遠藤晶久/ウィリー・ジョウ『イデオロギーと日本政治』

 まず、この本のインパクトは帯にも書かれている、「維新は「革新」、共産は「保守」」という部分だと思います。

 若年層に政党を「保守」、「革新」の軸で分類されると、日本維新の会を最も「革新」と位置づけるというのです。そして、以下のグラフ(134p図5.1)から読み取れるように、20代が無知だからというのではなく、20〜40代に見られる現象なのです。

 

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 本書は、さまざまなサーベイなどを通じて現在の日本の有権者の政治意識を明らかにしようとした本です。ソ連の崩壊や社会党の退潮、小選挙区比例代表並立制の導入と新進党民主党といった野党の誕生の中でも、政治を語る言葉はそれほど変化しませんでしたが、冒頭にもあげた「保守/革新」の変容などをサーベイによって示すことで、若い世代に起きている政治認識の変化を浮き彫りにしています。

 さらに都知事選に出馬した田母神俊雄の支持層から分析した日本の極右層の姿や、若者の「自民支持」のからくりなど、いくつかの興味深い知見が明らかになっています。

 

 目次は以下の通り。

序章 はじめに
第1章 有権者におけるイデオロギーの変化
第2章 世代で捻れるイデオロギー対立
第3章 イデオロギーと投票行動
第4章 イデオロギーと政治参加
第5章 イデオロギー・ラベルの比較
第6章 改革志向と保守・リベラルから見る政党対立
第7章 日本における極右支持
第8章 若者の保守化?
第9章 おわりに――比較の中の日本のイデオロギー
あとがき

 

 まず、イデオロギーという概念ですが、本書では「有権者が政治的な政治の意味を理解し、様々な政策争点について政党の立場の違いを理解し、それにしたがって投票所で選択をするための地図を構成する、その枠組みである」(14p)としています。

 この「枠組み」が世代によって異なっているというのが本書の主張の1つになります。

 

 世界的に見て、多くの国で「右/左」というイデオロギーによるラベルが用いられており、それは資本と労働の間の亀裂として捉えられてきました。日本では慣用的に「右/左」よりも「保守/革新」のラベルが用いられることが多く、また対立軸としては安全保障をめぐる問題が重視されてきました。

 

 第1章では過去の世論調査の回帰分析を行うことで、改めて過去の日本人がどのようにイデオロギーを把握してきたのかが分析されています。

 過去の質問に安全保障や外交に関するものが多いということもあるかもしれませんが、収入とイデオロギー位置の関連性はあまりなく、農村と都市の差もあまりありません(農村=「保守」というわけではない)。また、福祉サービスの問題や女性の地位向上などもイデオロギーとの関連性はあまりなく、「保守/革新」を分ける1つのポイントと考えられがちな天皇の役割に関しても特にイデオロギーとの関連性はありません。日本のイデオロギー位置は安全保障、外交、歴史問題といった限られたイシューの中で成立していたことがうかがえるのです。

 

 第2章では世代とイデオロギーラベルの関係を分析しています。年長世代と若者の価値観の差を説明するものとして、世代効果と加齢効果があります。つまり、生まれ育った時代が価値観を大きく規定するという考えと、多くの人は加齢とともに一定の価値観を身につけるようになり、それが年長者と若者の価値観の違いを生むという考えです。

 日本では、年長者ほど自民党共産党イデオロギーの差を大きく認識する傾向があり、逆に若者はこの差を小さく認識しているのですが、本書ではこれを加齢効果というよりも世代効果の帰結としてみています。

 世界的に政治の分極化が進んでいると言われていますが、日本ではむしろ選挙制度改革の影響もあってイデオロギー対立の収斂が進んでおり、加齢効果もあまり働いていないのです。

 そして、冒頭にも紹介したように若者の間では「保守/革新」というイデオロギーが無効になりつつあり、共産党が「保守」と位置づけられ、日本維新の会みんなの党が「革新」と位置づけられているのです(69p図2.5参照、この調査は2012年に行われたのでみんなの党が入っている)。 

 

 第3章で分析されているのはイデオロギーと投票行動の関係です。日本の有権者がどの程度イデオロギーに従って投票行動を行っているかということが分析されています。

 分析結果によると、かつては確かにイデオロギーが投票行動に影響を与えていましたが、2010年になると保守側(自民党)への投票についてはイデオロギーの影響が残っているものの、革新側(社会党民主党共産党)への投票についてのイデオロギーの影響はほとんどないとのことです。90年代以降、「革新」というイデオロギーが大きく揺らいだことがうかがえます。

 また、イデオロギーは年長者世代に影響を与えている一方、若い世代の投票行動への影響は弱まっています。

 

 第4章は政治参加全般とイデオロギーの関係について分析されています。政治参加を「投票行動」、「選挙運動」、政治家への陳情や自治会の活動などの「システム支持行動」、市民運動への参加やデモなどの「エリート挑戦行動」という4つに区分し、それぞれとイデオロギーの関係を明らかにしようとしています。

 「投票行動」、「選挙運動」への参加とイデオロギーの関係はあまりありませんし、「システム支持行動」に関しても特定の世代(1944−58年生まれ)を除くと、あまり関係がありません。

 一方、「エリート挑戦行動」については「革新」であるほど参加しやすい傾向が見られます。ただし、若い世代に限るとこの傾向はなくなっています。多くの民主主義国で投票率が低下する一方で、若者がデモなどに参加する傾向が見られますが、日本ではその傾向があまり見られないのです(ただし、この分析は2010年までしかカバーしておらず、反原発デモやSEALDsの活動が注目されてからどうなったかはわかりません)。

 

 第5章は冒頭にあげたグラフが載っている章で、本書の1つの読みどころと言えるでしょう。

 最初に述べたように「保守/革新」というイデオロギーの対立軸は年長世代と若者の間で理解が異なってしまっています。若年層では「改革」を標榜する日本維新の会みんなの党を「革新」と認識しており、この用語は旧来のイデオロギーを把握する上で適当な用語とは言えなくなっているのです。

 

 ただし、「革新」という言葉はいかにも古めかしいものであり、若者には理解されにくい用語と言えます。

 そこで「保守/リベラル」であればどうかというと、実はここでも20代と30代は自民、民主、日本維新の会みんなの党共産党の5つの政党の中で日本維新の会を最も「リベラル」と認識しています(136p図5.2参照。もっとも、リベラルの語源を考えれば、この理解もわからなくはない)。

 一方、「右/左」のイデオロギーに関しては20代〜60代まで、すべての年代が右から順に自民、日本維新の会みんなの党民主党、共産という順番で並べています(137p図5.3参照)。この図式は崩れていないと言えるでしょう。

 ただし、若年層になればなるほど自民と共産の距離は近づきますし、若年層ではこの「右/左」のラベルに対して「わからない」と答える割合が「保守/革新」、「保守/リベラル」に比べてかなり多いそうです。「右/左」のラベルを使うのが適切であるとも言い難いのです。

 また、政策争点に関してがどれくらいイデオロギーと関係があるのかというのも世代によって違いがあり、例えば、原発再稼働は高齢層にとってはイデオロギーに関わる問題ですが、若年層ではそれほどではありません。

 日本におけるイデオロギーの理解や位置づけは世代によって大きな違いがあるのです。

 

  第6章は、こうした曖昧になったイデオロギーに「改革志向」という次元を付け加えることで、有権者の政党観を捉えなおそうとしたものです。

 2017年の調査に基づいて分析が行われていますが、ここでも50歳以上と49歳以下を分けて分析することで、世代間の違いを浮き彫りにしようとしています。対象となっている政党は、自民、民進、公明、日本維新の会、共産の5つと無党派層、さらに回答者自身のポジションについても聞いています。

 

 その結果、年長者は改革志向では大きい順に自民、日本維新の会民進・共産・公明がほぼ団子という形で並べています。一方、無党派を一番改革志向が弱いと見つつ(無党派層を政治に関心を持たない層と認識しているのか)、回答者自身の改革度合いをどの政党よりも大きいものとしています。

 一方、49歳以下では改革志向は大きい順に日本維新の会、自民、回答者自身、無党派層民進、公明、共産となっています。また、「保守/リベラル」の広がりよりも改革志向の度合いの幅が広く、年長者と比べて改革志向の度合いで政党を認識していることもうかがえます。

 ここで注目すべきは50歳以上では、回答者自身のポジションに近い政党は存在しないものの、49歳以下の回答者に関しては回答者自身のポジションと自民党がかなり近いということです(164pの図6.1、図6.2参照)。

 ちなみに本章の最後で、イデオロギー・ラベルに関する混乱は有権者だけでなく政治間も見られることで、「寛容な改革保守」と自らを位置づけた小池百合子が、実は「改革」と「リベラル」に支えられており、保守色の押し出しと「リベラル」の排除がその支持基盤を失わせたと指摘しています(177p)。

 

 第7章は「日本の極右支持」と題して、2014年の都知事選における田母神俊雄の支持層を分析しています。

 日本では自民よりも右のポジションの政党が長続きしたことはなく、なかなか「極右支持層」の実態を明らかにすることが難しい状況が続いています。ところが、2014年の都知事選では明らかに自民よりも右寄りの候補が現れ、なおかつ、一定の支持を集めたのです。

 

 田母神俊雄に投票した有権者の特徴ですが(東京都の有権者を対象にしたウェブ調査のため実際に投票した人とはずれている可能性もある)、まず平均年齢は42.6歳と他の3候補(舛添、細川、宇都宮)よりも5歳以上若く、男性が63%を占めます。このあたりは西欧諸国の極右支持層と重なります。

 ただし、失業者が多いわけでも学歴が低いわけでもありません。さらに国会や政党への信頼は細川・宇都宮支持者よりも高く、都政、国政に対する満足度も高く、国政への満足度に至ってはどの候補の支持者よりも高いです(191p図7.1参照)。

 田母神支持者は、既存の政治やエリートを否定する、いわゆるポピュリズムの支持者とはまったく違った存在で、権威主義ナショナリズムといった旧来の左派的な価値観に対抗するものに動かされている、いわば昔ながらの右派といった傾向が強いのです。

 今のところ、自民よりもさらに右の極右ポピュリストが台頭する余地は小さいのかもしれません。

 

 第8章では「若者の保守化」という言説をとり上げて、それが本当かどうかを実証的に分析しています。本書のもう1つの読みどころと言えるかもしれません。

 今まで加齢とともに自民への支持が増える傾向にありましたが、近年の国政選挙の出口調査を見ると、20代の若者における自民の得票率が高いことがわかります。世界的に見て、若者は左派的な傾向を持つにもかかわらずです。この謎を鮮やかに解き明かしたのが本章になります。

 

 まず世界価値観調査をもとに国際比較を行うと、日本の若者は特に右傾化していません。2010年代の若者(30代以下)の右派は10.8%と1990年代の10.3%とほとんど変わりませんし、スウェーデンニュージーランドアメリカといった国よりもずいぶん低い割合になっています(ドイツやオーストラリアよりは高い、216p図8.1参照)。

 一方、左派の割合を見ると、予想に反して日本の若者の左派の割合は1990年代の10.3%から2010年代の17.0%へと大きく上昇しています。むしろ若者は左傾化しているのです(219p図8.3を見ると、世界的にやや左傾化しているのが見て取れる)。

 

 この謎を解く鍵の1つが自民党が左派からも票を得ていることです。日本の若者の中の右派は当然ながら自民に投票するわけですが、左派の3割ほども自民に投票すると答えており、その割合は民主党とほぼ拮抗していることです(222p図8.5参照、ここでは2010年と2014年のデータが使用されている)。

 さらに日本の右派の17.5%が支持する政党がないと答えているのに対して、穏健左派では42.7%、左派では50%が支持する政党がないと答えています(224p)。つまり一般的に「左派」と考えられている政党が左派の若者の支持を集めることができていないのです。

 

 この他、安倍内閣の支持について聞く問に対して「わからない」と答える若者が多いこと、野党支持が少なく無党派が多いことなどから、若者の選択肢は「自民か野党か」ではなく、「自民か無党派か」であり、投票行動も「自民か野党か」ではなく「自民か棄権か」になっていると考えられるのです。そして、これが出口調査で若者の自民の得票率が高く出るからくりです。

 こうした分析を承けて結論では、「イデオロギーについていえば、なぜ日本の有権者(特に若者)が保守化したかではなく、自民党がどのように左派からの支持を取り付けているのかが問われるべきである」(230p)と述べています。

 さらに「若者自体はイデオロギー軸上の真ん中に留まって、政治に関心を払ったり払わなかったりしているのだが、それと同時に、左側の選択肢に対する信頼を失っている状況が、表面上は保守化のように見えるのであろう」(230p)とも述べています。

 問題は若者の右傾化や保守化ではなく、自民以外の政党の訴求力のなさなのです。

 

 最後の第9章では非常に簡単なものではありますが、イタリアとの比較を行い、日本の特徴を取り出そうとしています。

 

 このように本書は非常に興味深い知見を与えてくれる本だと思います。

 この本で明らかにされている事実は、個人的には驚きというものではなく、比較的しっくりと来るものだったのですが、だからこそ面白いという部分もありました。

 例えば、高校生相手に授業をしていて「保守/革新」、「右/左」という言い方にピンときていないのはわかっていましたし、「若者の右傾化」といっても、そういう若者はいても少数で、大多数は右や左を気にしていないということも知ってはいましたが、改めてこうしたデータに基づいた分析を見せられると、マスコミの言説と自分の感覚のズレがきれいに埋められていくようで非常にスッキリしました。

 

 実証分析を中心とした専門書で、とっつきにくさはあるかもしれませんが、政治に興味のある人は面白く読めると思いますし、政治報道に携わる人や野党の関係者や支持者にはぜひ読んでもらいたい本ですね。