大山礼子『政治を再建する、いくつかの方法』

 『日本の国会』岩波新書)が非常に面白かった著者による現在の日本政治についての提言の書ですが、政治学への入門書ともなっていると思います。

 叙述のスタイルは違えども、方向性は砂原庸介『民主主義の条件』と似ています。議会制民主主義の行き詰まりに対して、それを一新するラディカルなアイディアを出すのではなく、「まだまだ今の制度の中でも直せるところはたくさんありますよ」と提言するものとなっています。

 『民主主義の条件』が選挙制度を中心に論じていたのに対して、こちらは著者の専門である議会の運営方法に力点を起きつつ、最高裁のあり方などまで幅広く論じているという違いはありますが、「中選挙区はよくない」、「参議院選挙制度は問題」、「自書式をやめたほうがよい」など共通する提言も多くいです。

 これは多くの政治学者の間でコンセンサスがあるってことでしょうし、それにもかかわらず実現できていない改革がまだまだあるということなのでしょう。

 

 目次は以下の通り。

第1章 首相は大統領より強い?
第2章 国会審議は無意味?
第3章 無能な議員が多すぎる?
第4章 選挙が政治をダメにする?
第5章 権力をチェックするのは誰?

 

 第1章はアメリカの大統領は「強く」、日本の首相は「弱い」と考えられているけど、実はそうではなくて、制度的には権力分立スタイルの大統領よりも権力融合スタイルの議院内閣制の首相のほうが「強い」という話。待鳥聡史『アメリカ大統領制の現在』などを読んだ人にはお馴染みの話ですね。

 

 第2章は国会審議の問題について。ここが著者の専門と言えます。

 まず、議員立法の低調さですが、これは1955年の国会法改正で帝国議会時代にあった議員提出法案の賛成者要件が復活し、また、衆議院で所属政党の機関承認を経ていない法案は事務局が受理しないという慣行が生まれたことなどが要因です。

 ただし、ドイツやイギリス、フランスといった国を見ても議員立法は成立ベースの2割ほどで、日本だけが特に劣っているわけではありません。

 

 それよりも著者が問題にするのは国会で法案の修正が行われないことです。

 この最大の要因は与党の事前審査制ですが、他にも内閣の権限が弱いこともあげられます。特に審議スケジュールに内閣が関与できず、さらに国会法で内閣が自ら提出した法案の撤回や修正を認めていなこともないため、法案提出前に事前審査によって与党議員の賛成を確保しておく必要があるのです。

 その結果、委員会で実質的な議論が行われ本会議で政府対野党の論戦が行われるのでなく、実質的な議論は事前審査で行われ、委員会で政府対野党の論戦が行われ、そして本会議は空洞化するという状況になっています(70p図表2−2参照)。

 本来、本会議で行われていた緊急質問も行われなくなり、予算員会の質疑が政府対野党の論戦の場となっています。もちろん予算委員会の質疑は重要ですが、本来予算を審議すべき予算委員会の場が政府対野党の論戦の主戦場となっているのはおかしなことです。

 また、会期の短さと会期不継続の原則も日本の国会の論戦がスケジュールをめぐる駆け引きになってしまう要因の一つです。

 

 第3章では、まず、世襲議員の多さ、女性議員の少なさなど議員の多様性のなさを指摘しています。

 その要因の一つが選挙に関する規制の多さです。戸別訪問の禁止をはじめ、日本の公職選挙法は多くの選挙運動を規制しており、著者に言わせると「公職選挙法は「べからず法」あるいは「べからず集」などとよばれるほどだが、実際に規定を読むとけっして「べからず集」ではないことがわかる。逆にすべての選挙運動を禁止したうえで、例外的に許されるものを列挙している」(115p)ものです。

 また、選挙運動期間が短いのも日本の特徴で、当初は国会議員、知事、都道県議会議員の選挙運動期間が30日、その他が20日だったにもかかわらず、現在は衆議院議員12日、参議院議員と知事が17日、都道府県と政令都市の議員が9日、一般市と特別区が7日、町村は5日となっています(119p)。

 選挙期間が短かれば短いほど新人が顔を売るのは難しく、結果として現職有利のしくみとなっています。

 この他にもこの章では議員の報酬などに触れています。

 

 第4章は選挙の話ですが、ここは最初にも述べたようにお馴染みの議論です。大選挙区単記制(中選挙区制もこれに含まれる)の問題点、小選挙区比例代表並立制比例代表部分が政治に与える影響、参議院の奇妙な選挙制度、地方議会の選挙制度の問題点などがとり上げられています。

 

 第5章は権力をチェックする存在として期待される参議院最高裁判所、国民について触れられています。

 特に興味深いのが最高裁判所に関する部分で、最高裁違憲審査権を十分に発揮するのは単純に最高裁の裁判官が抱えている事件数が多すぎるといいます。日本の最高裁は年間1万件の事件を受理しており、これでは違憲審査に積極的になるのは無理だろうというのです。上告審と憲法裁判所の分離、最高裁の裁判官の増員といった対策が考えられます。

 国民に関する部分については投票率向上のための施策がいくつかあげられるなど、オーソドックスなものですが、選挙制度をレファレンダムで決めてはどうかという提案(ニュージーランドなどでは行われている)などは面白いと思います。

 

 このように、ある程度政治学に親しんでいる人にとっては耳にしたことがある議論が多いますが、国会の運営を中心に色々と勉強になることは多いですし、あまり政治学を知らない人に対しては良質の入門書としてお薦めできると思います。