上川龍之進『消費税と政治』(有斐閣)

 編集部からご恵投いただきました。どうもありがとうございます。

 

 本書の序章で出される問いは、「なぜ増税、とくに消費税の増税は不人気な政策なのに、それに取り組む首相がいるのか?」というものです。

 今までのよくある問いは「日本ではなぜ財政再建が進まないのか?」ですが、「増税を嫌って減税を志向する」のは選挙で選ばれる政治家に共通した特徴であり、財政再建が進まなくても特に不思議はありません。

 逆に不人気覚悟で財政再建に取り組むのは不思議といえば不思議です(民主党政権菅直人が消費税増税をぶち上げて野田佳彦が消費税増税にこだわり続けなければもう少しなんとかなったでし)。本書が挑むのはこの謎解きです。

 

 目次は以下の通り。

序章 日本の財政赤字の謎
第1章 財政赤字財政再建政治学
第2章 財政再建の政治課題化
第3章 消費税導入への道
第4章 政権交代と消費税増税
第5章 財政構造改革とその挫折
第6章 小泉改革とその呪縛
第7章 民主党政権による消費税増税の決定
第8章 安倍一強と財務省の凋落
終章 総括と展望

 

 第1章では戦後日本の「小さな政府」志向の中で、歳出拡大の抑制と所得税の減税が行われてきたことが確認されています。そうした中で、70年代になると直接税の税収の不安定さを嫌った大蔵省が大型間接税の導入を目指すようになります。

 

 第2章は、60年代後半の財政健全化の動きから大平の一般消費税導入を目指す動きとその挫折までをとり上げています。

 大平がなぜ不人気な増税を掲げたのか? ということについては、蔵相として赤字国債を発行した贖罪意識と説明されることが多いですが、本書では79年4月の統一地方選の勝利を過信したのではないかと推理しています。選挙で自信を深めて長期政権を目指そうとした大平は、自らの田園都市構想の実現などのための財源を欲し、増税が可能だと踏んだのです。

 

 細かい部分では、78年の補正予算の際に7%成長は無理だという大倉真隆大蔵事務次官に対して宮澤喜一が「福田総理と俺がそれをやってくれと言っているんだから、おまえは何を言ってもだめだ」と一喝した(71p)というエピソードが宮澤っぽくないようで実は宮澤っぽくて面白いですね。

 

 第3章は第二臨調から竹下内閣による消費税導入まで。

 大平亡きあと「増税なき財政再建」という形で歳出の締め付けが行わたが、公共事業への締付けに耐えかねた金丸信らが大型間接税の導入に理解を示すようになります。

 中曾根内閣は売上税の導入に失敗しますが、大型間接税の導入は宿題として竹下内閣に受け継がれ、竹下内閣で消費税が導入されます。

 竹下はこの消費税の導入やリクルート事件によって大きく支持率を下げ、退陣に追い込まれますが、竹下が大蔵省との強い関係をつくって大蔵省から情報を吸い上げたことが竹下の影響力の源泉になりました。

 

 ここでは「信念の人」と見られがちなが土光敏夫について、第二臨調の会長就任を嫌がる土光に対して中曾根が「行革ができなければ法人税増税しかない」と迫り、土光は財界の面々と相談して受けることを決めたという部分も興味深いですね。「第二臨調は、中曾根の財界取り込みと財界の増税阻止という二つの思惑の産物であった」(88p)と。

 

 第4章はバブル崩壊から村山政権での消費税引き上げ決定まで。

 それまで消費税反対を掲げてきた社会党が引き上げ容認に動いた背景には「責任政党」を目指した動きがあり、消費税はその試金石だったと。

 しかし、社会党の「現実主義化」は党に壊滅状態をもたらすことになります。

 

 また、この章を読んで感じるのは、アメリカのクリントン政権からの内政干渉とも言えるような日本の財政出動に対する圧力です。

 日本のエスタブリッシュメントの間では共和党びいきが多いように感じますが、このあたりも影響しているかもしれません。ただ、これについては第2次トランプ政権を経てどうなっていくんでしょうね?

 

 第5章は橋本内閣から森内閣まで。

 橋本内閣は97年の予算で消費税増税だけでなく特別減税の廃止、医療費負担の引き上げまでやって景気を失速させますが、なぜそこまでやったのか?

 本書では「財政再建こそ正義」というマスコミの論調にその原因の一端を求めています。

 

 小渕内閣においては、官房長官として与謝野馨を引き込んで財政再建を推し進めながらも、政権中枢を外れて不良債権問題が浮上すると一転して財政再建の棚上げを主張した梶山静六が印象に残ります。これを変節と見るか、「君子豹変す」と見るかで評価は変わりそうですね。

 

 第6章は小泉内閣から麻生内閣まで。

 基本的に緊縮財政は国民から嫌われますが、小泉は歳出削減を「抵抗勢力との戦い」と印象付けることで世論からの支持を得ました。

 一方、消費税増税を封印したのはこれが世論から支持されない政策で、自分の力の基盤は世論だとわかっていたからしなかったと。

 

 第7章は民主党政権

 特に民主党のイメージも議席もすべてを使い尽くして消費税増税を決めた野田首相について詳しく書いています。菅直人野田佳彦長期金利の動きを気にしており、財政状況に危機感を持っていたのは確かなのですが、それまでの言動や、実際の行動などを見ると結果として財務省の言いなりだった印象もあります。

 それこそ野田は、八ッ場ダムなどの民主党マニフェストで掲げた大型公共事業を復活させたりしてまで消費税増税に邁進しました。これには小沢一郎に主導権を奪われないためという政局的な部分もあったでしょうが、結果として民主党を壊滅状態に追い込みました(社会党と同じ)。

 これについて著者は次のように述べています。

 

 民主党政権での消費税増税の決定は、麻生内閣で決められた日程に沿って進められたため、民主党が主体的に取り組んだというよりは、財務省の振り付けに従ったように見えた。そもそも民主党が反対票を投じた平成二十一年度改正法の附則一〇四号第一項を、民主党の代表が党の存亡をかけて守ろうとするとは、はなはだ奇妙な話である。(292p)

 

 第8章は第2次安倍政権。

 アベノミクスと言えば3本の矢ですが、本書を読むと黒田東彦財務省出身者だったゆえに金融緩和論者であると同時に財政再建論者であり、そのために金融緩和に対して予想以上に大胆であったという構図も見えてきます。

 

 終章では、今までのまとめをしながら、いわゆる「財務省支配論」についても触れています。

 確かに財務省は、本書にも描かれているように増税の必要性をマスコミや個々の議員にはたらきかけるなど、本来、政治家がやるべき領域にまで手を出しています。また、予算の査定を行う財務省には各省のさまざまな情報が集まっており、これが財務省の大きな力となっています。

 

 しかし、その力は省庁再編や金融行政の分離以来弱まっており、実際に第2次安倍政権において財務省は何度も煮え湯を飲まされました。

 ですから、「財務省支配論」というのは、ある程度はあったとしても基本的には過去の話であり、財務省が政治を動かせる余地は少なくなっていると言えます(ただし、民主党政権のように今まで政権を担当した政党が政権を握れば、財務省に頼った政権運営になる可能性はあると思う)。

 

 最後に著者は財政再建の必要性を指摘し、岸田内閣が財源を明確にしないままに防衛費倍増や異次元の少子化対策を決めたことを批判しています。

 ただし、それにもかかわらず財政状況は好転しています。これは景気の回復というよりはインフレの影響でしょうが、今年の税収が77.8兆円から80.6兆円に上振れしたというニュースを聞くと、15年前からすると考えられない税収ですし(もちろんその間に消費税増税もありましたが)、3兆円近い上振れというのも驚きです。

 やはり「デフレ脱却なしにして財政再建なし」といった安倍晋三は正しかったということだと思いますし、今後の財政再建についてもマイルドなインフレを持続させることができるかにかかったいるような気もします。

 

 テーマは消費税と財政再建ですが、ここ50年の政治史としても読めるような内容で、いろいろな発見があります。政治家や政治状況に関するエピソードの挟み方がうまいので政治好きは楽しく読めるでしょう。

 本書にはさまざまな皮肉が溢れていますが、それを通じて政治というものを改めて考えさせる内容にもなっていますね。