「新日本国憲法ゲンロン草案」について(『日本2.0 思想地図β vol.3』より)

 『日本2.0 思想地図β vol.3』、とにかくすごいボリュームで、村上隆「芸術家の使命と覚悟」、安替+津田大介東浩紀「ジャーナリズムと未来 北京」あたりは非常に面白かったです。
 全体的な構成としては村上隆「芸術家の使命と覚悟」を核とした「亜細亜主義」(特に中国・韓国といった東アジアの枠組みを超えた「非西洋」としての亜細亜主義)を感じさせる内容で、その方向性についてはなんとも言えない部分もあるのですが(村上隆氏の考えや戦略には素直に感心しましたが、やはり「亜細亜」や「非西洋」という概念には危うさもあって、常岡浩介「勝機はインド以西にあり」の一部にはややそういった感がある)、最近の保守論壇よりもはるかに深くて可能性のある議論がなされているのは確かだともいます。


 そんな『日本2.0 思想地図β vol.3』の目玉企画といえるのが、「新日本国憲法ゲンロン草案」。
 見る前は今の日本の現実を論じるのに「改憲」を持ち出すのは筋が良くないんじゃないかと思ったけど、実際読んでみるとなかなか面白くて、少なくとも「現行憲法をいかに右に引っ張るか」的だった自民案や読売案やなんかとは受ける刺激が違います。
 印象としては、機能不全に陥っている日本の政治、特に二院制の部分を、現代に翻案されたローマ帝国的な統治機構で変えていこうという感じになっています(おそらくこのローマっぽさは白田秀彰氏の趣味なのかな)。
 

 まず、この憲法の特徴は「住民」と「国民」を分けていることです。
 「住民」は在日外国人を含む日本に住んでいる人々、そして「国民」は海外に住む日本人を含む日本国籍を持つ人々です。
 そしてその上で国会に「住民院」と「国民院」という2つの議院をつくり、現在の衆議院参議院に替わるものとしています。
 その「住民院」と「国民院」に関する憲法の規定の主なものは以下の通り。

第四十一条 
1 国会は、住民院および国民院の両議院でこれを構成する。
2 住民院は、すべての日本住民が直接的な利害を有する、国の領域と統治に関わる事項を議決する。
3 国民院は、すべての日本国民が直接的な利害を有する、国民共同体としての主権を護持するため、住民院および総理を監視し指導する。

第四十二条
1 住民院は、日本住民を代表すべく、成人たる日本国民の中から選挙された議員でこれを組織する。
2 国民院は、日本およびそれ以外の地に居住する日本国民を代表すべく、国籍、居住地のいかんを問わず、優れた識見を有する者として法律によって定められた条件を満たした者の中から選挙された議員でこれを組織する。国民院のすべての議員は、任期のあいだにかぎり日本住民とみなす。
3 両議院の議員の定数は、法律でこれを定める。

第四十三条
  住民院議員の任期は、四年とする。但し、衆議院解散の場合には、その期間満了前に終了する。

第四十四条  
  国民院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。

第四十五条  選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。

第四十六条  何人も、同時に両議院の議員たることはできない。

第四十七条  
1 住民院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。
2 国民院の議員は、無給とする。ただし、法律の定めるところにより、国庫から議員としての活動に要する経費の支給を受ける。


 とりあえず、住民院と国民院の組織としての違いはこのようなところ。
 住民院の選挙権は「住民」にあり、被選挙権は「国民」。一方、国民院の選挙権は「国民」にあり、被選挙権は「国民」「住民」にとどまらず、すべての「外国人」にも開かれています。ただし、国民院の議員には「優れた識見を有する者」との規定があり、しかも無給。一種の名誉職として成り立っているような存在です。
 この国民院の規定を見て思い出すのはローマの元老院。識見のある人物を集めて名誉職につけ、それを議会の監視に当たらせるというのは、まさにローマの元老院のイメージです。
 これが現代の日本でも成り立つのかどうかというのは疑問もあるところですが、とりあえずそれ以外の現行憲法から大きく変更された条文も紹介したいと思います。
 

第五十五条
1 両議院の会議は、直接および通信技術等を通じて法律の定めるところに従い、公開とする。ただし、出席議員の三分の二以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができる。
2 住民院の会議について、希望する国民院議員は、その議事を視聴し、またその意見を住民院の会議場に表示して住民院議員に提示することができる。これは、通信技術等によって議場外から参加する国民院議員に対しても、可能なかぎり適用する。なお、当該会議が秘密会たる場合、その住民院の会議を聴取し、これに意見を表明する国民院の議員も、会議の秘密を守る義務を有する。
3 国民院の会議について、秘密会でないかぎり、通信技術等を通じて法律の定めるところにより収集した国民の衆合的意見を会議場に表示して議員に提示しなければならない。この表示は、可能なかぎり、議場外から出席する議員にも提示しなければならない。
4 両議院は、各々その会議の記録を保存し、秘密会の記録の中で特に秘密を要すると認められるもの以外は、これを公表し、且つ一般に頒布しなければならない。
5 出席議員の五分の一以上の要求があれば、各議員の表決は、これを会議録に記載しなければならない。

 
 これはまさに東浩紀『一般意志2.0』のアイディアを実装した部分。
 住民院ではなく、国民院にニコニコ動画的なシステムを実装したのは少し意外でしたが、イメージとしては住民院は国民院が監視し、国民院を国民の意見が誘導するといった感じでしょうか?

 

第五十七条
1 法律案は、この憲法に特別の定めのある場合を除いては、住民院が可決した後、六〇日以内に国民院が出席議員の四分の三以上の多数による拒否の議決を行わなかったとき、法律となる。
2 前項の規定により国民院が拒否をした法律案は、住民院で議員総数の過半数で再び可決したときは、法律となる。ただし、第五九条第二号ならびに第四号の規定に基づく議決を経て国民院が同条第一項の規定により住民院に提出した法律案については、このかぎりではない。
3 前項の規定は、法律の定めるところにより、住民院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。

第五十八条  
 住民院の議決すべき事項は、法律案および予算案のほか、次に掲げる通りとする。国民院は、この事項について、議決を行うことはできない。
一 条約を批准すること。
二 総理および政議を信任することならびに不信任すること。
三 住民院を解散すること。
四 憲法の改正に関わること。

第五十九条  
 国民院の議決すべき事項は、この憲法に他に定めのある事項のほか、次に掲げる通りとする。住民院は、この事項について、議決を行うことはできない。
一 法律案を住民院へ提出すること。
二 決算および行政の監察に関すること。
三 総理および政議の信任ならびに不信任の動議を住民院に提出すること。
四 その他、国民院の責務を全うするため、法律で定められた事項。

 ややわかりにくい部分もありますが、まず法律の再議決のハードルが「三分の二」から「議員総数の過半数」と下がっているので、現在の参議院のような強い拒否権を国民院は持てないことになります。これだと国民院の役割は法律の成立を遅らせることができるくらいで、立法に関してはイギリスの上院に近いような存在になります。
 ただ、「総理および政議の信任ならびに不信任の動議」の提出(「政議」とは今の大臣にあたる存在)が国民院の専権事項となっていますので、住民院だけでは「政局」を起こせないような構造になっています。
 あと、これだけだと住民院は法案を提出できないようにも思えるのですが、それはできるんですよね?


 次は行政です。
 この「ゲンロン草案」では、今の日本国憲法と順番が入れ替わっていて、立法に関する規定に先立って「統治」「行政」の部分を置いています。

第十条  
 総理は、日本国の統治元首であり、行政権の最終責任者である。

第十一条
1 総理は、日本国憲法の実現者として、この憲法で保障される国民および住民の自由と権利を実現するため、政府を指揮して国を運営する。
2 総理は、憲法に反する権能を持たず、その行為は国会の法律に拘束される。
3 総理は、国を運営する費用として、法律の定めるところにより徴税する。

第十二条
 総理は、日本国籍の保持者でなければならない。

十三条
1 総理は、法律の定めるところによる日本国民の直接投票によって、国民の中から国会が指名する。
2 総理の任期は、法律によって定める。

第十四条
 総理は、政議院を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係を計画実行し、その過程および結果について国会に報告する義務を負い、ならびに行政各部を指揮監督する。

第十五条
 総理は、前条に定めた職務のほか、次の事務を行う。
一 憲法改正、法律、政令および条約を公布すること。
二 住民院を解散すること。
三 国会議員の選挙の施行を公示すること。
四 省長および法律の定めるその他の公務員を任免すること。
五 条約を締結すること。ただし、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。
六 法律の定める基準に従い、人事院長と協力して公務員に関する事務を掌理すること。
七 予算を作成して国会に提出すること。
八 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。ただし、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。
九 大赦、特赦、減刑刑の執行の免除及び復権を決定すること。

第二十九条
1 総理は、日本国籍を有する者の中から、各省の長たる省長を任命する。また、総理は各省長を任意に罷免することができる。
2 総理および各省長ならびに各省長に準ずる者として法律の定めるところにより総理が指名した者を政議とし、総理はその会議として政議院を組織する。
3 政議は、文民でなければならない。
4 政議院は、総理の指揮のもと、総理が国会に提出する行政の計画のほか、法律が定める重要事項について決定を行う。

第三十条
 政議院は、住民院で総理の不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に住民院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

 これが総理や行政に関する部分。ちなみに天皇は「日本国の象徴元首であり、伝統と文化の統合の象徴である」となっていて、総理と天皇の二元元首制になっています。
 国民からの直接選挙によって選ばれる総理は大統領のようにも見えますが、住民院によって不信任されえますし、現在の総理大臣の性格も強く残しています。
 ただ、「一般国務及び外交関係を計画実行し」といった文面を見るとイメージ的にはCEO的な感じでしょうか?あるいはローマの執政官(コンスル)をイメージしているのかもしれません。
 また、憲法から「大臣」という言葉を追放しているためにわかりにくいですが、「省長」が各省の大臣、そして無任所大臣が「政議」になり、現在の内閣が「政議院」になっています。ただ、現行憲法で内閣の仕事とされているものの多くが総理の仕事となっていて、行政機関の中での総理の力は現在よりもずいぶんと上がっていると思います。


 一方、総理の任期は憲法には書き込まれておらず、「法律によって定める」としています。
 現在の日本国憲法でも総理大臣の任期というものは定められていないわけですが、この「総理」の場合に任期が決まっていないのはどうでしょう?
 総理と国会が強調すれば総理の任期を5年、10年と延長できてしまいますし、逆に国会と総理が対立すれば、国会が総理の任期を限りなく短くすることで、不信任案以外の方法で総理をやめさせることが可能になります。
 やはり憲法で任期を定めるべきだと思います。


 この他にも行政をチェックする仕組みとして監察院があったり、国家公務員の人事について司る人事院があったりして、なかなか複雑で興味深い統治システムになっています。
 さすがに全部引用する気力はないので、そのあたりは『日本2.0 思想地図β vol.3』で確認してみてください。


 この「ゲンロン草案」において個人的に一番興味深かったのは、参議院を改変した国民院の有り様。
 「参議院不要論」は昔からありましたし、二院制のメリットを主張する人でも今の日本の参議院が十分にその役割を果たしていると考える人は少ないと思います。その点からも、この国民院の規定は、人びとが期待する「良識の府」としての第二院をつくり出すためのラディカルな改革案になっていると思います。
 「選挙を勝ち抜いてくる「職業政治家」でない人によって第二院を組織すべきではないか?」という考えは多くの人の賛同を得る考えだと思いますし、そのための「国籍不問」、「無給」といった規定は、確かに「職業政治家」を排除するのに有効なものです。


 しかし、「選挙がある」、「識見が必要」、「無給」という条件を課して、果たして国民院議員のなり手がいるのか?という疑問も浮かびます。
 この国民院議員というのは一種の名誉職なのでしょうが、選挙に出てまで無給で名誉職を担おうとする人がいるのかというと微妙だと思います。特にいまの日本には貴族がいないわけですし、国民院議員のなり手が想像しにくいです。
 また、「識見」について高いハードルを向けると「元官僚」「大学教授」といった人ばかりになり、どこかの審議会みたいな構成になりかねません。
 この「ゲンロン草案」の国民院の構想というのは魅力的ではありますが、同時に今の日本において「良識の府」を成立させる難しさも示しているような気がします。


 「ゲンロン草案」にはこの他にも、天皇自衛隊、人権など、さまざまな規定があり、フルセットのきちんとした憲法草案になってます。ところどころ不十分な点はあっても、今までになかったようなオリジナルな憲法草案になっているのは確かなので、興味を持った人はぜひ全文に目を通してみてください。


日本2.0 思想地図β vol.3
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