アヴラム・デイヴィッドスン『エステルハージ博士の事件簿』

 短編集『どんがらがん』などで知られるアヴラム・デイヴィッドスンの連作短編ミステリー小説。ただし、本書の売りは謎解きの要素ではなく、作者によって構築された主人公のエステルハージ博士が活躍するその世界と言っていいでしょう。

 

 舞台となるのは20世紀初頭のスキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国。20世紀初頭のこの地域といえば思い出されるのはオーストリアハンガリー二重帝国で、第一次世界大戦勃発の原因となり、第一次世界大戦によって解体したわけですが、デイヴィッドスンは「バルカンの火薬庫」とも呼ばれた地域に「三重帝国」なるものをつくりあげます。

 

 殊能将之の解説によれば、スキタイはルーマニア西部とユーゴスラビア北部、パンノニアブルガリア中央部、トランスバルカニアはスロベニアクロアチアボスニア・ヘルツェゴビナの内陸部に比定されるそうです。ただし、セルビアは別国家として存在しているのも特徴で、第1次世界大戦後に成立したユーゴスラビアとは少しずれた形の連合国家になっています。

 

 この架空の三重帝国で活躍するのが、法学博士、医学博士、哲学博士などさまざまな博士号を持つエンゲルハルト・エステルハージ博士。その知識と推理力によって警察からも捜査への協力を頼まれるような存在です。

 このエステルハージ博士が、骨相学だったり、錬金術だったり、秘密の宝だったり、民間伝承だったりを相手に、謎を解決する、あるいは謎に迷い込んでいくのが本作品になります。

 幻想文学っぽくもあるのですが、ところどころにリアルな政治情勢をうかがわせるところなどもあって、そこも本書の魅力になっています。

  

 読み終わってからけっこう時間が経ってしまっているので個々の短編の紹介はやめておきますが、幻想の中にリアルを、リアルの中に幻想を楽しめるような内容になっていますね。