イタロ・カルヴィーノ『最後に鴉がやってくる』

 国書刊行会、<短篇小説の快楽>シリーズの完結編は、『木のぼり男爵』、『見えない都市』などのポスト・モダン的とも言える作風で知られるカルヴィーノの初期の短篇集。
 <短篇小説の快楽>は第一弾のウィリアム・トレヴァー『聖母の贈り物』が出たのが2007年なので11年かかって完結。短編小説のシリーズなのに大河感がありますね。


 カルヴィーノということで、寓話的な不思議な世界を期待して読み始めたのですが、前半はイタリアの農村で退屈を持て余すインテリの若者を描いた比較的オーソドックスな作品が続きます。テーマも書きぶりもいかにも「若い」感じで、後年のカルヴィーノっぽさはあまりありません。
 ところが、本のちょうど半分くらい、表題作の「最後に鴉がやってくる」の前の「司令部へ」あたりから、戦争の不条理がテーマとなり、カルヴィーノならではの大胆な切り口が生きてきます。


 表題作の「最後に鴉がやってくる」はパルチザンに加わった射撃の名手の少年が主人公。引き金を引いた瞬間に距離を超えて遠い場所の標的が仕留められるという銃の魅力にとりつかれた少年が敵の兵士を追い詰めていくのですが、距離を消し去るものとしての銃の捉え方と、最後に至る話の展開が見事。これは確かに名短篇だと思います。


 つづく「三人のうち一人はまだ生きている」は、捕まったドイツ兵が村人たちに捕まり殺されそうになるが井戸に落ちてしまって…という状況を描いています。村人は自分たちを助ける気なのか、殺す気なのか、これもまた面白い短編です。
 「ドルと年増の娼婦たち」では、ドイツ軍は駆逐され連合軍が現れます。主人公は妻とともに酒場に出かけてアメリカ兵にドルの両替を持ちかけるのですが、妻が娼婦と勘違いされてしまい、主人公は妻を助け出すために街中の娼婦を酒場に送り込もうとするというドタバタ劇が展開されます。
 「裁判官の絞首刑」は民衆から恨まれている裁判官が主人公。ファシストたちに有利な判決を下してきた裁判官が、ある日の法廷で周囲の様子が少しおかしいことに気づきます。
 「工場のめんどり」は、警備員のアダルベルトが工場で飼っていためんどりが組合つぶしの策謀に巻き込まれ…という話です。


 なんとなく後半にはカルヴィーノっぽさが感じられる作品が並んでいることがわかると思います。そして、この短篇集を読むと、カルヴィーノの描く不条理な世界というものが戦争体験に深く根ざしていることもわかってきます。「ポスト・モダン」のイメージが強いカルヴィーノですが、ジョセフ・ヘラー『キャッチ=22』と同じような戦争と不条理がカルヴィーノの作品の根本にあるのかもしれません。
 

最後に鴉がやってくる (短篇小説の快楽)
イタロ・カルヴィーノ 関口英子
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