柴崎友香『寝ても覚めても』

 読み始めたときは随分とちぐはぐな印象の小説だなと思いつつも、最後まで読むと「そういうことだったのか!」となる小説。

 主人公に感情移入できる人は少ないかもしれませんし、読むのがやめられなくなる小説とかではないのですが、最後のゾワゾワっとする展開はいいですね。印象に残る小説です。

 

 物語としては主人公の朝子が、鳥居麦という男に一目惚れをして付き合うことになるのですが、麦はとらえどころがなく、時には暴力的だったりして、一昔前のマンガとかトレンディドラマとかで男の主人公を振り回す女性みたいな印象です。そして、麦は突然朝子の前から姿を消します。

 その後、朝子は東京に出てきますが、そこで麦と瓜二つの顔を持つ亮平に出会い、恋に落ちます。そんな中、俳優となった麦がTVの画面や街のポスターを通じて朝子の前に現れるというストーリーです。

 

 朝子は一応、写真をやっていてポストカードを売ったりもしていますが、基本的にはフラフラしている人間で、友人のバンドだとか劇団とかの手伝いをしたり、そうした友人の家に入り浸ったりと、確固たるものがないような人間です。

 

 この小説は主人公・朝子の一人称で書かれています。朝子は大阪の生まれで多くの会話が関西弁でなされているので、地の文も饒舌かと思いきやそうではありません。

 また、冒頭の高層ビルからの情景の描写のように、非常に細やかで映像的な描写があるかと思えば、

六本木ヒルズ森タワーは、太い。(230p)

といったアホみたいな描写があったりしますし、

七月になった。

金曜日だった。

就業時間が早く終わればいいと思った。時計ばかり見ていた。(58p)

というように小学生の作文のような文章があったりします。

 

 非常に緻密な描写とこの雑な描写のちぐはぐさがずっと気になるわけですが、このちぐはぐさの理由が最後の30ページくらいで一気に明らかになります。

 これが朝子なわけです。

 

 この小説は1999年から2009年頃までを舞台にしていますが、リーマンショック東日本大震災前のなんとなくゆるい感じもよく出ていて、そこも個人的には面白かったですね。

 読む人を選ぶ小説のような気がしますが、これはインパクトのある小説です。