桐野夏生『残虐記』読了

桐野夏生残虐記』を読了。この手の日本のミステリー(?)とかはほとんど読まないのですが、この本は斎藤環がほめていたのを覚えていて、このたび文庫になったので読んでみました。
 新潟で起きた少女監禁事件をモチーフに描かれた作品なのですが、世間が期待するような「監禁されていた空白の9年間を埋める」小説とはちょっと違います。
 この小説で主人公が少女時代に監禁されていたのは1年間ですし、小説の内容からいっても、むしろ解放後の少女を描いた部分の方が多いです。
 そして、作者も別に事件について緻密な取材をしたわけではなく、あくまでも事件をインスピレーションにして,ほぼ想像力によって構築された作品なのでしょう。

 けれども、現実的なリアリティはともかくとして、この作者の想像力に恐ろしいほどの広がりがある。
 監禁された私と、監禁した犯人であるケンジ、そしてとなりの部屋に住んでいるヤタベさん。この3人の関係は、ラカンの「人間の欲望は<他者>の欲望である」って言葉がそのまま当てはまるようなもので、斎藤環が反応するのもわかりますし、荒唐無稽ながらどこかにリアリティを感じさせるような関係性です。
 欲望の網の目と、そこから逃れるために、あるいはそこで育まれる想像力。実際の事件はこの本のようにドラマティックなものではなかったのでしょうが、人間とその関係性を描いた作品としてリアルな部分を感じさせますし、250ページ弱の作品ながら桐野夏生の並外れた想像力をうかがわさせるものになっています。

残虐記 (新潮文庫 き 21-5)
桐野 夏生
4101306354


晩ご飯はステーキとキュウイ