ウィリアム・トレヴァー『密会』読了

 国書刊行会から出たベストコレクション的短編集『聖母の贈り物』が最高に素晴らしかったウィリアム・トレヴァーの2004年出版の最新短編集が新潮クレスト・ブックスで登場。クレスト・ブックスってなんか軽いと言うかひねりがないというかで、バリー・ハナの『地獄のコウモリ軍団』くらいしか面白いと思ったことはないんだけど、さすがトレヴァーの短編集、ハズレのない面白さです。


 今回、この『密会』を読んでみて感じたのは、トレヴァーの短編が短編とは思えないほどの時間の経過を含んでいる点。
 特にそれが顕著なのが、この短編集の中でも個人的にベストだと思う「孤独」なのですが、この「孤独」という作品では、30ページ弱の中で、主人公の7歳の女の子は、17歳になり、そして52歳になります。アビゲイルとデイヴィという見えない想像上の友達を持つ7歳の少女が起こした事件は一家の運命を変え、17歳の彼女は両親とホテルを転々としながら暮らしています。ここまでの話ならばほかの小説家でも書けそうなのですが、トレヴァーがすごいのはさらに35年後の”孤独”を描いている所。普通の小説家ならば300ページを費やして描くような一人の少女の運命の変転を、わずか30ページ弱で描ききる腕には脱帽せざるを得ません。
 また、ほかの作品を見ても、短編でありながら視点の切り換えなどが多用されており、トレヴァーが長編、中編になりえる作品を切り詰めて短編に仕上げているんだなあと感じました。


 そして、この短編集のもう一つの特徴はトレヴァーがさらに老熟したということ。
 最初に収録されている「死者とともに」という作品は、夫をなくしたばかりの妻のもとに、死に行くものの最後に付き添うことをボランティアのような形で行っているゲラティ姉妹が訪ねてくることから始まります。2人とも中年で独身のゲラティ姉妹は少し偽善者っぽい感じのする姉妹で、『聖母の贈り物』に収録されている「こわれた家庭」のように、無神経な闖入者によって無茶苦茶にされる話かと身構えてしまいます。ところが物語の着地点はまったく違う場所。決して癒しの話とかになっているわけではありませんが、味わい深いものになっています。
 このあたりの感覚は、結婚紹介所(?)で紹介された男女が出会う「夜の外出」でも発揮されていて、お互いに打算を持ち相手を利用とした2人が、最終的にはある種の尊厳を感じて別れるというトレヴァーならではのラストが用意されています。


 この他にも多感な少女の感情をうまく切り取った「ローズは泣いた」をはじめとして、全編はずれなしの12篇。オススメです。


密会 (Shinchosha CREST BOOKS)
ウィリアム・トレヴァー 中野 恵津子
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