桐野夏生『東京島』

清子は、暴風雨により、孤島に流れついた。夫との酔狂な世界一周クルーズの最中のこと。その後、日本の若者、謎めいた中国人が漂着する。三十一人、その全てが男だ。救出の見込みは依然なく、夫・隆も喪った。だが、たったひとりの女には違いない。求められ争われ、清子は女王の悦びに震える―。

 「三十一人の男にたった一人の女」、荒唐無稽な設定ですが、桐野夏生であればやりそうな設定。
 そして、その異常な状況での関係性を桐野夏生は描いていきます。
 ドラマの「曲げられない女」で、「女でよかった。女には人生を生き直すチャンスがあるから」みたいなセリフがありましたが、この『東京島』の主人公清子の境遇も、悲惨であると同時には「生き直すチャンス」です。この特異な状況中で、清子は変貌し、怪物化し、貶められ、復活します。
 意外な展開の連続の小説なのでネタバレになりそうなあらすじの紹介は避けますが、「三十一人の男に立った一人の女」というバランスが動くことで、清子は強者になったり弱者になったりします。このあたりの関係性の動かし方はさすがです。
 桐野夏生ならではの悪意のあるラストも決まっています。
 ストーリー展開としてはご都合主義的なところもあるのですが、二転三転するドラマは面白いです。


 あと、個人的に気に入ったのが無人島で食べ物を懐かしむ清子の夫・隆の日記。
 読んでいただければわかるように、リアリティがあって名文です。

 今日の私が一番食いたい物は、苺ジャムを厚く盛った食パンです。ジャムの甘み、苺の粒が歯に挟まる感触、そして食パンの柔らかさを思い出すと、切なさに身震いするほどです。苺ジャムはコンビニで売っているような、不自然に赤い色をした低級品で結構。保存食でありながら、贅沢な食品でもあるジャムは素晴らしい。質はどうあれ、真っ白な砂糖を大量に消費して作られたジャムはまさしく文明です。この際、使用するパンは、ヤマザキの六枚切りの食パンに限ります。…(91p)


東京島 (新潮文庫)
4101306362