マット・ラフ『魂に秩序を』

 新潮文庫最厚とも言われる1000ページ超えのレンガ本。

 

父は僕を呼びだした。

はじめて湖から出てきたとき、僕は26歳だった。(7p)

 

 このような意味不明な書き出しで始まる小説ですが、読んでいくとこれが多重人格者の内面を描写したものだということがわかります。

 この小説の原書が出版されたのは2003年、映画の『ファイト・クラブ』が1999年の公開でしたが、90年代後半〜00年代前半は多重人格ものが流行った時代で、この小説もそうした流れを受けています。

 

 多重人格を描くとなると、主人公を普通の人に設定し、その主人公が出会った人物を多重人格に設定するとミステリーとしても効果的なのでしょうが、この小説の特徴は主人公を多重人格に設定し、その内面を描こうとしている点です。

 多重人格の人に実際に会った経験はないですし、多重人格のあり方が本書で描写されているようなものかはわからないのですが、この描写は読ませます。

 主人公のアンドルー・ゲージの内面には父、アダム、ジェイク、サムおばさん、セフェリス、ギデオンといった人物がいて、内面につくられた湖のほとりの家に暮らしています。

 これは治療の結果としてこうなっているのですが、アンドルーはまさにタイトルのように「魂に秩序を」構築しようと頑張っているのです。

 

 そんなアンドルーがヴァーチャル・リアリティのソフトを作ろうとしているジュリーと出会って、その会社で働くことになり、さらにそこでもう一人の多重人格者であるペニー・ドライヴァー(マウス)と出会うことから話は動き出します。

 読み終わってみると、ヴァーチャル・リアリティのことがメインのストーリーとたいして絡んでこなかったり、前半についてはもう少し狩り込めるようにも思えますが、はっきりとしたミステリーになる後半よりも、どんな話になるのかよくわからない前半のほうが面白いです。

 

 というわけで、あんまり前情報がないほうが面白かもしれません。

 基本的には「書きすぎ」なところもある小説で、小説全体の完成度としてはそんなに高い点数はつかないかもしれませんが、とにかく「これは一体何なんだ?」という感じで読み進めることができるのがこの小説の長所です。

 物語に振り回されるような経験ができる小説と言えるかもしれません。