谷口将紀『現代日本の代表制民主政治』

 本書では1ページ目にいきなり下のようなグラフが掲げられており、「この図が、本書の到達点、そして出発点である」(2p)と述べられています。

 グラフのちょうど真ん中の山が有権者の左右イデオロギーの分布、少し右にある山が衆議院議員の分布、そしてその頂点より右に引かれた縦の点線が安倍首相のイデオロギー的な位置です。

 

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 これをみると、国民の代表である衆議院議員は、国民のスタンスよりもやや右に位置しており、衆議院議員から選出された安倍首相はさらに右に位置しています。

 どうしてこのようなズレがあるにもかかわらず、安倍政権は安定しているのか? それが本書が答えようとする問いです。

 

 本書は、著者と朝日新聞社衆議院選挙や参議院選挙のたびに共同で行っている「東京大学谷口研究室・朝日新聞社共同調査」をもとに、各政党、各議員のイデオロギー位置を推定し、さらに有権者への調査を重ねていくことで、「小泉以降」の日本の政治の変遷を分析しています。

 

 目次は以下の通り。

 

第1章 目的と方法

第2章 政治状況

第3章 有権者と政治家のイデオロギー

第4章 左右イデオロギー争点

第5章 経済争点

第6章 候補者の政策位置

第7章 議員・党首・内閣

第8章 有権者と政党

第9章 党首選挙と派閥

第10章 政党の戦略

第11章 結論

 

  最初にあげた図を見直すと、有権者イデオロギー位置と2017年の衆議院議員イデオロギー位置はずれています。もし、議員が有権者イデオロギーを鏡のように反映するのが理想と考えるのであれば、少し問題のある状況です。

 ただし、「代表」というのは難しい概念でもあります。自分の意思を完全に代表しているような人物に投票した経験のある人は少ないでしょう。有権者はあくまで立候補者の中から一番良いと思う人物を選ぶことしかできません。

 

 こうした中で、現代の政治学では次の4つの代表観が提示されています。

 1つ目は「約束的代表」で、代表を代理人とみなし、選挙の時点で有権者と政治家の乖離が小さいほど望ましいと考えるものです。

 2つ目は「予測的代表」で、有権者は前回の選挙から今までの政治家の業績が自分自身の利益にかなっているかどうかを判断するので、政治家はこれを見越して次の選挙までに有権者が満足するように行動すると考えるものです。

 3つ目は「独楽(こま)的代表」で、政治家は自らの信念や所属政党の綱領からブレずに行動し、有権者はこの政治家の軸を見て、自らの利益と近いかどうかを判断します。

 4つ目は「代用的代表」で、個々の選挙区よりも議会全体として多種多様な選好(例えば性的マイノリティやエスニックなど)が代表されているかどうかを重視し、議会の決定において各利益が熟考されているかどうかをポイントにします。

 このうち、冒頭の図からは、1つ目の「約束的代表」が成り立ってないのは明らかです。そこで、本書は残り3つの代表観を中心に検討がなされています。

 

 こうした問題設定を受けて、第2章では2003年〜2019年の政治状況が概観されています。

 2005年の衆院選からは、有権者がどのように判断を変えたのかがわかるデータも載っています。2005年の衆院選では2004年の参院選民主党の投票した有権者のなかから一定数が自民党に投票先を変えていますし(35p図2−3)、2007年の参院選では2終刊前に自民支持だった有権者の一定数が直前で民主党に投票先を変更していることがわかります(36p図2−4)、この自民から民主への流出は2009年の衆院選でも確認できます(37p図2−5)。

 2010年の参院選では、直前に菅直人首相が消費税の10%へのアップを打ち出しましたが、本書の39p図2−6を見ると、特に1人区において自民候補が消費税アップに反対する有権者の支持を集めていたことがわかります。消費税アップに対する批判票が一人区では自民に集まってしまったのです。菅首相の動きはやはり大きな失策であったことがうかがえます。

 

 2012年の選挙では前回民主党を支持した層のかなりの部分が、自民党、あるいは維新やみんなの党といった第三極に流出し民主党は大敗。自民党が政権に復帰し第2次安倍内閣が成立しました。

 2016年の参院選では野党共闘が実現し、野党は1人区で11議席を獲得しましたが、42p図2−8を見ると、共産党候補の民進党への感情温度は上がったものの、民進党候補の共産党への感情温度はそれほど上がっておらず、野党共闘が難しいこともわかります。

 そこで、というわけかどうかはわかりませんが、2017年の衆院選の直前に小池百合子を党首として希望の党が結成されますが、結党から排除されて勢力が立憲民主党を結成するなどして、分裂、失速します。

 43p図2−9を見ると、憲法改正に消極的な有権者立憲民主党に投票しており、分裂劇によって野党第一党はやや「左」に寄りました。

 また、「長い目で見ると「何党寄り」か」との質問に対しては、09年の政権交代時であっても自民が一番支持を集めており、「長期的党派性」からは一貫して自民が強かったこともわかります(45p図2−10参照)。

 

 第3章では有権者イデオロギーを推定する方法と、実際のイデオロギー位置を紹介しています。

 この左右のイデオロギーに関しては、若者の間では「保守」と「革新」のねじれているという遠藤晶久/ウィリー・ジョウ『イデオロギーと日本政治』の指摘などもあり、なかなか難しい問題も抱えているのですが、本書では自己申告ではなく、さまざまな質問に対する有権者のデータと政治家のデータを重ねて分析することで、イデオロギー位置を推定しています。このあたりの詳しい方法論については解説する能力がないので本書を読んでみてください。

 

 分析の結果、日本において左右イデオロギーの識別力が高い質問は、「憲法改正」、「自衛隊の意義と役割を加憲」、「原発再稼働」、「防衛力強化」といった項目です。経済面では「経済競争力優先/格差是正優先」にはそれなりの識別能力がありますが、「小さな政府」という項目の識別力は低いです(58p表3−1参照)。

 一般的に「右」の立場と新自由主義が結びつくように思えますが、「むしろ左寄りの方が相対的に累積債務問題への危機感が強く、景気対策のための財政出動や雇用確保のための公共事業に慎重であるなど、論理一貫性を欠いている部分がある」(57−58p)のです。

 

 61p図3−2では冒頭の図の衆議院議員小選挙区当選者と比例代表当選者に分解していますが、これをみると比例代表制のほうが分布の幅が広く、特に左側に小さな山(共産党の議員のもの)が出現しています。比例代表選出議員をみても、自民党議員は有権者よりも右、立憲民主党議員や共産党議員は有権者よりも左になっており、「代用的代表」とは少し違う形になっています。

 62p図3−3では衆議院議員参議院議員の左右イデオロギーが表示されていますが、参議院議員の方が衆議院議員よりも左寄りで、有権者の分布に近いです。これは自民党の議員の割合が衆議院よりも低いことと、設問の違いなどが影響していると考えられます。

 

 次に政党別に左右イデオロギーの分布を見ていくと、自民党に投票した有権者は中道のあたりに頂点があり、そこから左よりも右に裾が広がっています。自民党の議員は中道よりも右に大きな山があり、安倍首相はその山よりも右に位置します(64p図3−4参照)。

 一方、民主党系では、立憲民主党の議員は明らかに左によった山となっています。それに対して立憲民主に投票した有権者の山はもう少し中道に寄っており、自民にしろ立憲民主にしろ有権者よりも議員たちは左右にずれています。枝野代表は立憲民主の議員の中では右、そして希望の党の党首だった小池都知事の位置は(2014年の調査)、かなりの右寄りで、希望の党の議員や希望の党に投票した有権者ともずれています(65p図3−5参照)。これを見ると、民進党の分裂や希望の党の瓦解は仕方のない現象にも見えてきます。

 その他、本章では公明党共産党日本維新の会についても分析がなされています。

 

 さらに本章ではイデオロギー位置の推移も追っています。

 09年の総選挙では民主党が圧勝したために衆議院議員イデオロギー位置は大きく左にシフトしました。しかし、12年の総選挙では自民党が圧勝したために今度は衆議院議員の位置は大きく右にシフトしています。そして、注目すべきは有権者イデオロギー位置は中道からほとんど変化していない点です。

 73p図3−10の「自民党投票者・当選者の左右尺度値推移」を見ても、05年に比べて09年、12年と自民党の右傾化が進んだのに対して、投票者のイデオロギーはほとんど変化していません。

 一方、民主党に関しては、09年から12年、14年と投票者が左に動いていることがわかります(74p図3−11参照)。民主党が中道〜穏健右派の票を失ったことが見て取れます。

 この他、公明党共産党日本維新の会についても分析がなされています。維新は12年の段階では「右」ですが、次世代の党が分離した14年には中道に近い位置になっています。

 

 本章の最後では、安倍首相の周辺が言ったとされる「日本人は右が3割、左が2割、中道5割」という言葉から、左の2割を固めて中道の2割ほどを取れば政権交代が可能か? ということを分析しています。しかし、本書の分析では中道のマジョリティは棄権層であり、政党でいえば自民が第一党です(82p図3−15参照)。このため政権交代には中道右派の切り崩し、または彼らを棄権させることが必要になります

 また、若者の「右傾化」についても触れられています。確かに84p図3−16を見ると14年、17年の調査ではやや「右傾化」しているともとれますが、しかし、外交・安全保障や治安に関しては保守的ながらも、同性婚夫婦別姓に関してはリベラルな面も見られ、「脱イデオロギー化」という見方が当てはまるとも言えます。

 

 第4章では各争点を見ています。とり上げられているのは、「憲法」、「外交・安全保障」、「原発・エネルギー」、「社会問題」の4分野です。すべてを見ていくと大変なので、ここでは興味を引いたいくつかの点だけをあげます。

 まず、「憲法」ですが、憲法改正に関して有権者自民党公明党民主党のどの議員よりも消極的です(90p図4−2)。また、自民支持者に限って見ても自民党議員との距離がかなりあります(93p図4−4)。

 「社会問題」の分野で興味深いのが、「道徳教育に対する賛否」「家族の形」「夫婦別姓」などの項目で民主党議員と公明党議員のポジションが近いことです。一方、自民と公明の距離は大きく、自公連立が政策距離とは別の要因で成り立っていることがうかがえます。

 

 第5章では経済争点が分析されています。欧米諸国などでは左右の対立が「大きな政府」と「小さな対立」と重なることが多いですが、日本では自民党が「大きな政府」を志向しているような政策をとっていたこともあり、この軸に関してはそれほどはっきりしていなかったと言っていいでしょう。

 確かに、129p図5−2の「小さな政府に対する賛否」を見ても、05年にかなり「小さな政府」に寄った自民党議員は09年になると、かなり「大きな政府」方向に動いています(いずれの時期も民主党議員のほうが「大きな政府」寄りではありますが)。さらに「終身雇用制度に対する賛否」においても05年には反対気味だった自民党議員は、09年には賛成寄りへと動いています(131p図5−4)。

 「財政出動に関する賛否」でも、有権者の賛否が比較的安定しているに対して、自民・公明の議員の賛否は05年の反対から09年の酸性へと大きく動いています。

 もちろん、経済政策は経済状況によって変化して当然ではありますが、日本の政党に関しては経済政策に関してはイデオロギー的な一貫性は弱いと考えられます。

 

 長期的な分析でも2003〜09年頃までは新自由主義社会民主主義の対立軸が現れるものの、それ以降に関しては経済的な対立軸が見出しにくくなっています。

 なお、有権者の政策位置に近いのは民主党ですが、選挙の結果を見ると、有権者は政策の近さで投票しているとは言えない形になっています。

 

 第6章では候補者ごとの政策位置が分析されています。同じ自民党内でも候補者によってそのイデオロギー位置には差があり、場合によっては変化します。

 この章に関しては、結論の知見をいくつか紹介するにとどめますが、面白い部分もあります。

 まず、都市部の選挙区の候補者ほど左右イデオロギーが右寄りになりやすく、競争が激しい選挙区ほどこの傾向が見られます。経済イデオロギーにおいても都市部の候補者ほど新自由主義/小さな政府志向になりやすく、競争が激しい選挙区ほどこの傾向が顕著です。また、05年から09年にかけて自民党は右寄りにシフトしましたが、その中で党内左派から右派に転じた候補は他の候補に比べて大きく得票率を減少させました。

 こうした分析結果を見ると、「右傾化」「新自由主義」が議員に一種のラディカルさの証として認識されているのかな? とも感じます。得票率の現象も右傾化したから得票が減ったというよりは選挙が厳しいから右傾化して活路を見出そうとしたのだと考えられます。

 

 第7章では、党首と議員、そして大臣に関して分析されています。

 174〜178pの表7−1〜表7−7を見ると、安倍晋三憲法改正や防衛力強化などではかなり一貫した態度が見られるものの、内政ではゆらぎがあり、特に「財政再建より財政出動」では03年「やや賛成」→05年「やや反対」→09年「賛成」と揺らいでいます。

 たたし、こうしたゆらぎに関して民主党の党首だった菅直人小沢一郎などにも見られるもので、特に前原誠司は「先制攻撃」に関して、09年は「賛成」、12年は「反対」とその立場を大きく転換させています。一方、岡田克也野田佳彦は「財政再建より財政出動」に対して09年こそ「中立」としているものの、他は一貫して「反対」、あるいは「やや反対」でなかなか筋金入りの財政再建論者だとわかります。

 そんな中で、全政策に関してかなり一貫した態度を示しているのが枝野幸男で、外交・安全保障、内政ともブレがありません。「財政再建より財政出動」の項目に関して05年と09年で同じ答えを返しているのは枝野幸男のみです(ちなみに答えは「反対」。17年で「中立」に転じている)。

 言うまでもないですが、共産党志位和夫憲法・外交・安保に関してはゆらぎがありません。一方、公明党にはこの分野でもゆらぎが見られます。

 

 政党内における党首のイデオロギー的な位置ですが、自民党では、第1次安倍以降、歴代の党首は福田康夫を除いて、党内の右派的な立場から出ています(180p図7−1、本書の分析では谷垣禎一も党内左派ではない)。

 一方、民主党には振り子的な減少も見られ、左派的な岡田→右派的な前原→中央値に近い小沢・鳩山→左派的な菅→右派的な野田→中央値に近い海江田といった具合に、党首交代がイデオロギー的な位置変更を伴っているようにも見えます(181p図7−2)。

 

 大臣に関しては、第1次安倍内閣はそれまでの小泉内閣に比べて閣僚のイデオロギーのばらつきが小さく、イデオロギーから見ても「お友達内閣」の傾向を観察することができます。第2次安倍内閣においても、安倍首相に近い位置からの起用が目立っています。第2次安倍内閣のキーパーソンとして「3A1S(安倍・麻生・甘利・菅)」ということが言われましたが、2014年に麻生と菅の位置が離れたときも甘利は安倍のポジションと近く、甘利がバランサーになっていたことがうかがえます(187p)。

 

 第8章では有権者と政党の関係を検討しています。

 最初に示した図からもわかるように有権者イデオロギー分布と衆議院議員イデオロギー分布はズレています。そこで本章の分析では、まず、有権者に政治について自分は知っている方かどうかを尋ね、そこで「よく知っている」「どちらかと言えばよく知っている」と答えた有権者を「洗練された有権者」として取り出します。そうすると、イデオロギーの山はやや右に寄ります。その山に比例代表で選出された衆議院議員イデオロギー分布を重ねると、かなり似た形になります。

 こうなると、野党支持者からは「有権者の知識不足と小選挙区制が選挙結果を歪めているのだ!」との声があがりそうですが、「洗練された有権者」のほうが「洗練されていない有権者」よりも右に寄っていることに注意が必要です。

 

 さらに本章で注目したいのは、自民党民主党のちょうど中間に位置する無党派の人はどこに投票するのか? という分析です。単純にイデオロギーの近さを重視しているのであれば、自民と民主に投票する確率は半々になるはずです。

 ところが、09年では自民党に投票する割合が2割台だった一方、17年は6割台になっています(199p図8−5、8−6参照)。つまり09年は自民に「ハンデ」がありましたが、17年には「下駄」を履いているような状態となっています。

 

 ここでポイントになるのが政党に対する「信用度」です。本書の調査では有権者に自分が重視する政策についてどの政党が最も上手くハンドリングできそうかということを聞いていますが、これを自民党と応える有権者は、自民党イデオロギー位置が多少離れていても自民党に投票する傾向があります。

 またイデオロギー位置が自民党に近くない人でも、「財政・金融」、「教育・子育て」、「年金・医療」などの分野について、自民が上手くやると考えており、自民党はこうした分野を重視する有権者の支持を獲得していると考えられます(203p図8−8参照)。

 「自民党は左右イデオロギーの主な構成要素ではない争点に関する政策信用度を以て、幅広い支持を調達しているという構図が浮かび上がる」(203p)のです。

 

 第9章では党首選挙と派閥が分析されています。本章の冒頭にあげられているのは自民党内の「疑似」政権交代論であり、現在においてこの「疑似」政権交代論が成り立つのかということを分析しています。

 マスコミや識者の中には、自民党の「リベラル」な流れとして、池田勇人大平正芳宮沢喜一宏池会を持ち上げる向きもあります。ただし、そもそも小泉首相以降、派閥の長として首相になったのは当時は弱小派閥の為公会を率いていた麻生太郎のみですし、実は宏池会の流れをくむ麻生太郎自民党議員の中でも突出して右に位置する政治家で、「大宏池会」が成立したとして、「疑似」政権交代がなされるのかというと本書の分析からは疑問符が付きます。

 

 実際、派閥自体に関しても以前のイメージとは異なってきた様子が225pの図9−21からはうかがえます。03年には最右翼にいた志帥会郵政民営化法案で平沼赳夫亀井静香が受け、二階派となってからは特にイデオロギー的な特徴は薄れましたし、03年には最左翼にいた大勇会河野洋平のグループ)は、麻生太郎がリーダーとなり、為公会志公会となっていく中で、そのポジションを右寄りに変えてきました。

 各派閥の特徴はやや右傾化しながら収斂しつつあります。

 

 この他、本章で興味深いのは分裂劇の中身を分析している点です。例えば、郵政民営化のときの反対に回った議員と「刺客」議員の間には明らかな経済イデオロギーの差がありました(228p図9−24)。一方、2012年の民主党の分裂劇では民主党と分裂した日本未来の党の間に左右イデオロギーの差はほとんどありません(239p図9−25)。

 2014年、日本維新の会は維新の党と次世代の党に分裂しますが、これは両者の左右イデオロギーの違いを見れば分裂は必然だとわかります(230p図9−26)。また、2017年の民進党の分裂も、希望の党立憲民主党の左右イデオロギーの違いを見れば、やはりそれなりの考えの違いはあったと見るべきでしょう(231p図9−27)。

 

 第10章では政党の戦略が分析されていますが、ここで力を入れて分析されているのが民主党の「左傾化」です。

 民主党は2012年の衆院選で大敗した後に、イデオロギー位置をやや左に移動させました。これは単に左派の議員が生き残ったというわけではなく、今まで右寄りだった議員も立ち位置をやや左にシフトさせたことで起こっています。

 241p図10−5に民主党に対する感情温度の変化が載っていますが、これを見ると中道〜右派における感情温度の低下が起こっているとともに、もっとも左の部分でも感情温度の低下が顕著に起こっています。民主党は中道の票を日本維新の会などによって侵食されるとともに、左の票も共産党に侵食されたと見られます。この共産党による切り崩しを防止するために左に寄ったというのが本書の分析です。

 しかし、左を固めれば政権交代に近づくというのは疑問符の戦略であり、09年から急落した「政権担当能力」に関する評価を引き上げることが必要になってくると見られます。

 

 と、個人的に興味を引いたところを中心にまとめてみましたが、最初にあげた4つの代表観が成り立っているか否かに関してはほとんど触れていませんでしたね。最後まで書いて気づきました。結論としては、どれも成り立っているとは言い難いとなっていますが、詳しい議論については、ぜひ本書をあたってみていください。

 このように、著者の問題設定から少しズレてしまっているまとめになってしまいますたが、非常に面白いネタが詰まっていることはわかっていただけたのではないかと思います。

 

 個人的に印象に残ったのは、日本政治における経済政策のイデオロギーの弱さ。

 「左寄りの方が累積債務問題への危機感が強く、景気対策のための財政出動や雇用確保のための公共事業に慎重」という知見と、日本では「小さな政府」を支持するかという項目のイデオロギー識別能力が非常に低いという知見を紹介しましたが、日本では、右寄りの人ほど「公共事業による雇用確保」に賛成となっており、欧米の標準から見るとねじれた関係になっています。

 これは経済政策が「従来の自民党政治に賛成か否か」という次元で決まっており、特にイデオロギー的な背景がなかったということなのでしょう。そして、この経済政策の対立軸がはっきりしないところが民主党とその後継政党の苦戦にもつながっているのではないかと思いました(「反自民」の経済政策では自民が適切な経済政策をすれば終わってしまう)。

 

 日本における政治家と有権者、政治家と政治家は「義理人情」のようなものでつながっていると話もあながち間違いではないかもしれませんが、やはりマクロ的なデータを取ると見えてくる風景、そして変化があります。

 「00年代の激しい政治の動きが10年代になって奇妙な安定を見せているのはなぜか?」、「なぜ安倍政権はこんなに続いているのか?」、「なぜ野党はまとまれないのか?」など、ここ20年ほどの政治に関して、多くの人がさまざまな疑問を持っていることと思います。

 本書は上記の問いにずばり答えるようなものではありませんが、間違いなく問題を考える足がかりを与えてくれます。政治に興味がある人には是非一読を勧めたい本です。

 

 ただし、税抜5800円という価格はやはり高い。著者が「あとがき」で「図表をふんだんに用いた本書は、出版社にとっては採算が取れる見込みが薄く、ご購入いただいた方には高い定価で負担を掛け、著者自身も大幅赤字と、三方一両損であるにもかかわらず」(312p)と書いているので、このような指摘をするのは心苦しいのですが、5000円を超える価格では読む読者が限られてしまうと思う。

 出版の内情には詳しくないので、本のコストに関してはわからないのですが、ソフトカバーにするなり、紙質を落とすなりしてもう少し価格を下げられなかったものかとは思います。

 もっとも、自分にとっては税込み6000円超えでも十分にもとが取れたと感じられる本でしたし、幅広く読まれてほしい本です。

 

 *この手のイデオロギー分析の本を読んだことがない人は、途中で紹介した遠藤晶久/ウィリー・ジョウ『イデオロギーと日本政治』が税抜2800円と本書の半額以下なので、そちらを読んで面白いと感じたら本書を購入してみてもいいかもしれません(もちろん図書館で借りるのもありですが、本書は手元においておくと便利じゃないかと思う)。

 

 

 

 

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