ウィリアム・トレヴァー『ディンマスの子供たち』

 国書刊行会の「ウィリアム・トレヴァー・コレクション」の第4弾は、トレヴァー初期の長編になります。

 短編の名手として名高いトレヴァーですが、長編でもその辛辣な人間観察や、平凡な人間に潜む狂気を引きずり出すさまは十分に堪能できます。

 ただ、初期の作品と言うだけあって、人間の狂気がかなりあからさまに描かれている感じはあります。

 

 1970年代のインフラんド南部の架空の港町を舞台にした詳説ですが、タイトルに「子供たち」とあるように、主要な登場人物のけっこうな割合を「子供」が占めています。

 ただし、読み始めたときは何人かの子供たちを中心にした群像劇のような形かと思いましたが、次第にティモシー・ゲッジという15歳の少年がディンマスの町を動かしていくことになります。

 

 ティモシー・ゲッジの最初の印象は「大人に絡みたがる少し頭の弱い少年」という感じで、彼は復活祭のタレント発掘隠し芸大会に出ようと、その大会について大人たちにあれこれ聞いて回っています。

 ティモシー・ゲッジは周囲の同年代の若者から相手にされていませんが、一度仮装をしてウケたことから、自分は隠し芸大会で喝采を浴び、あわよくばタレントにでもなれると思い込んでいます。

 

 このあたりまではいかにもありがちな人物に思えます。同年代の友人から邪険にされ、邪険にされない大人にかまってもらおうとする子供というのはそれなりにいると思います。

 

 ところが、この小説を読み進めていくと、ティモシー・ゲッジが明らかに一線を超えた存在だということが明らかになってくるのです。

 最初は、ディンマスという町の退屈さを表す1つの象徴のように思えたティモシー・ゲッジが、ディンマスの町を破壊する悪魔的な存在に見えてくるのです。

 

 落ち着いた感じから始まるこの小説ですが、中盤から後半はホラーに近いかもしれません。

 嘘と思い込みと真実がごちゃごちゃになった彼の言動には、「理解し難い少年犯罪を起こす少年はこんな感じなのではないか?」と思わせるものがあります。

 

 そしてそのティモシー・ゲッジに振り回される大人たちの姿もまた辛辣に描かれており、「これがトレヴァーだな」という感じです。

 後期の短中編のような圧倒的な巧さはないかもしれませんが、トレヴァーらしさは十分に味わえる作品ですね。