濱本真輔『現代日本の政党政治』

 1994年の衆議院選挙制度改革が行われて以降、05年の郵政解散や09年の民主党による政権交代など、この改革の影響の大きさを感じさせる出来事もありましたが、一方で現状を見ると相変わらず自民党が盤石の強さを示し、野党は分裂しています。

 小選挙区比例代表並立制の導入は、政権交代を視野に入れた二大政党の争いをもたらすと考えられていましたが、その予想は一時的には実現しましたが、現在はまた外れつつあります。

 この本はこうした現状について、小選挙区比例代表並立制には複数の均衡があるのではないかという見取り図を示しています。つまり二大政党が凝集力をもつシナリオがある一方で、政党が凝集力を弱め政党間移動を繰り返すようなシナリオもあるというのです。

 

 この本ではそうした選挙制度改革以降の動きを、議員行動から政党組織の動きまでさまざまなレベルで見ていくことで、実際にどんな変化が議員と政党にあったのか見極めようとしています。

 さまざまなデータを扱っているために、その論証に説得力のある部分とない部分がありますし、さまざまな手法が用いられているがゆえに、やや全体の構成が見えにくいところもあるのですが、選挙制度改革以降の政治を見ていく上で重要な知見を提供してくれていますし、地方紙を使った動静分析など方法論的にも面白いものを含んでいます。

 

 目次は以下の通り。

序 章 本書の目的
第1部 文脈と理論
第1章 選挙制度改革と現代日本政党政治
第2章 議員,政党組織,政党政治
第2部 制度と環境
第3章 小選挙区比例代表並立制の定着
第4章 政党中心の選挙環境への変容
第3部 議員行動
第5章 個人中心の選挙区活動,選挙運動の持続
第6章 族議員の変容
第4部 政党組織,政党政治
第7章 分権的政党内制度の変容と持続
第8章 事後調整型政党政治の持続
第9章 執行部主導型党内政治への変容
終 章 選挙制度改革は何をもたらしたのか

 

 博論をもとにした単著であるために先行研究の整理なども丁寧に行われていますが、この本の見取り図に関して第2章の5節「政党政治選挙制度」で示されています。

 拘束名簿式の比例代表制でない限り、有権者が投票する際に重視するポイントは、候補者個人の資質と政党ラベルだと考えられます。政党よりも人物を重視する有権者もいれば、とりあえず自分の支持する政党の候補であればほぼ無条件で投票する有権者もいるでしょう。

 

 裏を返すと、候補者にとっても個人を押し出すか政党ラベルを押し出すかというのは一つのポイントです。09年の総選挙において民主党の候補者は「民主党」というラベルを押し出せば勝利に近づきましたが、12年の総選挙では逆に「民主党」というラベルがマイナスにはたらいていたかもしれません。

 中選挙区制では同一政党からの立候補があったために候補者は「個人」を押し出して戦いましたが、小選挙区比例代表並立制のもとでは一つの政党から一人の候補者しか立たないために、かつてよりも政党ラベルが重要になります。しかし、先程述べた12年の民主党候補のように政党ラベルよりも「個人」を押し出したほうが勝てる確率が上がるのではないかと考えられるようなケースも存在します。

 

 そこで著者は小選挙区比例代表並立制の帰結は政党ラベルが正の場合と負の場合で異なるだろうと考えます。政党ラベルが正の場合において執行部の権限が強化されれば、政党内部で集権的な一体性が確保され、造反や政党間移動は抑制されますが、政党ラベルが負の場合いおいて執行部の権限が強化されれば、造反や政党間移動を促進させるでしょう。また、政党ラベルが正の場合であれ負の場合であれ、執行部が権限強化を回避すれば、造反や政党間移動は抑制されるものの、政党は分権的な状態となります(72-73pの図2-2参照)。

 つまり、小選挙区比例代表並立制には3つの帰結(均衡)が存在するというのです。

 基本的に小選挙区制のもとでは、執行部の権限は強化され、政党の一体性が増し、造反や政党間移動が減ると考えられてきましたが、そうではないシナリオもあるのです。

 

 こうした見取り図を示した上で、第3章では選挙制度改革が議員の中でどれだけ定着しているか(小選挙区比例代表並立制がどれだけ受け入れられているか)ということを探っています。

 ここでは基本的に小選挙区比例代表並立制が定着の傾向にあるという知見が示されているのですが、データは1995年〜2003年のものしかなく、やや疑問が残ります。

 小選挙区の威力を見せつけた05年と09年の総選挙後のデータがやはり欲しいところです。

 

 第4章では、中選挙区制時代にも見られたスウィング(過去の選挙に比べてどれだけ得票が変動したかを見る指標)が小選挙区比例代表並立制導入以後にどう変わったが分析されています。

 中選挙区制時代の1980年から93年までの現職再選率が0.85であるのに対して、選挙制度改革後の96〜05年までの再選率は0.80であり、実は現職の再選率自体はあまり変化していません。しかし、スウィングの影響力は高まっています(105p)。政治家の当落は所属政党の浮沈により影響されるようになっているのです。

 

 また、政治家の個人後援会はいまだに欠かせない存在であるものの、後援会は縮小しつつありますし、後援会の選挙活動に接触した有権者、政党の後援会票依存度のいずれも低下しつつあり(110pの表4-4参照)、また、利益団体の活動も鈍っています。

 こうした中で、有権者は投票において候補者個人よりも政党を重視するようになっており(115p図4-4参照)、相対的に政党ラベルの重要性が高まっていることがうかがえます。

 なお、この章では有権者が地元利益志向で選んでいるか、国性志向で選んでいるかというデータも載せていますが(116p図4-5)、これも96年までのデータであるところが残念なところです。

 

 第5章と第6章では議員行動の変化が分析されているのですが、分析手法として地方紙に載っている議員の動静記事を利用するというユニークなものとなっています。

 選挙制度改革後に議員の行動が変化したかどうかを調べるには、例えば政治家に直接聞いてみたり、新聞の政治部の記者などに聞いてみるという手がありますが、いずれも定量的なデータにはなりにくいものです。

 このデータをこの本では地方紙の動静記事によって確保しようとしています。地方紙の中には地元選出議員のスケジュールを記載しているものがあり、特に『茨城新聞』、『福島民友』、『日本海新聞』(鳥取)の3紙は詳細なスケジュールが記載されているのです。

 

 まず、第5章では上記の3紙以外のものも加え、9紙9県の地方紙をもとに、議員の選挙区活動がいかに変化したかを探ろうとしています。

 134pの図5-2を見ると、80年代後半〜90年代前半までは自民の4回以上当選の議員はあまり選挙区での活動をしていなかったのですが、選挙制度改革以後、徐々に増え、現在では自民の当選3回以下、非自民の当選3回以下と当選4回以上とそれほど変わらない活動量になっています。以前よりもベテラン議員が選挙区活動に積極的になっている様子が窺えるのです。

 さらに、09年、12年、14年と3つの総選挙において候補者がどんな点に重点を置いて選挙運動を展開したかも分析しています(141p表5-2、5-3参照)。例えば、民主党の議員は09年の総選挙において41.5%が政権担当能力を重視し17.7%が個人の業績や資質を重視したのに対し、12年の総選挙では政権担当能力を重視したのは7.2%に激減し、個人の業績や資質を重視した割合が32.1%に増加しています。小選挙区になっても、政党ラベルが不利になれば個人本位の選挙が志向されるのです。

 

 第6章は族議員の変化について。ここでも地方紙の動静記事を利用しながら議員がどんな団体と接触したのかを分析しています。

 事例としてとり上げられているのは、中村喜四郎丹羽雄哉根本匠佐藤剛男吉野正芳の5人。中村と丹羽は70年代に初当選した議員、根本、佐藤、吉野は90年代以降に初当選した議員になります(根本と佐藤は93年に初当選、吉野は2000年に初当選)。

 中村と丹羽はともに中選挙区時代は旧茨城3区選出の議員なのですが、部会参加状況を見ると、中村が建設部会、丹羽が社会部会と棲み分けていることがわかります(159pの表6-3と161pの表6-4参照)。両者はいわゆる族議員としてのキャリアを積んでいたのです。

 一方、根本、佐藤、吉野の部会参加状況を見ると、根本こそ農林部会、社会部会、建設部会にやや偏っているものの、佐藤と吉野はかなり万遍なくさまざまな部会に参加しています(162p表6-5、163p表6-6、165p表6-7参照)。 

 議員ごとの棲み分けはなくなり、できるだけ広範な利益を代表しようとする姿勢が窺えます。

 

  第7章は選挙制度改革以降の自民党の党内改革が分析されています。

 中選挙区制のもとでは派閥が力を持ち分権的な性格が強かった自民党ですが、近年、「安倍一強」が言われるように集権化が進んでいると考えられます。

 ただし、集権化がスムーズに進んでいるかというと、そうではありません。例えば、小泉政権郵政民営化法案で総務会の事前審査制を突破しましたが、その後それは制度化されないままに終わっています。

 一方、首相の人事権や選挙における公募制などの面では改革が進んでおり、集権化も進んでいるといえるでしょう。

 著者は選挙制度改革の政党組織に対する規定力は限定的であり、候補者の公認過程などは大きく変化させたが、政策決定過程はそれほど変化を受けなかったと見ています(206p)。

 

 第8章はやや雑多な内容なのですが、マニフェストを議員がどう見ているのか?

マニフェストは議員の間で事前に調整されているのか? それとも、党議拘束という事後の調整が未だに重きをなしているのか? といったことを分析しています。

 ここで目を引くのが223pの表8-6「公約を遵守すべきかどうか」という問に対する、自民党候補と民主党候補の違い。候補者ベースで自民党候補は「公約を必ず守るべきだ」69.0%、「柔軟に対応すべきだ」31.0%に対して、民主党候補は「公約を必ず守るべきだ」37.0%、「柔軟に対応すべきだ」63.0%。

 ここから著者は「自民党では公約の拘束力を強く認識し、一貫した行動をとるべきとの認識がうかがえた」(223p)と述べていますが、これはこの調査が2012年に行われたということがほぼ全てなような気がします。09年のマニフェスト選挙とその後の失敗からくる反動ではないでしょうか。

 このように2012年という年のデータだけではマニフェストに対する態度はなんとも言えない気もしますが、224pの表8-7で紹介されている「党議拘束に対する態度」での自民の党議拘束受容の傾向と民主における低さは、両党の一体性や凝集性を見るときの1つのポイントとなるでしょう。

 

 第9章では首相の人事権について分析しています。

 小泉政権以降、派閥均衡人事が崩れ抜擢人事が増えています。また、閣僚ポストにおいて主流派に対する優遇、反主流派に対する冷遇の傾向も窺えます(244p表9-1参照)。また、この章では造反が人事にいかなる影響を与えているかということも分析されています。

 

 終章ではまとめが書かれていますが、ここで興味深いのが野党第一党に対する分析。これまでの章では自民党に対する分析がメインでしたが、ここでは野党第一党がなかなか安定しない要因について言及しています。

 まず、野党は合併によって誕生したり勢力を広げており、もともとの凝集性が低いです。党議拘束に従うことを当然としない議員も多く、党への忠誠心は高いとはいえません。

 政党ラベルの効果が高い時はそれでも一体性を保っていますが、政党ラベルの効果が低くなると、党首交代によって政党ラベルの改善を図ろうとします。民主党民進党)は1998年から2018年まで15回も党首選を行っています(265p、2018年の国民民主党の代表選もカウントしているのかな?)

 それでいながら、民主党自民党よりも集権的な意思決定を志向しています。凝集性が低い中での規律の強化は政党を維持する上でコストの高いやり方であり、これが造反や離党を誘発したとも考えられます(ここから考えると、立憲民主党の合併はしないという路線も凝集性を維持するという観点からひとつの進むべき道だということになる)。

 

 このように選挙制度改革以後の政党と議員の行動を考える上で興味深い知見を教えてくれる本だと思います。

 特に地方紙を使った議員行動の分析は方法としても面白く、「データ化しにくいものをデータ化する」方法を教えてくれています。

 さまざまなアプローチやデータがとり上げられている分、中心的なテーマがやや見えにくくなっているようにも感じ、データが上手く揃ってない部分などを切ってしまったほうが一般の読者には論旨が追いやすかったかもしれませんとは思いましたが、現在とこれからの日本の政党政治を考えていく上で重要な分析を行っている本だと思います。