よりよい床屋政談のために〜2021年衆院選のためのブックガイド〜

 岸田内閣が成立し、衆議院の総選挙が10月31日に決まりました。政治好きとしては「総選挙」と聞くだけでなんとなく盛り上がってしまうのですが、ここ数回の国政選挙に関してはその結果に不満を持っている野党支持者、あるいは無党派の人も少なくないと思います。

 「なぜ自民が勝ってしまうのか?」、「毎回野党に勝ち目がなさそうなのはなぜなのか?」と思う人もいるでしょうが、その理由を何冊かの本と考えてみたいというのがこのエントリーの狙いです。

 

 まず、出発点となるのは谷口将紀現代日本の代表制民主政治』(東京大学出版会)の2pに載っているこのグラフです。

 

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 グラフのちょうど真ん中の山が有権者の左右イデオロギーの分布、少し右にある山が衆議院議員の分布、そしてその頂点より右に引かれた縦の点線が安倍首相のイデオロギー的な位置です。

 有権者イデオロギーよりも、衆議院議員イデオロギーが右側にずれており、さらに安倍元首相はかなり右寄りだったことがわかります。

 このように有権者の考えと安倍元首相の間にはかなりのズレがあったはずなのですが、それでも安倍政権は選挙に勝ち続けました。

 

 本書はここ20年ほどの日本政治を「東京大学谷口研究室・朝日新聞社共同調査」をもとに分析したもので、近年の政治を考えるための材料が詰まった本です。近年の自民党の変化、派閥の問題、民主党の立ち位置の難しさなど、本当にさまざまなことが見えてきます。

 税抜5800円という価格がネックすぎるのですが、とりあえず、本書に載っている先ほど紹介したグラフが日本の政治を考える上での1つの出発点となるでしょう。

 

 

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 次に、「自民一強」などと言いますが、これはやや不正確で、近年の自民党政権はずっと自公連立であり、公明党あっての自民党でもあります。

 ですから、与党が強い理由としては公明党というファクターも見逃せないのですが、これを説明してくれるのが中北浩爾『自公政権とは何か』(ちくま新書)です。

 

 政策距離からいうと自民と公明は決して近くはなく、むしろ民主(民進)と公明のほうが近いくらいです(2016年までの「東京大学谷口研究室・朝日新聞社共同調査」をもとにしたデータ)。

 また、1999年以来、公明党が獲得してきた閣僚ポストは常に1で、閣僚に占める割合は5%ほどですが、議席では11〜15%ほどを占めており、本来ならば2か3の閣僚ポストを獲得してもおかしくはないはずです。

 つまり、一見すると自公連立は公明党に大きなメリットがないようにも思われるのです。

 

 しかし、本書では長年の選挙協力がこの関係を支えているといいます。

 この選挙協力で思い浮かべるのは自民党小選挙区の候補者による「比例は公明」の呼びかけかもしれませんが、意外に大きいのが公明党小選挙区選出議員の存在です。

 彼らは小選挙区で勝ち上がるために自民の基盤である地元の自治会や老人会などにも食い込まねばならず、自民の連携は必須です。

 この長年の選挙における補完関係が自公連立を支え、これによって与党は選挙で勝ち続けているのです(著者は2017年の衆議院議員小選挙区において、公明党の協力がなければ自民は44〜62議席を落とした可能性があると推計している)。

 

 

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 与党の強さを認識したところで次に問題になるのが野党の弱さです。特に民主党とその後継政党は一時期は政権交代を成し遂げながらも、二大政党の一角とは言えない状態に凋落してしまいました。

 その理由としてはもちろん「民主党政権の失敗」という要素もありますが、それとともに大きいのが二大政党制の成立を難しくしている構造です。

 具体的に言えば、キメラのように複雑化した参議院選挙制度と、相変わらず大(中)選挙区制で行われている地方議会の選挙が二大政党制の確立を阻んでいるのです。

 このことについて、特に地方議会の選挙の問題を指摘したのが、砂原庸介『分裂と統合の日本政治』(千倉書房)です。

 

 自民党は特に地方におけるクライエンタリズム(恩顧主義)によって安定した地盤を築きました。有権者が政治家を支持する代わりに政治家は公共事業による利益誘導などを行うというしくみは日本の政治の一つのスタイルとなり、地方議員や首長も巻き込む形で中央政府からさまざまな利益を引き出すことが目指されたのです。

 しかし、このクライエンタリズムも90年代になるとバブルの崩壊やグローバル化などによって行き詰まり、政治の新たなスタイルが模索されます。衆議院小選挙区比例代表制が導入されて制作中心の選挙が目指され、自民党においてもクライエンタリズムを否定する小泉政権が登場しました。

 そして、クライエンタリズムではなくマニフェストというプログラムを掲げた民主党が2009年に政権交代を果たします。

  

 ところが、国政選挙においては自民党を圧倒したこともあった民主党でしたが、地方政治においてはそうはいきませんでした。地方選挙では引きつづき中選挙区制が行われ、政党ラベルよりも選挙区内での個別的な利益への志向が重視されました。これはプログラムを掲げて戦う民主党には不利です。
 また、地方分権によって力を持つことになった改革派の知事や市長が二元代表制のもとで自民党とも関係を深めていったことも民主党には不利にはたらきましたし、さらに改革派の知事や市長による新党結成の動き(例えば、大阪維新の会減税日本など)は、民主党から「改革」のラベルを奪うことになりました。

 こうして民主党は「地方」という足腰が弱い状態で選挙を戦わざるを得ず、逆風と分裂によってその力を弱めていきました。

 現在の地方議会の選挙制度がつづく限り、自民党に対抗する野党第一党は「風」次第ということが予想されるのです。

 

 

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 冒頭の谷口将紀現代日本の代表制民主政治』の紹介で、有権者が右傾化しているわけではないということを述べましたが、「若者の保守化」ついではどうでしょうか?

 実際、国政選挙において20代の若者における自民党の得票率は高く、「若者の保守化」が自民党の強さを支えているようにも見えます。

 

 この問題について答えを示してくれているのが、遠藤晶久/ウィリー・ジョウ『イデオロギーと日本政治』(新泉社)です。

 この本は、若者が維新を「革新」、共産を「保守」と位置づけていることを示したものとして有名ですが、この部分以外にも「若者の保守化」を扱った第8章の議論が非常に面白いです。

 

 まず世界価値観調査をもとに国際比較を行うと、日本の若者は特に右傾化しておらず、2010年代の若者(30代以下)の右派は10.8%と1990年代の10.3%とほとんど変わりません。一方、左派の割合を見ると、予想に反して日本の若者の左派の割合は1990年代の10.3%から2010年代の17.0%へと大きく上昇しています。むしろ若者は左傾化しているのです。

 

 しかし、実は自民党は左派からも票を得ています。日本の若者の中の右派は当然ながら自民に投票するわけですが、左派の3割ほども自民に投票すると答えており、その割合は民主党とほぼ拮抗していることです(2010年と2014年のデータが使用されている)。

 さらに日本の右派の17.5%が支持する政党がないと答えているのに対して、穏健左派では42.7%、左派では50%が支持する政党がないと答えています(224p)。つまり一般的に「左派」と考えられている政党が左派の若者の支持を集めることができていないのです。

 

 若者の選択肢は「自民か野党か」ではなく、「自民か無党派か」であり、投票行動も「自民か野党か」ではなく「自民か棄権か」になっていると考えられます。そして、これが出口調査で若者の自民の得票率が高く出て、「若者の保守化」が進んでいるように見えるからくりなのです。

 

 

 

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 ここまでけっこう難しい問題を扱っている本をとり上げており、なおかつ、それは簡単には解消できない問題でもあるので、最後にもう少し広い形で現在の日本の政治の問題にアプローチしている大山礼子『政治を再建する、いくつかの方法』(日本経済新聞出版社)を紹介します。

 現在の日本の民主政治の行き詰まりに対して、それを一新するラディカルなアイディアを出すのではなく、「まだまだ今の制度の中でも直せるところはたくさんありますよ」と多岐にわたって提言している本です。

 

 第2章の国会審議の話は著者の専門とするところでもあり面白いのですが、選挙関連の話は第3章と第4章で行われています。

 ここでは、世襲議員の多さ、女性議員の少なさなど議員の多様性のなさが指摘されていますが、その要因の1つが現職に有利なさまざまな制度です。

 戸別訪問の禁止をはじめ、日本の公職選挙法は多くの選挙運動を規制しており、著者に言わせると「公職選挙法は「べからず法」あるいは「べからず集」などとよばれるほどだが、実際に規定を読むとけっして「べからず集」ではないことがわかる。逆にすべての選挙運動を禁止したうえで、例外的に許されるものを列挙している」(115p)ものです。

 また、選挙運動期間が短いのも日本の特徴で、当初は国会議員、知事、都道県議会議員の選挙運動期間が30日、その他が20日だったにもかかわらず、現在は衆議院議員12日、参議院議員と知事が17日、都道府県と政令都市の議員が9日、一般市と特別区が7日、町村は5日となっています(119p)。

 選挙に細かい規制が多ければ多いほど、また、選挙期間が短かれば短いほど、新人が有権者にその存在を知ってもらうのは難しく、結果として現職有利になるのです。

 

 

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 日本は二院制で、衆議院選挙の結果だけで政治がすべて変わるわけでもないですし、砂原庸介『分裂と統合の日本政治』を読む限り、むしろ地方選挙での足腰こそが重要だったりもするわけですが、それでも衆議院選挙は日本でもっとも影響力のある選挙です。

 ここで紹介した本が、今回の衆議院選挙を考える上で参考になれば幸いです。