林奕含『房思琪の初恋の楽園』

 タイトルに「初恋の楽園」となっており、甘酸っぱい青春小説を想像するかもしれませんが、全然そんなことありません。

 作者の林奕含(リン・イーハン)は台湾の女性でこれがデビュー作ですが、本書の出版して2ヶ月後に亡くなっています。

 本書の扉には「これは実話をもとにした小説である」とありますが、中身はというと、13歳の少女・房思琪(ファン・スーチー)が同じマンションに住む国語の予備校講師にレイプされて、その後も肉体関係を強いられるというものです。

 

 では、なぜそんな話が「初恋の楽園」なのか?

 この小説がどれだけ作者の実体験に基づいているのかあわかりませんが、ここにあるのはレイプしてきた相手を「初恋の相手」と思わないと自分の存在が保てないような状況です。

 

 この小説には房思琪と彼女をもてあそぶ予備校講師・李国華(リー・グォホァ)以外にも、房思琪と同じマンションに住んでおり房思琪と友人の劉怡婷(リュウ・イーティン)が憧れている美人の女性の伊紋(イーウェン)とその夫の銭一維(チェン・イーウェイ)というカップルが登場します。

 エリートと美女という誰もが羨むカップルですが、実は一維は伊紋に暴力を振るっています。

 伊紋は頭の良い大人の女性ですが、そのDVからはなかなか逃れられません。二人の間に「愛」がないわけではないですし、伊紋もなんとか「愛」を見出そうとしています。

 だからこそ、簡単には別れられないのです。

 

 一方、李国華は教え子に次々と手を出しているような男で、彼にとって房思琪はコレクションの1つに過ぎません。彼を動かしているのは基本的には支配欲であり、そこに愛はありません。

 それでも、コレクションされた側が、「コレクションの1つ」という地位を受け入れられるはずがなく、なんとかしてどこかに「愛」はないものかと思い悩む。これがこの小説を貫く痛々しさです。

 レイプは「魂の殺人」であると言われますが、この小説は人の心が壊れてしまう様子を克明に描き出しています。