界の優劣を示すことではなく、2つの世界を知ってしまった人間の寄る辺のなさを描こうとしている点です。

 この感覚は、おそらく欧米や日本に留学した中国人学生の一部などにも見られるものなのではないでしょうか?

 小説としてはやや冗長な部分もあるのですが、本書はこの感覚を非常に丁寧に描き出しています。

 

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柴崎友香寝ても覚めても

 

 

 読み始めたときは随分とちぐはぐな印象の小説だなと思いつつも、最後まで読むと「そういうことだったのか!」となる小説。

 主人公に感情移入できる人は少ないかもしれませんし、読むのがやめられなくなる小説とかではないのですが、最後のゾワゾワっとする展開はいいですね。印象に残る小説です。

 非常に緻密な描写と雑な描写が同居していて、そのちぐはぐさがずっと気になるわけですが、このちぐはぐさの理由が最後の30ページくらいで一気に明らかになります。

 

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